使われていないが、使われたこともなく、今後も使うことがないだろうが、布団は毎晩律儀に三組、敷かれている。

ミーシャとお人形のおうち-03-

仮で一時的であれ、ようやく出番が来た端の布団一組に意識を失ったイトを寝かせたがくぽは、乱れた前髪を軽く梳いて整えてやった。

瞼を下ろしたイトの顔は泣き濡れて、憐れだ。

がくぽのくちびるは堪え切れない満足の笑みを刻むと、イトから離れて真ん中の布団に戻った。未だに俯せで転がっているカイの元へ行く。

衝撃が過ぎてわずかに自失していたカイは、がくぽの気配に瞳だけ反応させた。

刻まれていた笑みがやわらかさと労わりを含んで、カイの視線に応える。

「いい子だ。よく頑張ったな」

「ぁ………」

幼子相手のように褒めたがくぽは、だけでなく乱れるカイの頭も梳きついでに撫でてやった。

ねこのように目を細めたカイを、がくぽはそっと抱き起こす。膝の上に乗せてやると、足を開かせた。

「ぁ、ん………っ」

「痛むか?」

「んんっ、んーんっ。へき、ぁ………っ」

イトに注がれたものをとろとろとこぼす場所を探られ、カイの頬は赤みを思い出した。

ほんわりと染まって恥じらい、俯くカイの足の間を、がくぽはしつこく弄る。

「ぁ、ぁのね、がく……がくぽっ。ほんとに、痛くないし………っ」

「そうか。ならばいいな」

「ぁ………っ」

あっさりと言って手を引いたがくぽは、カイの体を抱き直した。相変わらず膝の上だ。

背後から抱え込まれ、そのうえで新たに打ち込まれた楔に、カイはぶるりと震えた。

熱く、太くて硬い。

いつもは多少、初めに受け入れることに難儀する代物だが、今日は先にイトを受け入れ、吐き出した体液でぬめっている。ほとんど抵抗もなく深いところまで貫かれて、カイの瞳はすぐさま快楽に霞んだ。

「ぇ、えと、がくぽ………あ、んと………イって、ない、の………?」

カイが見たところ、イトは二度、立て続けに絶頂に襲われていた。一度目は、カイの腹に締め上げられ、男として吐き出したときだ。

それからすぐに、二度目の――あれはおそらく『奥さん』として、がくぽに腹の中へ吐き出されたせいだ。過ぎる快楽に尖ったイトは、男として吐き出すだけではなく、『奥さん』としても絶頂を味わった。

