通勤通学時間帯の電車というのは、混むものだ――が。

「ったあいえ、限度があるでしょ、限度がっ今日はナニっ?!」

ボウギャクノ王

確かに朝の通勤通学時間帯の電車というのは混雑するものだが、にしてもカイトが喚いた通り、今日のこれは限度を超えている。なにかしらのトラブルが重なった挙句だ。

というわけで、いったいなにがどう重なってこうも、殺人的な様相を呈しているかだ。

「なにというとな……」

自分も潰され揉まれつつも、そんなカイトを胸に抱いてなんとか守ろうと奮闘していた健気な番犬、もといがくぽは、目線だけで軽く天を仰いだ。

視界の端にちらりと、ひっきりなしに混雑の原因とお詫びをくり返す、スピーカを捉える――同じ場所にいるのだから、カイトにももちろん、この放送は聞こえているはずなのだが。

「線路の落とし物を拾って傘挟まりを解消し急病人救護をして踏切直前横断、鞄のドア挟まりを解決したところで再び急病人きゅう」

「なんコンボ極める気?!」

がくぽがこれまでに流れた車内放送をすべて数え終える前に、カイトが堪えきれずに喚いた。

そんなことは、がくぽこそ聞きたいことだ――いったいなんのジョークで、これだけ重ねるのかと。

しかしその感想は飲みこんで、がくぽは小さく息を吐いた。

「あとはトドメで、車内トラブル対応。だな」

「んぁあっちっかんっっ!!」

「いや、カイト………」

怨念ここに極まれりとばかりに叫んだカイトに、がくぽは再び軽く、天を仰いだ。

この時間の、この混雑ぶりだ。言いたくはないが、紛れ易しと、多発もするだろう。

ゆえにそれでほぼほぼ間違いなかろうとは思うが、その単語を耳にした瞬間の、周囲の反応だ。

ぴりりと走る緊張感といい、見交わされる疑心暗鬼の視線といい、いたたまれないこと甚だしい。

「アレだ。ソレ……つまりこう、これだけ混んでいると、なやれ肩がぶつかっただのなんだのと、くだらない理由で小競り合いに発展することも、多いし、な………そう、いきなりアレだと、こう、決めつけるのも……」

「ちっっがうっげんこーはんっっ!!」

「あ?」

人目を気にしてくれまいか、と。

それとなく嗜めようとした『問題児』に、生徒会長は不自由も極まれる混雑にもめげず、己の手に捕らえた不届きものの腕をぎりりと捻り上げた。

――いや自分は無実だし、というか自分たち二人の仲でちょっとやそっとの『ふれあい』を痴漢呼ばわりするというのは、いかがなものか。

とかなんとか――

「………………………あ?」

高速で巡らせたがくぽの思考が、空白に落ちた。

がくぽの腕のうち、二本は自由だ。カイトの腰を、相変わらず支えている。

補足するならがくぽに三本目の腕の保有はなく、二本の腕はカイトの腰にあって、しかしカイトはどう見てもオトコの腕を捻り上げている。高々と。

「ったくさあ混雑しててぶつかるのと、べろべろべろべろケツ撫でられるのは、さすがに感触違うしわかるししかも俺オトコだしいくらなんでもアタマ悪いっての!!」

どちらかといえば愉しそうに吐き出すカイトが捻り上げた腕を辿れば、泡を食った顔の男がいる。衆目を集め、懸命に弁解しようとしているが、咄嗟に言葉が出ない――

逃げ場を探してきょろつく相手と、がくぽの目が合った。

瞬間。

がくぽのくちびるは、笑みに裂けた。

後日。

生徒会役員は、『悪堕ちした瞬間、ニンゲンって逆に、笑うんだよね……』としみじみ言う会長に、しかして会長の『わんこ』はとうの昔に悪堕ち済の困ったちゃんな不良っこ問題児ではなかったか、それがさらに悪堕ちするってどういうことで、いやさそもそも悪堕ち出来るのかと、白熱の議論を戦わせることとなった。