サーザーランドのかわいい悪魔

リビングの床に直に座り、テーブルに突っ伏して顔を見合わせたカイとイトは、にこにこくふくふと、ご機嫌に笑っていた。

「もー、いっちゃん………なに、にやにやしてるのぉ。思い出し笑いなんて、えっちな証拠だよ?」

「そぉ言うカイだって、ずっとにやにやしてんじゃんそれもすっごい、えっちな顔で!」

「えー。いっちゃんのほうが、えっちだもん!」

「んなことないカイのほうがずーっとずーーーっと、えっちっ!」

「えー」

「えー」

本気の喧嘩ではなく、じゃれる仔猫の言い合いを続けていたカイとイトは、一際愛らしく、得意げに笑った。

「「どっちもすっごくえっちぃ!!」」

片手でハイタッチするカイとイトは、その後にきゃーーーーーっとでも続きそうなノリといい、評価し難い結論といい、女子高生もかくやだった。どちらも間違いなく男で、しかも成人型だ。

とはいえ所詮ロイドの年齢など、設定でしかない。起動年数から考えればカイもイトも未だ、幼稚え――

「で、いっちゃん………いっちゃん、なにを思い出して笑ってたの、えっちっ」

「カイこそ、なにを思い出してそんな、えっちな顔してんのっ」

「えー」

「えー」

お約束の一瞬の間を挟む。

同型機ではあるが、双子機ではないはずのカイとイトだ。しかしなんの合図もなく揃って片手を出すと、ぱんと音高くハイタッチを交わした。

「「昨日の夜のがくぽーーーっっ!!」」

――きゃーーーーーーっという以下略。

うっすらほわんと目元や頬を染めたカイとイトは、テーブルに突っ伏したままこっつんと額をぶつけ合う。常にご機嫌な二人だが、今日は殊更に上機嫌だった。

「ねっ、ね………っがくぽ、すごかったねっすごかったよねっ、がくぽっ何回だったかなぁ……っ!」

「もー、タイヘンだったよなっなんなの、神威がくぽっほんっとえろえろどすけべっ!」

きらきらと純粋に輝くカイに対し、イトはわざとらしく頬を膨らませ、怒ったように吐き出す。そのイトに、カイはちろりと舌を出して見せた。

「僕まだ、舌が痺れてるような気がする」

「あ、おれもおれもっ!」

応えて、イトもカイに向かってべっと舌を突き出した。

「痺れてんのもそうだし、顎も痛いし、まだ舐めてる感じっていうか……」

言葉を探すイトのくちびるに、カイはご機嫌なまま、ちゅっとキスした。無邪気に、輝いて笑う。

「あんなにいっぱい、したことなかったし」

蕩けるように甘く吐き出したカイのくちびるに、イトもお返しでちゅっと、くちびるを返した。そのうえで、またもわざとらしい、しかつめ顔をつくる。

「あんなにいっぱいできる、神威がくぽはやっぱり、えろえろどすけべっ!」

「えー、えろえろどすけべー?」

「えろえろどすけべ!」

「「えろえろだいまおーーーーーーーーっっ☆」」

――きゃーーーーーー以下略。

カイもイトも上機嫌で、ハイタッチを交わした手をそのままきゅっと握る。ちゅっと、愛らしくくちびるが重なった。

「ま、いくらえろえろどすけべ魔王でも、おれとカイが協力したら、倒せちゃうんだけどっ!」

「んっがくぽが負けるのは、ちょっとヤだけど………ぇへっ負けたがくぽも、すっごく色っぽくて………」

言いながらぼんぼんぼわんぼわんと肌を染めていったカイとイトは、愛らしさの絶頂としか表しようのない笑みを交わした。

「「思い出しただけでまた、うずうずするぅう!!」」

――きゃ以下略。

「…………まあなんというか、総体的には、安らぎますね」

「…………」

安らぐのか。

リビングの片隅で、椅子に座って茫洋とカイとイトを眺めていたがくぽは、背後からの言葉にわずかに眉をひそめた。

がくぽのマスター:ミトトシだ。

ロイド保護官であるミトトシにとって、はしゃぐロイドはご馳走。特に、無邪気な天然さんのKAITOシリーズは、業界ではご褒美。

とはいえしかし、『ロイド保護官』だ。

安らぐと評しはしたが、ミトトシは座るがくぽの肩をやわらかに掴んだ。

「で、がくぽ。私のかわいいサムライマンおまえ昨日、カイとイトになにをされたんです。訊かなくても、答えが図れるような気がしますが。体力で遥かに勝るはずの最新型のおまえが、尋常ではない疲労っぷりで………個人的には、ラボに連れて行って総合メンテに掛けたいくらいですよ。どう考えても答えは出ていますが」

「…………っ」

「ちょっとマスターの目を見て、なにをされたのか、言ってご覧なさい」

「……っっ」

肩を掴む手はやわらかく、痛みもない。ミトトシの声はやさしく、むしろねぎらいといたわりに満ちている。

己のロイドであるがくぽに『やらかしてくれた』、カイとイトに対する怒りがあるわけでもない。どちらかといえば、呆れているような羨んでいるような。

それでもがくぽはびしりと背筋を伸ばして固まり、高速で思考を空転させた。

なにをされたと言って、ナニを。

ナニをナニされ――いやいや、ナニまではされていないというか、それでもナニが。

「がくぽ?」

促すミトトシに、がくぽは背筋をぴしっと伸ばした姿勢のまま、片手を宣誓の形に挙げた。

「き……………」

喘ぎ喘ぎ口を開いてから、一度こくりと唾液を飲みこむ。

目の前では、カイとイトが未だにきゃわきゃわと『昨日の対がくぽ戦』について語っている。

愛らしい。なにをされようが、変わらない。決して、醒めない。

愛らしく、愛おしい。

が。

がくぽはミトトシを振り返ることもなく、言葉を絞り出した。

「記憶に、ございませんっ!!」