「…………懐かれましたね」

そうとしか言えない。

メッサリーナの帰郷-06-

朝といえばいつも、キッチンにいるがくぽだ。しかし今日はいなかった。

広い家の中を少しだけ探し回ったミトトシは、リビングにきゃっきゃぅふふの楽園を発見した。

――ばかみたいだが、そういう表現がしっくり来る。

そもそも二階建て5LDKという広さの一軒家ながら、住んでいるのがミトトシとがくぽの二人だけだ。家族を増やす予定もなかったため、家具は二人ものが多い。

キッチンとカウンタを挟んだダイニングにある食卓ももちろん二人用で、椅子は二脚。座れない相手が出てくる。

リビングならカーペットも敷いてあるし、クッションも豊富だ。ソファに三人仲良く座れなくとも、床に並んで座って違和感はない。

おそらくがくぽは、そう判断したのだろう。

床にぺったり座った彼の両脇には、両手に花ならぬ、カイとイト。

仲の良いカイとイトは、二人で並んで座るのではなく、なぜか間にがくぽを挟んだ。そのうえで、がくぽの体に乗り上げるようにして、きゃっきゃとじゃれ合っている。

挟まれたがくぽは、朝から疲れた顔だ。もう一度眠りたい気配が芬々。

とはいえその手は、両脇に座るカイとイトの頭に回って、髪を梳いてやっている。手つきは二人に対する心情を表して、やわらかでやさしい。

総括するなら、

「和むねー♪」

ミトトシの後ろからひょこんと顔を出した海斗が、明るく言う。

『マスター』の声に、カイとイトはようやく、リビングの扉口へと顔を向けた。

「マスターおはよーっ」

「はよーっ、マスター!」

「おっはーん、カイにイト俺のかわいー、こにゃんこにゃんS!」

三人揃うと姦しいを体現する『カイト』三人衆は、朝とも思えないテンションで挨拶を交わし合った。

だけでなく、ひょこひょこと近づいた海斗にカイとイトが身を乗り出し、頬に額にと挨拶のキスも交換する。

「二人とも、泣いたー目ぇ赤いよぉー」

キスがひと段落すると海斗は笑いながら、カイとイトの目元をつついた。昨夜のうちにわかっていることだが、海斗は素知らぬ顔だ。

この家を選んだ理由のこともある。

無邪気に見えて実のところ、いちばんの食わせ者かもしれないと、がくぽはひっそり考えた。

対してカイはぱっと頬を赤くし、イトは心外そうに眼を丸くする。

「えっ、え……っ、泣いてない、泣いてないよ、おれたちねっ、ねっ、カイっ!!」

「んっ、ぅんっぅんぅんっ泣いてないよっマスターこそ、目ぇ赤いもんっ泣いたの?!」

「えー?」

カイとイトは身を乗り出してはいるが、手はがくぽの着物を掴んだままだ。

傍らで姦しくされ、しかもその中身が微妙に痛々しい思いやり合戦だ。

わずかに眉をひそめたがくぽだったが、まだ三人の関係性もよくわかっていない。おいそれと言葉も挟めず、口を引き結んだ。

ロイドたちに『うさぎ目』を指摘された海斗はといえば、朝から蕩けきってへにゃんと笑った。

「泣いてないよぉ。マスターは『泣かされた』のー、っぁたっ!」

「余計なこと言うな、海斗!」

ロイド相手には決して手を上げないミトトシだが、人間で、旧知の仲の海斗となると、遠慮がないらしい。

いや、旧知の仲だからというより――マスターが語調を崩したり、不快さを隠しもせず素直に表す相手というものに、がくぽはこれまで会ったことがなかった。

そして『泣かされた』と主張する海斗が、ぶかぶかと布を余らせながら着るミトトシのシャツから覗く肌には、昨夜よりさらに、『虫』刺され痕――

「マスター、虫除け剤を出しておくか?」

「おまえもサムライとしての慎ましさを思い出しなさい、がくぽ」

