「んっがぁあああああああっ!!」

ベッドの上、布団を引っかぶって隠れたカイトは、隠しきれない動揺も露わな喚き声を上げていた。

踏みならされた道-5

「ぁあああああやっちゃったぁあああああああっっ!!ぁああああああああもぉおおおおうっっ!!」

――まあ、なにかしら後悔しているのはわかる。それも、がくぽの責任というより、カイト自身の落ち度で。

だろう、たぶんと窺いつつ、ベッドのそば、床に直接腰を下ろしたがくぽは、どうしたものかと悩んでいた。

一度目を、腹の奥に出した。

がくぽは少なくともすでに二度、カイトによって抜かれていたにも関わらず、やはり呆れるほどの量が出た。自分でも、痛いほどの痺れを伴う、これまでに経験したことのないほど強い絶頂、射精であったと思う。

当然、そんなものを腹に受け止めさせられたほうだ。

『くるしぃ……っ、ぁくぽ、ぉおすぎぃ………っ』

カイトは半ば泣きべそを掻いているような状態で、訴えた。然もありなんと思う。ひたすら申し訳ないの極みだ。

で、そのあとだ。

初めての経験を積み重ねた結果、がくぽの疲労感は『一度した』という程度に治まらず、ひどく重いものだった。

『一度』とはいえ実際、射精したのは三回を数えるし、いつになく大量の放出だった。これもまた、当然の結果ではある。

ために、放出がひと段落つくともはや堪えるよすがもなく、がくぽはカイトの傍らに倒れ、荒がる自分を治めることに努めた――努めようとしたのだ。

本来的に考えるなら、きっとカイトも処理限界を超えたか、ぎりぎりの瀬戸際にあるかで、安静が必要な状態だったはずだ。そうでなくともスペックの低い旧型であるし、むしろ意識を飛ばさなかったのは、これまでの経験から、なんとかぎりぎりのところでやりくりしていたからだろう。

