鬼隠し

遠目に見かけた。特に用事もない。声をかけにわざわざ近寄るのも不自然な程度に、開いた距離。

だから、行き過ぎようとした――

「あー……うん」

なにかを悟り、結果諦めた笑みを浮かべ、カイトは同道していた生徒会のメンバーに軽く手を振った。

「ごめん、先に行って。俺ちょっと、寄り道草♪」

なんだこれはと、がくぽは眉をひそめていた。

眉をひそめてはいたが、抵抗もしなければ反抗もしない。むしろ積極的に――

「んっ、ふ……ぁうっ」

「ふ……っ」

貪るくちびるに咬みつくと、縋る体がびくりと跳ねた。けれどこぼれる声は熱に満ちて甘く、しがみつく指にはますます力が入り、走った感覚が痛み以上のものであったのだと、隠しようもなくがくぽに伝える。

「ぁく……ぁくぽ、ん、ん……っ」

息継ぎに束の間離れたくちびるが、蕩けて呼ぶ己の名――愛おしさに満ちて、得難いたからもののように。

腹に蟠る熱が募りながらも胸が透く感覚があり、がくぽは溺れるように相手のくちびるを貪り味わった。

――がーくぽっオニたっちつっかまえたーのコイコイ♪

たったかたーと、音に直すならそういう、いわば気楽感満載で走って来たカイトだ。

気楽感満載なのは、がくぽの腕をがっしと掴んでぐいぐい引っ張りながら喚く言葉もで、あまりにも気楽に過ぎて、まったく理解不能だった。

そうやってわけもわからないまま、しかし概ね無抵抗のがくぽが連れこまれたのは、人気のない校舎の影だ。

連れこむや、カイトはがくぽのくちびるを塞いだ。首に手をかけて引き寄せ、足りない分は伸び上がって補い――

おねだりも、求める理由を説くこともなく、がくぽの都合を訊くことすらもなく、ただ問答無用に。

なんだこれはと、眉をひそめたがくぽだが、相手はカイト、最愛の恋人だ。求められたなら、とりあえず応える。

応えて――これは相手の術策に嵌まったかと、途中、掠めた思考はあっても、がくぽはカイトとのキスに溺れた。

嵌まって悪い気のする策でもなかったし、溺れたところで構わない相手だ。多少の腹立たしさはあるが。

「……カイト」

縋る体をきつく抱き、がくぽは名を呼んだ。堪えようもなく息が荒がり、満ちた欲で声が潰れ、掠れる。

「うん」

制服の上からであっても、探る手の意味が、求められていることが、わからない関係ではない。

それでもカイトは素知らぬ風情で、ちょこりと首を傾げてみせた。

「『ヤクソク』は、いいのかなあっちが、先約でしょ……ほったらかしたら、『お相手さん』は、怒るんじゃない?」

「はっ!」

キスの余韻に甘くもつれる舌で放たれる、強烈な揶揄。

がくぽは笑い飛ばすと、己か誰かへの嘲りに引きつりながら吐き捨てた。

「どうせもう、『怒って』いての『約束』だ。行こうが破ろうが、結果は同じで変わらない。ならばおまえを優先してやるさ――思うつぼだろう?」

カイトは間違いなく、がくぽにとって唯一最上の恋人だ。最愛の相手だが――

最愛の相手であればこそ、あまりに見透かされているのが情けなく、反って腹立たしい。

苛立ちに食いこむ指を感じながらも、カイトは悪びれなかった。にっこり、素敵な笑みを浮かべる。

「うん、思うつぼ☆」

言い切って、がくぽの反抗心がもたげるより先にくちびるを重ねたカイトは、笑う吐息でつぶやいた。

「キライなひと、殴るより、ね俺と愛し合うほうが、ぜっっったい……気持ちいいし、すっきりするんだって。覚えて、……自分から俺のとこ、来るようになるまで――何回だって、思うツボに嵌めてやる、がくぽ」