しらっと訊いたがくぽに、ミトトシは苦々しい顔で吐き捨てる。

そうとは言われても。

――と、がくぽが余計なことに気がついているのに、海斗のロイド二人は、マスター同士の微妙な関係がさっぱり見えていないらしい。

「えっ、えっ泣かされたのっ?!いぢめられたの、マスター?!」

「いたいことっ?!ひどいことっ?!」

「ほら見ろ、海斗収拾がつかない………」

泣いてないと主張したばかりだというのに、今にも泣きそうな顔になって迫ったカイとイトに、海斗の後ろからミトトシも苦りきって詰る。

前と後ろから迫られている海斗といえば、のへへんとした笑みのままだった。両手を胸の前で組む祈り乙女ポーズとなると、うっとりと吐き出す。

「あのね、きもちよすぎて☆」

「……………………きもち?」

「いすぎて…………………?」

「幼気なKAITOシリーズに適当なことを吹き込むなっ、海斗っ!!」

――ミトトシの言いたいことはわからないでもないが、なにかが激しく違う。

KAITOシリーズは、れっきとした成人体だ。がくぽのシリーズと同じ。それを、いたいけ。

しかし、ロイドばかを極めるロイド保護官にそういう常識を説くことは、徒労以外のなにものでもない。

主にこれまでのいやんな学習から、がくぽは驚異的な忍耐力を発揮して口を噤んでいた。

微妙なツッコミを入れられた海斗といえば、反省は皆無だった。

まさに夢見るヲトメ状態で、理解が及ばずにきょときょとと瞳を瞬かせるカイとイトに笑いかける。

「ん、もぉ………とろんとろんに蕩かされちゃって、ふやんふやんのくにゃくにゃで、………そんなきもちよすぎるのもぉだめぇって、ないちゃったぁ☆」

しあわせ満杯を体現する海斗にミトトシはツッコミを諦め、渋面を片手に覆い隠している。頭痛を堪えているのかもしれない。

そういう趣味だったのかと、他人のことを言えない感想を抱きつつ、がくぽはしつこく着物を掴んだままのカイとイトの頭を撫でた。

「まあ、とにかく――全員が全員、泣いたということで」

「おれは泣いてないのっ、神威がくぽっ!」

ぽかんとしてマスターを眺めていたイトだが、切り返しは素早かった。

がくぽが次の誤魔化しを考えていると、カイのほうが先に体を戻して、彼のマスターそっくりの蕩けた瞳で見上げてきた。

いやんな予感が掠めた瞬間に、カイはがくぽへ、ほわわんと笑いかける。

「えと、みんながみんな、すっごく気持ちよかったって、ことで?」

「んっ、あ、そだっおれも、きもちいかったんだった!」

「ぁああぁあ…………………っ」

「……………がくぽ?」

頭を抱えたがくぽに、ミトトシは不審な声を落とす。

海斗のほうは蕩けた笑顔のまま手を伸ばし、カイとイトの頭をやさしく撫でた。

「ん、そっかー。二人も気持ちよかったんだぁ。よかったねー」

「うんっ………とろんとろんだった………っ」

「ふにゃんふにゃんだよぉ」

「えー、ふにゃんふにゃん?」

「ぐにゃぐにゃー」

「ぐにゃぐにゃー!」

「「「ぐにゃんぐにゃーんっっ☆」」」

きゃっはと笑って、『カイト』三人衆は女子高生よろしく、手を打ち合わせる。

気持ちよいってなんぞと、微に入り細を穿ってツッコミを入れたいミトトシへ、がくぽはうっそりと顔を向けた。

「――やはり、三つ子なのでは」

微妙に震撼して蒸し返すがくぽに、ミトトシは額を押さえ、懸命にため息を噛み殺した。

突然にロイド二人を連れて押しかけて来た、ミトトシと旧知の仲の青年は世にも稀有な――非常に『陽気な』性格なのだと、どう説明すればわかってもらえるものか――