朝からずっと、カイトはぶすっとして膨れたままだった。

大抵の不愉快な出来事は、すぐに割り切って笑顔に変えるというのに。

しあわせなゆめ

「………で?」

放課後まで付き合ってようやく、がくぽはそうつぶやいた。

生徒会室隣の、資料保管室だ。隣の生徒会室には役員が揃っているが、ここにいるのはカイトとがくぽだけ。

時として教師の手に余るほど優秀な生徒が集まった生徒会だが、不機嫌な会長を扱えるスキルを持つものは、ひとりとしていなかった。

そして美しき押し付け合いの挙句、最終的にはいつも、会長お気に入りの『わんこ』へと振られる『厄介事』。

「がくぽが結婚する夢見たんだよね」

「は?」

吐き出された理由に、前置きも脈絡もない。

素直にきょとんとしたがくぽに、カイトは壮絶な横目をくれた。

「がくぽが、結婚する、夢純白のタキシードとか着ちゃってさ。にっこにっこにっこにっこ、うれしそーに笑ってんの」

「……………」

がくぽは密かに、鳥肌を立てた――いくら相手の望みでも、純白のタキシードには激しく抵抗感がある。

にこにこくらいはするかもしれないが、正直なところを言って、盛大ににやけるだろうが、純白のタキシード。

果てしなく、高い――関門…………?

「…………………………で?」

「がくぽが選ぶ子ってどんな子なんだろーって、顔見ようと思ったんだよ。でも、どんなに目ぇ凝らしても、リキ入れても、さっぱり見えなくって」

「……………」

不機嫌の理由がわかった気がして、がくぽは顔を逸らした。

何気なく、口元を手で覆う。

そんなふうに、あまりにも自分に都合よく解釈するのも、どうかとは思うが――

それでも。

「見たいか?」

「見たいね是非にも、見てみたいね!!」

訊くと、荒れた声で返された。

がくぽは殊更にくちびるを引き結び、棚の上の資料を取ろうと奮闘しているカイトの傍らに行く。

「ほら」

「ん、ありが………………んぇ?」

がくぽはカイトの腰を抱えてひょいと持ち上げ、まずは資料を取らせてやる。それから抱き上げたまま、資料室の片隅に運んだ。

ことんと置くのが、雑多なものに紛れてなぜかある、姿見の前。

「存分に見ろ。かわいいだろう?」

「………………………」

鏡の中、カイトはきょときょとと瞳を瞬かせる自分と見合う。

その頬が、うなじが、徐々に染まり――

「誰にも自慢できる、またと得難き伴侶だ」

言葉もなく、真っ赤に染まって鏡の中の自分と見つめ合うカイトの短い髪を掬い、がくぽは微笑んで口づけた。