そう考えると、まだ余裕だ。夢中になっていたようで、やりくりする余裕はあるのだ。

――いずれ、スキルを磨いた暁には、是非にも意識を飛ばさせたいものだ。

と、がくぽが感慨に耽る間は、実はなかった。

余程に安静が必要なはずのカイトは、がくぽが抜き去って傍らに転がると、よろよろしながら伸し掛かって来たのだ。

そして追いつけないがくぽがきょとんとしている間に、今抜いたばかりのものを、また自分の後孔に宛がった。

『え、かぃ、え?』

宛がう過程で与えられた手管で、がくぽのものはそれなりの硬度を取り戻していた。しかしまだ、万全とは言い難かった。

が、つい先ほどまで、より以上に野太く硬いものを咥えていたカイトのその場所だ。

初めよりやわらかに解け、その程度の硬度のものでもなんとか、呑みこめた。

そう、呑みこんで、呑みこまれてしまった。

『カイト』

いったい何事かと目を瞠るがくぽに、とろんとろんに蕩けきったカイトは、恐ろしいほどの色香を垂れ流しながら、笑った。

『ぬぃたら、だめ、がくぽ……もっと、してぃっぱい、はげしーの………おしり、こわれちゃぅくらい……』

――と、いうカイトに強請られ、強請られるままに応えること、その後さらに二度ほど。

さすがに処理限界を超えたカイトが意識を飛ばし、ようやくひと段落して、至る今。

なんとか駆動系諸々が落ち着いて意識を取り戻したカイトは、大丈夫かと安否確認に覗きこんだがくぽと見合うこと、数秒。

さーっと、なにかが引く音が聞こえるほどの勢いで顔色を青くするや、体を反して布団に潜りこんでしまった。

しかし布団だ。言っても布団、たかが布と綿の集合体だ。それも厚みが限られる。

動揺する姿は隠せても、声は丸聞こえだ。なにしろ叫んでいるも同じ音量だし、この距離でもある。

というところで、さて、がくぽだ。いったいどうするべきなのか。

「あー………その、カイトそもそも、なにが………」

「ぉおばかぁああああっ!!」

遠慮がちに呼びかけてみたが、遠慮がちだ。声が小さい。叫ぶ声に掻き消され、カイトには届かない。

さて、どうするべきか――

悩みつつ、がくぽは腰を上げた。一度は降りた床から、ベッドへと座る場を移す。こんもりとした布団を眺め、その中でおそらく、悶えているひとを思い、少しだけ首を傾げた。

腰を掛けていただけのベッドに乗り上がると、のっしりと、全身で布団に被さる。

「んっごぇっ!!」

予想だにしていなかった攻撃なのだろう。布団の中からすてきに潰れたカエルの声が響き、がくぽは布団を剥ぎ取って安否確認をするべきかどうか、しばらく悩んだ。

力に物言わせて剥ぎ取ったりしたら、ひとり反省会中のこの先輩が一転、いわゆる逆ギレを起こして話にならなくなると思えば、この方法を取ったのだが――

もう少し掛ける体重を加減するべきだったかと、がくぽは容赦なく全体重を掛け、どころか力を入れて重さを増しつつ、ひとり反省会に突入した。

「ぅぁ、ぅあっくぽっぁくぽっ!」

「ああ、はい」

ギブアップだと、べしべしとマットレスを叩いて呼ぶカイトに、がくぽは体を起こした。真ん中を取っているカイトを避け、落ちるぎりぎりあたりのところにころりと横になる。

「ぅっぷぁっ!!」

潜水から戻って来た人間のような声を上げ、真っ赤になった顔を布団から出したカイトに、がくぽはしらりと告げた。

「おはようございます、カイト」

「おはよぉっすてきなちゅん朝だねっ、神威がくぽくんっ!!」

「……はあ」

がくぽはそっと、窓の外を窺った。

仕事帰りに、盛り上がった。言っても、帰り時間自体もそう遅いわけではないので、かなりの盛り上がりを過ごしたとはいえ、ぎりぎりまだ夜中というところだ。深夜であって、少なくとも朝ではない。

ではがくぽの挨拶はなにかといえば、場を繋ぐほかの言葉を思いつけなかったとか、業界的なお約束を踏襲したとか、そういったことなのだが。

対して、カイトの返事だ。あからさまになにか、含みがあると感じるのだが、具体的なところがわからない。自棄を起こしているせいもあるとは思うが、そもそもこの相手の思考は難解だ。スペック的に劣る旧型のはずなのだが、思考の経路の組みが独特らしく、がくぽは頻繁についていけなくなる。

そういったところも含めて憧れ、尊敬している相手なのだが――

「ぅぁあ、がくぽがかわいいぃ………なんか、ぜっっったいあさってなこと考えてそうなその顔、めっさかわいい……っあさってついでになんか、全部うやむやならないかな、なろうかな、うんしよう、うやむや!!」

「つまり、なにか誤魔化したいんですね?」

なにをかは不明だが、力技で押し切ろうとするカイトに、がくぽは冷静な相槌を差し挟んだ。いや、冷静でもあるが、あまりに真っ正直な合いの手だ。

カイトは潤んで今にもこぼれそうな瞳をきりっと尖らせ、睨みつけて来た。

がくぽは小さく首を竦め、視線だけで軽く天を仰ぐ。最終的に、その目を軽く閉じた。

「わかりました、有耶無耶にします………ひとつだけ、答えてくださったら」

「………なに」

強い意志を宿す花色の瞳が隠れたことで、圧迫感が薄れたのだろう。カイトがさらにずりずりと、布団から出て来る気配がする。

がくぽはくちびるを綻ばせながら、やわらかに瞳を開いた。

案の定で、くっつきそうなほど近くに来ていたカイトと、ぼやける視界で見合う。

「また、してくだ……しても、いいですかデートも、セックスも」

「………」

近過ぎてぼやけてはいたが、くっつくほどの近くだと、小さな動きも気配が伝わるものだ。

カイトがしぱしぱと、やたらに瞳を瞬かせたこともわかって、がくぽはますます微笑み、瞳を細めた。

「俺はあなたに比べれば、まだ未熟なので……なにが気に障ったのか、わかりませんが。次はうまくやるとも、保証はできませんが………それでも、付き合ってくれますか俺が、カイトに相応しい男になるまで……いえ。俺を、カイトに相応しい男に、育ててくれませんか」

