「カイト、今年の誕生日プレゼントだが」

「ん、『がくぽ』。ちょーだい」

かいがらひめ

真冬の最中にも、いつもと同じ。

万年雪の頑固さよりなお強く、でありながら、あくまでもやわらかくあたたかい、常春の――

見ているだけでこころが温まり、和まずにはおれない。

たとえ『いつものこと』で、『いつもと同じ』であっても、決して見飽きることがない。見飽きることもなく、見馴れることもないから、がくぽの胸はまたもや、高鳴って、――

「……うんなに?」

つい、時と場合を忘れてカイトに見惚れてから、がくぽは我に返った。しきりと瞬きをくり返し、夢うつつに失われた時間を追いかける。

二月に入った。そろそろ、カイトの誕生日が近い。

からと、ご本人様へプレゼントのリサーチを掛けたら――『がくぽ』が、欲しいと。

「………ぅん?」

追いついた思考に、しかし得心がいかず、がくぽはきょとりと首を傾げた。腕組みして、考えこむ。

尊敬し、敬愛し、思慕の情も絶えないカイトだ。

否、ここは潔く言おう。尊敬も敬愛もしたうえで、がくぽが恋慕の情を募らせる、カイトだ。

がくぽはもちろん、全力を懸けてカイトの誕生日を祝うつもりでいた。そこに、若干のシタゴコロの存在が拭えないことに忸怩たるものはあれ、だからと気後れを優先に、流すつもりもない。

それはそれのこれはこれとして、とにかく全力を懸けて祝うぞと。

その日のカイトが、誰よりもなによりも幸福に笑ってくれることだけを目指し、全身全霊を尽くすぞ――と。

決意も固く、訊いた結果だ。

――『がくぽ』。ちょーだい。

いつもと同じ、常春の笑みだった。まろんで耳に甘い、やわらかな声音。

これがもしもほかの誰かであるなら、もしかしてからかわれているのかもしれないと、思っただろう。

なにしろがくぽは『好き』が過ぎて、カイトへの好意をまったく隠せていない。カイトが非常に鷹揚で、そういったがくぽをやさしく受け入れてくれることも好意を隠しきれないことの一因だが、とにかくがくぽはカイトへの好意をいっさい、誤魔化せていなかった。

そう、カイトはがくぽの好意を――好意の『種類』を知っていて、そのうえで、やさしい。決して、その好意を逆手に取ってからかうといった拒絶の仕方は、しない。

がくぽの優れた情報処理能力は、高い確率でもってそうと、結論する。

だがしかし、『からかわれた』わけではないとすると、だ。

「ぬ……っ」

思い至った結論に、がくぽは思わず、紅を塗らずとも艶めくくちびるを引き結んだ。

「がくぽ?」

秀麗な眉をひそめたがくぽに、カイトは不思議そうに首を傾げる。無邪気な手が伸びて、深く皺の刻まれたがくぽの眉間を揉もうとした。

その手を掴み、握りこんで抑えると、がくぽは揺らぐ湖面の瞳を強い意志をもって、見返した。

「カイト、見損なわないでもらおう」

「んみこ…そゎ?」

カイトはますますもって不思議そうに、瞳を瞬かせる。

だけでなく、意味を追いきれていないとはっきりわかる言葉をこぼしたが、がくぽに構う余裕はなかった。

抑えたカイトの手をさらに強く握り、男としての矜持を吐きだす。

「確かに俺の稼ぎは、まだ少ない。御殿やら宝珠やらを強請られたところで、すべて叶えてやることなど、とてもできはしない。が、だからといって、いくらなんでも――俺の身ひとつで済まそうなど、そこまで困窮はしておらんぞ。かえって塩梅が難しいことは承知しているが、とにかくとりあえず、欲しいものを強請ってみろ」

