ミーア・キャットの擦過傷

ちょっと考えこんでから、がくぽは目を据わらせた。いらない方向に肚も据えて、低く吐き出す。

「見たい」

「ええ………っ」

きっぱり出された要望に、向き合うカイトは無意識に仰け反った。逃げるしぐさだ。

どんな悪路であれ、ぐいぐいと強気に押し進んで行くのが常の、生徒会長らしからぬしぐさだと言える。

だが所詮、棚が乱立して狭いうえ、雑多に物も多い生徒会資料室だ。逃げるにも、限界がある。

その限界がある距離を、がくぽは引かれた分かより以上、詰めた。だけでなく、両手を後ろの棚に当て、カイトを囲いこむ。逃がさないと、追い詰める捕食者の態だ。

これもこれで、なんだかんだで服従を誓うカイト相手には、珍しい。

「見たい」

「えー………っ」

『大事なことなので二回言いましたよ』というがくぽの念押しのおねだりに、カイトはさらに仰け反った。

ただし補記すると、ひくんと引きつらせた頬には朱が散っている。憤怒ではなく、羞恥だ。しかも刻々と色濃く、範囲が広がる。

そんな罪作りに艶めいた様子で、カイトは爛々と瞳を輝かせて迫るがくぽを、きっと見返した。

「お、おかっ、しいっ、おかしいでしょ、それっみた、見たいって、そんな」

常に立て板に水とまくし立て、がくぽを辟易させるのが、カイトだ。

が、今日は内心の動揺がそのままに、つっかえつっかえのどもりどもりで、ようやく吐き出した。

そんな状態でさらなる反論を紡ごうとするカイトの奮闘を、がくぽは無情にもきっぱりと打ち切った。

「なにがおかしい。見たいだけだ。見るだけだぞ。触らせろだのと言うでなし、『見るだけ』の好奇心の、なにを否定する」

「なに、って、だけ、って……っ」

もはやぎんぎらぎんとまで輝く瞳でまっすぐ見据えて吐き出すがくぽに、カイトは絶句する。肌を染める朱はますます色濃く、じんわりと汗まで滲み出した。

とてもまずい。劣勢甚だしい。敗色濃厚で、形勢逆転、下剋上の危機――

「いやっおかしいっおかしいって、やっぱり大体がくぽ、それ、俺がじゃあ逆に、がくぽに『見たい』って言ったら、見せる?!『見せろ』って言ったら、――」

なんとか巻き返しを図ったカイトだが、今度もまた、最後まで言えなかった。否、言わせてもらえなかった。

もはや伸し掛かるほどに身を乗り出していたがくぽが、がっしとカイトの両肩を掴んだのだ。

そして曰く言うことに、

「見たいのか?!見たいと思うのか!!」

「え、ぇえー………っ」

――怪光線が出ているとしか、思えない。

もはや『輝く』などという表現では生温いほど、がくぽの瞳はぎらんぎらんのびかんびかんな、なにかを発して力強かった。どう考えても間違えている方向に、とても力強かった。

そしてなにより、非常にうれしそうだった。なぜかまったく不明なのだが、どういうわけかうれしそうだった。

そんなふうに喜色満面で迫られたカイトといえば、またもや絶句するしかない。

違う。仮定の話だ。

立場を逆転させた仮定の話を振れば、この要望がおかしいことに、きっとがくぽも気がつくだろうと――どんなに問題児だとしても、成績優秀者ではあるのだから、アタマはイイのだから――

「えー………」

追いこまれてすっぱんと弾けて白くなった頭で、カイトはきゅっとくちびるを噛んだ。爛々たる欲望とともに迫るがくぽを、ちらりと上目に窺う。

噛んだことで色味を増したくちびるが、復活しない思考を介さず、開いた。

「み、みせっこ、なら………みせっこ、なら………おれだけ、じゃなく、て、……がくぽも、なら、………いい。よ?」