結果として、処理限界を超え、意識が飛んだのだ。

カイは、そう思っていた。

が、今、カイの腹に押し込まれたがくぽのものは、とても吐き出したばかりとは思えない。強く逞しい、凶器のままだ。

カイが落ち着くのを待ってくれていたがくぽは、くちびるを寄せていた耳朶に笑い声を吹き込んだ。

「っぁっ、んっ!」

「イった。俺はな。きちんと、イトの腹を汚してやった」

「ぁ、がくっ、っ」

笑いながら言って、がくぽはカイの耳朶を食んで遊ぶ。もれなく、カイの弱い場所だ。がくぽを受け入れた腹が、びくびくと波打った。

宥めるようにも、煽るようにも取れる手つきでそれを撫でてやり、がくぽの手は肌を滑ってその下、緩やかに勃ち上がっているカイのものに辿りつく。

やわらかに掴むと、軽く振った。

「お主とは違う。――イけなかったのだろう?」

「………っっ」

殊更に小さくした声でささやかれて、カイはきゅっと体を縮めた。肌のすべてがほんのりと、しかし確かに赤く染まっていく。

羞恥から涙目になったカイは、くちびるを引き結ぶと俯いた。

そう、イけなかった。

イトをイかせてやることは出来たが、カイはどうしても、自分にまでタイミングを合わせられなかった。

初めてのうえ、惑乱がひどかったイトは、カイを気持ちよくすることにまで意識が回らなかった。腰は振っていたがめちゃくちゃで、タイミングもなにもない。

がくぽが多少、気遣ってはくれたが、極めるところまではいけなかった。

それでも、イトがカイで極めてくれて、気持ちいいと言ってくれて、うれしかったが――

「いい子だ。言っておろうお主にもっとも、負担の掛かることでもあったし――褒美をやるから、機嫌を直せ」

「………」

あやすように言うがくぽに、カイは聞こえないほど小さく、吹きだした。

ご機嫌を損ねてなど、いない。初めて、イトとちゃんと『夫婦』になれた。

大好きなイトだったけれど、もっともっと大好きになった。ようやく本当に、『お嫁さん』になって上げられたのだ。

そして、強引かつとんでもない方法で、イトと『夫婦』にしてくれたがくぽのことは――

「ぁのね、がくぽ?」

「ああ」

きちんと顔は向けず、上目で窺うカイの視線を、がくぽはやわらかに受け止めた。

設定年齢は同じくらいで、起動した年月もそうそう変わらない。けれどがくぽのほうがずっと大人で、ずっと『男』に見える。

特に誑かす色も刷かず、淫靡さも落ち着いたがくぽだったが、見つめるカイの瞳はどんどん蕩け、潤んで熱っぽさを増した。

陶然とした表情で、カイはちょこりと首を傾げる。

「僕にも、嫉妬、してくれる?」

「………」

「あれ」

亜光速で顔を逸らされ、カイはきょとんと瞳を見張った。きちんと顔を上げると、がくぽの横顔をまじまじと見る。

気まずそうだ。畜生、ばれていたのかとかなんとか、微妙なつぶやきも聞こえる。

きょとんとしていたカイだが、すぐに笑いほどけた。

イトを受け入れて、気持ちいいと。

イトのお嫁さんになれてしあわせだとカイが言ったとき、がくぽは微妙な表情を晒していた。だからといって、がくぽのことが嫌いだとか、イトのほうが大事だというつもりはなかったのに、だ。

イトはカイの旦那さんだが、がくぽはカイのお嫁さんだ。考える次元が違う。――少なくとも、カイにとっては。

だから、がくぽが微妙な顔をしたことが不思議で――同時に、イトが羨ましくなった。

微妙、だったのだ。がくぽの表情は。

カイを独り占め出来ないと、イトに確かにヤキモチを妬いた。妬きながら、同時にイトのことがかわいくて愛しくて、妬く自分が赦せなくて、――

いいなあと、思った。

あんなふうに葛藤して貰えるのはなにか、ひどく愛されている感じがした。

なにがあっても愛を疑わず、泰然としていてくれるより、もっとずっと――

「ぁはっ僕の奥さんって、ほんっとかーわいーいっね、がくぽ、かわいいっ!」

「己な………この状況で、よくも言うな、『旦那さま』……………」

結局堪え切れず、明るく笑ってちゅっとキスをしたカイに、がくぽは壮絶に納得がいかない顔で、陰々とつぶやいた。

現状、旦那さまのカイの腹には、かわいい『奥さん』の、あまりかわいくない逸物が押し込まれている。大層な逸物だ。かわいいには程遠い。ついでに言えば、『奥さん』の響きからも。

