「そしてももたろうは、鬼が島から救い出した五十人のお姫さまと結婚して、末永く幸せに暮らしましたとさ、おしまい」

「ししまい!」

「そうそう」

布団の中から元気よく合いの手を入れたカイトの頭を撫でてやりつつも、マスターは不思議そうな顔で、自分が読み聞かせた絵本を矯めつ眇めつして見た。

おやすみなさいの先

夜寝る前、がくぽとカイトを布団に入れたら、マスターが一冊だけ、絵本を読み聞かせるのが、この家の習慣だ。

がくぽにしろカイトにしろ、ふたりとも形こそ大きいものの、精神的には未成熟なところが多い。その情操面を考えての、マスターの苦肉の策だ。

絵本はその日の気分によって、カイトが選ぶこともあれば、がくぽが選んだり、マスターが選んだりする。同じ本ばかりを一週間立て続けることもあるし、ときには長い話を少しずつ区切って読んでいくこともある。

今日の絵本は、オーソドックスな昔話、「ももたろう」だったのだが。

「最近は子供向けっても、変わってんだなー。俺が子供のころなんて、もっと内容がぼかしてあったもんだが」

「どういうことだ?」

カイトの隣に延べた布団の中に行儀よく収まっているがくぽが、不思議そうなマスターを見上げる。

ふたりの枕元に座ったマスターは思い出すように、宙を睨んだ。

「最初に、おじいさんとおばあさんが桃を食って、ハッスルして子作りに励んだとかいうとことか………最後のとことかな。五十人のお姫さまと結婚しましたとか、そこまで具体的には書いてなかったなぁ、確か。やっぱり、あれか最近はなんでもリアリティを求めるから、子供向けっても、内容をぼかしたりするとPTAに苦情を入れられるもんなんか」