「…………………」

スペックの高さ、情報処理能力の高さが、売りのがくぽだ。能力を遺憾なく発揮し、カイトに効くであろう、その庇護欲や保護欲といったものを刺激するはずの言葉を高速で判断し、懸命に選択しながら、がくぽはぼやける相手をひたすらに見つめていた。

対して、黙りこんで瞳を瞬かせていたカイトだ。

ややしてふっと、瞳を伏せると、もそもそと起き上がった。

布団が落ち、露わになるのが乱れたあとの素肌だ。あらかたの汚れは、カイトが意識を飛ばしている間にがくぽのほうで拭っておいた。

が、記憶というものがある。よすがにして、思い出されるものが。

目に毒も甚だしいものだと、がくぽは陶然として見惚れた。

そんながくぽを、カイトはちらりと見る。軽く、首を振った。

「がくぽ、………やっぱりおまえ、かわいい。わかってるんだけど。俺に気に入られたくて、やってるのとか言ってるのとか」

ぼそっと吐き出され、がくぽの頭でぴこぴこしていたいぬ耳が、へちゃんと寝た。比喩というもので、さもなければ幻視で幻覚というものだが、つまりはいたずらがバレたわんこの態だ。

カイトはやれやれといった様子で肩から力を抜き、手を伸ばした。寝ているいぬ耳を起こすように、がくぽの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「わかってるけど、そういうとこが、かわいいよ。んー……そういうとこも、かわいい。俺のために、俺の気を引きたくて、一所懸命計算してる顔とかもう、ガマンしてるけど、たまにガマンできなくて、ぎゅーって」

ああそういえば、たまに脈絡もなく、ぎゅーっと抱きしめてくることがあったなと、がくぽは撫でられながら思い出していた。

会話をしていて、その話題からどうしてこうなったのかわからなかったが、口説いているときからそういうところが、カイトにはあった。

いや、口説いている最中にそういうことがあったから、まるで脈なしではないのかもしれないと期待が募り、がくぽが諦めるに諦められなかったということもある。

そして結局、がくぽの読み通り、まるで脈なしではなかった。

計算を読み取られるというのは不覚もいいところで、未熟の露呈も甚だしいが、これが相手のツボに嵌まっていたというなら――

「思うつぼで好都合というもので、デメリットが特に思い浮かばない!」

「がくぽ、本音。本音だだ漏らし。いや、よくよく考えるとデメリットだよ俺はかわいーと思ったけどね、みんながみんな……」

「みんなはいりません。カイトだけが欲しい」

「………」

真顔できっぱりと言われ、カイトは口を噤んだ。

しばらくして、カイトの体からまたも力が抜ける。膝を抱えて頭を預けると、小さく笑った。

「そうだね。それでおにぃさんは、そんながくぽくんがとってもかわいーから、今日はご奉仕に務めて、とろとろんに蕩けさせてやって、さらにがくぽくんを、おにぃさんだけしか見えない子にしたかったんだけど」

「………」

カイトの告白に、今度はがくぽが瞳を瞬かせた。

きょとんとしている『年若』の恋人に、カイトは笑う。

「夢中になっちゃった。逆に俺の方が、がくぽにめろめろんのとろとろんだよ。離れられなくなるったら」

「思うつぼの好都合でたなぼたの瓢箪から駒、勿怪の幸いな僥倖というもので、特にデメリットが思い浮かばない!」

「だろうと思った!」

ほとんど反射だけで答えたがくぽに呆れを含んで返し、カイトはベッドにころりと横になった。

相変わらず、情痕の色濃い肌を晒している。悪戯っ気を含んで流される瞳から目を離せず、がくぽはこくりと咽喉を鳴らした。

離れられないのは、こちらのほうだ。

カイトがそう張りきってくれなくとも、がくぽはすでに離れるすべを失っている。否、そもそも離れられないから、蛮勇振るって猛攻し、口説き落としたのだ。

出会いと別れとをくり返してきたカイトにはカイトで、きっと言い分があるのだろうが――

思っても、がくぽは口にはしなかった。ただ、視線を軽くやって、時計を確かめる。

深夜だ。紛うことなき、全き深夜だ。

「とりあえず今夜は、泊まってもいいですよねもう終電もないですし、タクシーを今から呼ぶのもどうかという話ですし、そもそもタクシー代は誰が払うのかという問題もありますし」