「一寸ばかり、自覚させようか」

「んっ!」

嗜虐的な色が戻って来たがくぽにも、カイが怯えることはない。笑って、体を浮かせた。逃がすまいと回ったがくぽの腕だが、すぐにカイの意図を察して、離れた。

抜けないようにと、わずかににじっただけで待つがくぽを振り返って笑い、カイはすぐにまた、前に顔を戻した。

力なく横たわったままのイトに手を伸ばし、ぷにぷにと頬をつつく。

「いっちゃん。ね?」

そっと呼ぶと、閉じられていたイトの瞼がわずかに震えた。カイは笑みを深くして、イトへくちびるを寄せる。

「いっちゃん」

「ん………っ」

呻いて、イトの瞼がゆるゆると開いた。まず目に入るのは、淫蕩に崩れた相方の笑顔だ。

ちゅっと重なったくちびるは、いつものように掠めるだけで終わらず、イトのくちびるを舐め、反射で開いた口の中を弄った。

「ぁ、ん………っ」

「んん」

しているのはディープキスに類されるはずだが、やはりどこか、仔猫が毛づくろいでもし合うような、たどたどしく幼い印象があった。

ちゅくちゅぷとかわいらしい水音を立てて舌を舐めあった二人だが、カイは腹の中にねじ込まれているものの反応でがくぽの限界を読み、適当なところで離れた。

頭を掴まれることがないので自由で、カイは笑って『ヤキモチ妬きさん』な相手を振り返る。

晒されていた微妙な表情にわずかに見惚れてから、イトに向き直った。

「ね、いっちゃん。つぎ、僕。いいでしょね?」

「ん、カイ………」

まだ回路が復旧しきっていないイトの反応は鈍く、いつもの姦しさも稚気もない。事後の気怠さが前面にあって、詐欺だとしか言えないほどに色めかしかった。

いつもなら、色という点ではカイが勝る。しかし今は、カイのほうが幼く見えた。

反応が鈍いイトに、カイは愛らしくさえずり強請りながら、手を伸ばす。その手が、汚れたまま濡れそぼるイトの下半身に触れ、埋まった。

「っぁ………っぁ」

「いっちゃん。させて。ね?」

「カイ」

おねだりするカイを、がくぽが呼ぶ。

濡れて蕩けるイトの下半身に手を埋めたまま、カイは振り返った。腹の中のものの動きでなんとなくわかっていたが、すぐそこにがくぽの顔があった。

「だめ?」

「……………」

無邪気に訊くカイを、がくぽは間近からじっと見る。

「ぁ、あ………っぁ、んんっ」

冷めやらぬ場所を弄られるイトの上げる甘い声と、水音だけが響いて、しばらく。

ふっと、がくぽが笑った。きゅうっと、カイの腹が反射で締まる。

「ぁ………」

「仕様のない『旦那さま』だないや――仕様のない、『嫁』だな。『夫』を犯したいのか?」

「ん……っ」

嬲る響きに、カイの手が止まる。

陶然と見上げるカイに、がくぽは愉しげに笑った。嗜虐を呼び起こされ、同時に満たされて淫靡に崩れる、肉食の獣の顔だ。

「『嫁』に犯されながら、『夫』を犯したいのかまったくもって、――」

そこで言葉を飲みこんだがくぽに、カイは笑った。体を捻ると、多少無理な姿勢ながら首に腕を回し、きゅっとしがみつく。

「うん。スキモノなの、僕っ。がくぽといっちゃんのこととっても大好きで、すっごくインランえっちな、スキモノになっちゃうのっ!」

「………こらこら」

体の角度を変え、楽なようにしてカイを抱いたがくぽは、呆れたように言葉をこぼす。

しかしすぐにカイを抱きしめると、そろそろ事態を把握し始めたイトへにっこりと、爽やか胡散臭さ全開な好青年顔で笑いかけた。

「イト、お主のかわいい嫁が、おねだりしているぞ聞くだけの、夫としての甲斐性はあるのか?」

「ん、む………っ」

ぼんやりしていたイトの瞳が、負けん気を思い出して尖った。本来的に、夫としての甲斐性と離れたところに奥さんのおねだりがあるのだが、気がつかない。

「とーぜん、だもんっカイのおねだりだったら、おれ、なんでも聞くしっ!」

「いっちゃん、大好きっ!」

言い切ったイトに、カイはがくぽから離れて抱きつく。ぴったりと抱き合った二人はちゅっちゅとくちびるを交わし、わずかに天を仰いでいたがくぽへきらきらしい笑顔を向けた。

「僕にだって、旦那さんとしての甲斐性あるからねっ、がくぽっかわいい奥さんのこと、いーっぱいいーっぱい、甘やかして上げるっ!」

「おれは奥さんだからな。おまえは甘えんぼでさびしんぼの、困った旦那さんだし………仕様がないから、いっぱい甘やかしてやる、神威がくぽ!」

「己らなぁ………っっ」

――結論的には奥さんであれ旦那さんであれ、旦那さんであれ奥さんであれ、どうであっても甘やかしてくれるものらしい。

がっくり項垂れたがくぽだが、そのご子息はご立派なままだ。

旦那さんと奥さんに溺愛される、強く逞しいご子息をちょっと見習うべきなのかと、がくぽは非常に明後日な方向に懊悩した。