「…………思うに、ハーレムエンドにすると、PTAはさらに苦情を申し立てるはずだが」

現行、世界的に一夫多妻制は肩身が狭い。

いくら昔話だから、とはいえ、奥さんが五十人出来ました、という話に仕立てた時点で、PTAに喧嘩を売っている。

「まったくもっともだが、そうするとどこまでもこの本が謎なんだよな」

「………マスター」

まじめに顔をしかめるマスターに、表紙を眺めていたがくぽは眉をひそめた。その手が布団から出て、額を押さえる。

「鋺-かなまり-印だ」

「かなまりじるし?」

「かなまりじぇらしー?」

苦々しいがくぽのつぶやきに、マスターとカイトが揃って訊き返す。ちなみに、カイトは微妙に間違えている。

だが誰もそこにはツッコまず、がくぽは向けられている表紙の一角を指で辿った。

「ここに」

「なに?!………って、やられた!!」

裏返して表紙をよくよく眺め、マスターもまた、額を押さえた。

鋺印だ。

鋺というのは、マスター曰く、元妻の弟、がくぽ曰く、マスターのイロ、である青年だが、これがひどく下らない悪戯を仕掛けていくのを、人生の悦びにしている。

家に遊びに来てはなにかしら仕込んでいく、困った青年なのだ。

今回、鋺はわざわざ、本を一冊作ったらしい。それも、きちんと市販品と変わらぬ、製本された本を。

話の中身だけ微妙に変えて、あとは市販品と区別のつかない状態にして、本棚に紛れ込ませて――いったのが、いつのことなのかはわからない。

鋺は仕掛けた悪戯を主張しないからだ。

バレて、呼び出されて、怒られるまで、だんまりなのだ。ある意味、ひどく忍耐強い。

しかも今回の場合、本を一冊作ってしまっているわけで、その労力を考えると、才能を無駄な方向で浪費しているとしか言えない。

「…………………ほんっとに、あの姉弟は姉弟揃って………………なんでこう、才能が無駄なんだ………」

姉である元奥さんの性格も、似たり寄ったりだった。それはそれは苦労を。

ぼやくマスターを、がくぽは眉をひそめて見上げる。

「…」

「………今度、厳重に注意しとくからな」

そのがくぽの頭を大きな手で撫で、マスターは絵本を閉じた。布団の中からカイトが手を伸ばして、マスターの手を取る。

「マスター、俺も俺も!!」

「よしよしカイトもねんねんな!!」

「ねんねん!!」

打って変わって明るい声になり、マスターはカイトの頭を掻き混ぜる。大きな手で掻き回されて、カイトは明るい笑い声を上げた。

マスターも笑うと、ふたりの枕元から立ち上がった。見上げるがくぽの頭をもうひと撫でして、電気を消す。

「じゃあな、ふたりとも。いい子に寝るんだぞ」

「おやすみなさい、マスター」

「おやすみ、マスター!!」

「おやすみ、がくぽ、カイト」

絵本を持って、マスターが部屋を出る。

がくぽとカイトは同じ部屋で布団を並べて寝ているが、マスターの寝室は別なのだ。

「がくぽ」

「ああ」

部屋の扉が閉められると、当然のように、カイトはがくぽの布団へと潜りこんで来た。がくぽのほうも抵抗することなく、カイトを受け入れる。

拾ってからこちら、布団を二組敷きはするものの、カイトがひとりで寝たことはない。必ず、がくぽの布団へと潜りこんできて、抱きついて寝ている。

がくぽとしてはいっそ一組にしてしまおうかと思うのだが、マスターにどう言ったものかに悩んで、微妙に実行できない。

ちなみにマスターは、たまに深夜に帰って来た折に、子煩悩パパよろしくふたりの寝姿を確認している。ゆえに抱っこだっこで寝ていることは既知だ。

既知の上で、涙を拭って口を噤んでいる。

「えへへ」

「よしよし」

抱きしめられて、ねこのように擦りついて笑うカイトの頭を、がくぽはやさしく撫でる。

暗闇の中でも煌めく瞳が、楽しそうにがくぽを見上げた。

「ね、おやすみのキス!」

「ああ…」

「ん!」

強請られて、がくぽの手がカイトの後頭部に回る。頭を押さえると、くちびるにくちびるを落とした。

「もっと」

「ああ」

笑うくちびるに、がくぽはくちびるを落とす。伸ばされた舌に軽く歯を立て、自分も舌を伸ばした。

「ん………んく………っ」

「………カイト………」

「ぅく………」

ぴちゃぴちゃと、ねこが水を飲むような音が響く。

寝る前のキスが習慣になったのは、カイトを拾ってほどなくだ。

そもそもは我が儘を言うカイトの口塞ぎとして始めたキスが、口塞ぎ以上にカイトのお気に召して、事あるごとに強請られるようになって。

とはいえ初めは、くちびるを触れ合わせるだけのものだった。それが舌まで絡めるようなものになったのは、ごく最近。

とあるきっかけで、口の中まで弄るキスを覚えたら、カイトはそれもいたくお気に召した。

以降、キスというと、こうして舌を絡めるものを指すようになってきている。

「ぁ…………くぽ………ぉ」

「ん……」

――カイトがお気に召した、と言ったが、がくぽとても始めると、夢中になって貪ってしまう。

強請るのこそカイトからだが、止められないのはがくぽのほうだ。

「ぁん……………は、がくぽぉ………」

くちびるがわずかに離れた瞬間に、呼ばれる名前が甘い。抱きしめたカイトの体が、もぞもぞと身じろぐ。

逃げようとしているわけではないが、抱く腕に力がこもった。

「ぁ………がくぽ…………ん、ぉなか………ヘン………ぁ…っ」

「ん………」

擦りつけられる下半身に、硬くなっている場所がある。縋りつく指が爪を立てて、もどかしいと悶える。

がくぽは片手でカイトの後頭部を押さえてキスを続けたまま、もう片手を下半身へと伸ばした。パジャマの上から足を撫でると、カイトの体は大げさなほどに震える。

軽く足を撫で回してから、パジャマの中に手を入れた。探ると、きちんとオトナとして反応している男性器がある。

「ぁ、っくぽ、ぉ………んっ」

「おとなしくしろ」

「ゃ、むりぃ…………っもぞもぞ、するよぉ………っ」

「いいこにしておれ………」

「んん…っ」

びくびく震える体を、がくぽは抱きしめる。カイトの上に伸し掛かるような体勢になると、パジャマの下を完全に肌蹴た。

ふるりと震えて飛び出た性器を握り、扱く。

「ん、がくぽぉ………」

「カイト…」

「ぁんっ」

堪えきれず、がくぽは熱くなっている自分も取り出した。カイトのものと、まとめて掴む。

合わせて扱くと、カイトの手が伸びてきて、邪魔するように、手伝うように添えられた。

「ふぁ………んくっ」

「ぁあ……」

「ぁんん…っ」

互いの熱を擦り合わせることで、手でやるだけではない感覚がさらに煽られ、どちらからともなく、濡れた音を立てだす。

「カイト………っ」

「ゃぁん……っ」

耳元で甘く吹きこまれ、カイトが仰け反る。逃れようとしているふうにも取れるしぐさに、がくぽはカイトの首に咬みついた。

「ぁ、ん、でちゃ…………でちゃぅ、でちゃぅう…っ」

一際甘い声で啼くと、カイトはびくびくと震えて精を放った。瞬間的に手にも力が入り、締めつけられた形になったがくぽも、釣られて精を放つ。

「……っく」

「ぁ………ふぁあ………っ」

腹を濡らす熱の感触に、カイトの瞳からひとしずく、涙がこぼれた。

「ん………ぐす………っ」

「カイト……」

脱力感にカイトの上に倒れ込みながら、がくぽは濡れた手を、力を失ったものに名残惜しく絡みつかせる。

これを――

「ん…………………ふにゅー…………」

「……」

抱きしめる体から力が抜け、カイトが眠りに入ったことがわかった。

吐き出すものを吐き出して、煽られた体が満足したのだろう。そうなればさっさと眠る、ある意味素直な反応だ。

だが、がくぽは。

「…………カイト」

離れられずに名前を呼び、がくぽはカイトのくちびるに舌を伸ばす。応えないそこに舌を入れて、舐め、吸った。

「…………カイト………」

そうやってしばらく、がくぽは眠るカイトにキスをくり返していた。

体の奥にくすぶる熱を、どうすることも出来ないままに。