右側を東とし、左側を西として説明するためには、基点対象物の前方は南、もしくは後方は北であるという、三方位ないし四方位を定める前提条件が必須だ。

なぜなら基点対象物の前方が北、もしくは後方が南であった場合、左右、つまりは東西の方位も逆転するからだ。

Mr.Mistyのミステイク・ミステリ-後編-

右と左の二方向だけで東西の二方位を定めて話せば、時として混乱の種となる。

ついでに言うと、向かい合わせに座っていれば双方の左右は必然的に『逆』を指す。

――という解説は面倒なためさっくり省いたがくぽは、カイとイトの腰に腕を伸ばし、己の胸へと抱き招いた。

「でそもそもどうして、左右だの東西だのという話になった。それも喧嘩までするほどの」

「んー」

「んっ………」

素直に寄りかかったカイとイトの顔に、がくぽはあやすようなキスを降らせる。腰を抱く手はそれとなく蠢いていて、二人はもぞもぞと落ち着きなく下半身をにじらせ、さらにがくぽに擦りよった。

「えと、だからね僕はがくぽの旦那さんで」

「おれは神威がくぽの、奥さんだろ?」

「………」

キスと手がぴたりと止まった。

表情を空白にしたがくぽに構わず、仲良く胸に抱き込まれた『旦那さん』と『奥さん』は、無邪気に続ける。

「聞いたんだけど、旦那さんは左で、奥さんは右で寝るものなんだって」

「んで、おれたちそういえば、いっつも神威がくぽのこと挟んで寝てるけど、左右気にしないで、てきとーだったなーって」

「どっちがどっち側で寝てるかなって、話になって………がくぽの部屋って、東側に窓があったでしょ毎日、朝日が眩しいから、あっち東側でしょ東は右だから………」

「反対側は西で、左だろ。カイは神威がくぽの旦那さんだから、東で右で、おれは神威がくぽの奥さんだから西で左。――って」

「ここまではちゃんと、話が合ったんだけど、っぁうっ」

「ちょ、神威がくぽっ、話とちゅぅっんっ」

「……………」

腰を抱く手に力が込められ、カイとイトが小さな悲鳴と抗議の声を上げる。しかし構うことなく力を込め続け、がくぽはひたすらに懊悩と戦っていた。

なんたるすてきおばかさんワールド。一聴、整然と説明されているようで、理解不能が極まっていくこと、このうえない。

がくぽはおばかさんが好きだ。アレ的な意味で、非常に大好物だ。本人にはまったく自覚がないのがネックだが、体の某所がきゅんきゅんにときめき、切なく疼いて仕様がない。

特にカイはそこに健気属性が加わって、がくぽがもともと自覚しているアレ的なツボと庇護欲をも、諸共に刺激して満たしてくれる。

そしてちょっぴり小生意気で偉そうなイトは、がくぽの持つ嗜虐的な面をぐいぐい後押してくれて、アレ的な意味で弄り倒したくて堪らない。

――こうしてがくぽのアレ的なツボをすべて、容赦なく激押ししてくれる二人だが、それはさておき。

ツッコミそのいち:現代日本の法制下において、がくぽ一人に旦那さんと奥さんがそれぞれいるという関係性。しかもがくぽを含め、旦那さんも奥さんも三人全員が男という状況。

ツッコミそのに:確かにがくぽの部屋には、東側に窓がある。しかし寝ている向きは、東西を左右にしてではない。東側は、頭だ。上方。つまり、左右に来るのは南北。

それでどうして、左右の基点に東西を持ってきて、そのまま話を転がしていくのだろう。二人とも利き手は同じなのだから、『箸を持つ手』を基点に話すほうが、自然ではないのか。

結果は同じだとしてもだ。

向かい合った二人は、向かい合うことで互いの左右が逆になることに気がつかないまま、こっちで箸を持つのだからこっちがと、まったく逆方向を指差しながら叫び合っていただろう。

しかしそれくらいならば、こうまで複雑化し、常人の思考の範疇を超える飛躍ではない。

「っぁ、がくぽ………っ、んっ、ひ、ひるま………っ、りびんぐ、なのに………っ」

「も、もっ……っ神威がくぽの、えろえろどすけべサドサドぉっいたいのに、気持ちいくすんなぁっ!」

きつく腰を抱く手は、動き方が微妙だ。懊悩に沈むあまり、体の制御がちょっとばかりお留守になっているがくぽの欲求に、非常に忠実かつ素直に従っている。

思考が埋まっている際の、体の訴える欲求だ。しかも抱いているのは、微妙に反論したい気持ちはあれ、かわい愛しい旦那さんと奥さん。

縋りついて身を捩らせくねらせ、悶えて啼くカイとイトを、がくぽは懊悩に沈みながら見た。

体の動きは意識の制御を離れている状態なので、どうして二人がこうまでかわいい態を晒しているのか、がくぽには今ひとつ、わかっていない。

普通にしていても、がくぽにとっては愛らしく愛おしい旦那さんと奥さんだ。

悶えて啼いて縋ってくれば、そのかわいさは突き抜けて倍々どん。

もしかして懊悩のあまりになんらかのフィルタが掛かり、幻視でもしているのかとかなんとか、明後日にも明後日過ぎることを考えつつ、がくぽは口を開いた。

「まあ、話はわかった………さっぱりわからんが、わかった」

未だに懊悩の最中にいるがくぽのこぼした一声目は、混乱しきりだった。

残念なことに、がくぽ自身にツッコめる気力はなく、悶えて啼くカイとイトにはもともと、ツッコミ属性がない。

がくぽは加えてボケ倒しの悲劇に遭いながら、いつもの無邪気さが消えて、我慢の利きようがなくなる媚態を晒す旦那さんと奥さんへ、うっそりと訊いた。

「ところで――確か、カイはイトの嫁で、イトはカイの夫だったな夫が左で嫁は右だと言うなら、俺の夫でイトの嫁であるカイと、カイの夫で俺の嫁であるイトは、全体、左右どちらでどう寝るのが正しいと言うつもりだ?」