「いや、そこは自分で払え。自腹だ自腹。徒歩圏内に住んでて、タクシーだの電車だのを使おうとするな。いくらおにぃさんが後輩に甘い先輩でも、そんなん持ったりません」

きっぱりと断られたが、がくぽはめげなかった。この程度でめげる弱さは、カイトを口説いていた片恋の数か月の間にすっかり鍛えられ、失せた。

だからがくぽはあくまでも無邪気な態で、カイトを見つめる。

「でもまさか、こんな深夜に、暗いくらい夜道を歩いて帰れとは、カイトは言わないでしょう俺の美貌ですよどこで誰がどう、トチ狂うかもわからないのに」

「それは否定しない!!」

あ、そこは実は否定して欲しかったんですがとがくぽは言いかけたが、カイトにとって否定の根拠はまるでないらしい。がばりと起き上がると、非常に力強く、拳まで握って頷いた。

「こんなかわいーとろとろちゃんが、深夜に無防備に歩いてたりしたら、そういう目的じゃないとか性癖とか、かんけーないねぜっったい目覚める!!で、ヤっちゃうよね!!」

「いえ、カイト………とろとろちゃん?」

あまり欲しくない冠が、さらに追加されて増えたように聞こえる。

力強い拳を振って力説するカイトに、そこまでではないと、さすがにそれは恋人としての欲目も過ぎると、諭そうとした。

そんながくぽへ、『年上』の恋人は抱えた膝に頭を預けると、横目を流してきた。

「『とろとろちゃん』。事後臭ぷんぷん………えっちぃ名残り、そんだけ香らせてる子――昼間だって、おんも歩かせたくないよ、俺は?」

「………すみません、実は先に、俺だけシャワーをいただきました」

どこか呆然として言ったがくぽに、膝を抱えて横目を流してくる相手は、悪戯っぽく笑った。

「俺が言ってんのは、ヨゴレのことじゃあ、ありません」

「……っ」

がくぽも薄々察していたことに、トドメを刺される。

反論が紡げなくなったがくぽを、カイトはきしきしと、怪しい笑い声とともに見た。

「まったく、そんな程度の認識ならなおのこと、おんも出せないねお泊り確定トクベツに、おにぃさんのベッドで、おにぃさんだきまくまにして、寝るの赦してあげちゃう!」

そう言いながら、カイトはがばっと腕を広げ、がくぽに組みついてくる。

概ね抵抗知らずのがくぽは勢いに押される形で再び転がり、カイトに抱かれるまま、大人しく胸に顔を埋めた。

がくぽはシャワーを浴びただけでなく、上着だけは羽織っていたが、カイトは素肌のままだ。どうにも煽情的なとは思ったが、時間も時間で、そしてがくぽはロイドだった。

決めた以上、入眠は可能だ。

「では、まあ……寝ます」

「ん、いいこ、がくぽおやすみ!」

ご機嫌にがくぽを抱き枕としているカイトが、ベッドそばの壁に取りつけてある照明のリモコンを操作する。

徐々に落ちていく明かりを眺めるともなしに眺め、がくぽはカイトの胸に擦りつき、瞼を落とした。

「明日、起きたら………出かける前に、次のデートについて、約束してください。できれば三日以内で」

「三日?」

「ああ、ベッド込みです、当然」

「ベッド込み……セックス込みってこと言い方が回りくどい……ぃ、三日ちょっと、がくぽ三日って、がくぽ、セク込み今日から三日以内って……いや、がくちゃんちょっと、ナニ寝てんの?!そーいう子は今度は譲らないよ、ヤっちゃうよもらっちゃうよ?!」

カイトがなにか喚いていたが気にせず、がくぽは暗くなる室内に合わせて自分のスイッチを切り、眠りに落ちた。

最後の記憶といえば、本当に、ロイドの入眠システムというのは便利だと、つらい片恋に枕を濡らしていた期間にも思ったことを、叶った恋人の腕の中でも思い、それが少しだけおかしかったという――

END