「え……ぁ…………?」

熱心に訴えたがくぽに、カイトは湖面のような瞳をさらに揺らがせた。ひどく困ったように視線が移ろい、やがてまた、がくぽに戻る。

ややしてカイトは、気後れしたようにつぶやいた。

「がくぽ、それ……『みそこなう』じゃなくて、『みくびる』が、正しくない……?」

「………んぁ?」

指摘されたことに、がくぽは束の間、空漠を晒した。

そのがくぽを見つめたまま、カイトは自信なさげな、不明瞭な口調で続ける。

「今の、がくぽの言った内容だと、ね……俺は、がくぽのこと、『見損なった』んじゃなくて、『見くびった』って。そっちのほうが、正しいんじゃないか、なー………って」

「……………………」

がくぽは考えた。とても考えた。カイトの手を取ったまま、力強く握ったまま、揺らぐ瞳に見守られ、非常に考えた。

そして結論した。

「ぅ、ぁああああああー………っ!!」

「が、がくぽっ?!」

がくぽは呻きながらうずくまり、カイトの手を解放して自らの頭を抱えた。

全身が熱い。あまりの羞恥に、駆動系が灼き切れそうだ。目尻に涙まで滲んだ。

――こういった場面で、これだ。こうだ。決めきれず、肝心のところでしくじる。

まったくもって『いつものこと』なのだが、だからいいというものではない。馴れることなく、馴染むことなく、恥ずかしい。否、この羞恥は、付き合いが長くなればなるほど、ひどくなる。

好きな相手に、格好をつけきれず、成長のあとも見せられずに、毎度まいど――

「ぁ、の、がくぽっ?!がくぽ、あの、ちがうっ、よ?!がくぽが言いたかったのは、そういうことだよねって話で、俺がほんとに、がくぽのこと、見くびってたって、そういう話じゃ、ないからっあ、でも、怒られるかもっては、おもった思ったけど、どうしても欲しいから、ね?!かこつけて、ねだったら、もしかしてもらえたりしないかなって、まあ、言うだけならタダだよねって、すっごいシタゴコロで、言ったっだからがくぽが怒ったのは、正しい、んだよ?!俺、ちゃんと、怒られるかもって、カクゴしてたからっだから、だけど……っ!」

うずくまったがくぽに合わせてしゃがみこんだカイトが、慌てたようにまくし立てる。常には、春の陽だまりそのままに、口調も声音も穏やかに話すカイトだ。それがまるで、春の嵐のように――

抱えていた頭をほんのわずかに上げ、がくぽは涙の滲む瞳でカイトを見た。すぐに視線を合わせたカイトが、湖面の瞳を揺らがせ、近づける。

「………ウソなんて、言ってないんだよがくぽのおこづかいの心配とか、してるんじゃなくて……俺、ほんとにほんとの、本気だから。本気で、がくぽのこと」

「カイト………」

湖面の瞳の揺らぐさまを見ていると、吸いこまれそうな心地になる。こうやって、ろくでもなく沈んだあとなどは、特にだ。

ほんとうに身もこころも、すべて吸いこまれたならどんなふうだろうと思考の端の端に過らせつつ、がくぽは頭を上げた。再び、カイトの手を取る。

頷いた。力強く。

「わかった、カイト。男が一度、口にしたことなら、いかなる理由あれ、曲げてはいかんということだな。確かに俺は、情けなかった。なんでも強請れと言いながら、御殿や宝珠を強請られても応えられんなぞと、見苦しい言い訳を……身を挺して諌めてくれたこと、感謝する、カイト」

「ぁあー………ぅーーーんんっ………」

とても素直に過ぎて、もはや無垢の極みに達した瞳で見つめるがくぽに、カイトはなんとも言えない声をこぼした。

そのまま口の中で、不明瞭に言葉を転がすこと、しばらく。

「そぉいうがくぽだから――そぉいうがくぽが、好きなんだけど………でも、なんだろ。なんていうか………」

「カイト?」

どうしたのかと、無垢にも過ぎる花色の瞳に窺われ、カイトはどこか疲労の滲む笑みで返した。

「俺そのうち、据え膳じゃなくて、饐え膳になりそうな気がする、がくぽ…」