夏休みの合間あいまに設けられる、『登校日』。

に、真面目に学校へ出て来たことなど、いつぐらいぶりか――

せみのこえ

がくぽは妙な感慨めいたものを抱きつつ、うっかり『いつぐらいぶりか』をやる気になってしまった要因のいる生徒会室へと入った。

ら。

「たんじょーびおめでとう、がくぽっ!」

室内にひとりきり、いつもの場所に座る生徒会長が満面の笑みとともに、そう迎え――迎え――………

「…………………………………………は?」

溢れる歓迎ムードに対し、たっぷり数十秒も沈黙して、がくぽがようやく返したのはそのひと言だった。

いや、『ひと言』ではない。単なる呼気の漏れだ。あまりに間抜けな、返したとも言えない。

しかもこれから後が、続かないという――

カイトは反応を待つ間に眉間に刻んだ皺を親指の背で揉み解しつつ、内臓まで出てきそうなほど、深く長いため息を吐いた。

「まあね、なんていうかね、わかってたよ予想してたっていうか、なんか、こんなことになるんじゃないかなって、思ってたんだよねいわば予測の範囲を出てないから、うんっぜんっぜん、へーき!」

高速でつぶやいたカイトだが、まったく『へーき』な様子ではない。未だ生徒会室の入り口で呆然自失と固まっているがくぽへ、非常に微妙な視線を投げた。

「それでも、あ・え・て・訊くけどさ、がくぽ君ね、どっちなのつまりさ、まさか俺が君の誕生日知ってるなんて思わなかったーの『は?』なのか……それとも、今日が自分の誕生日だなんてすっかり忘れてたーの『は?』なのか」

――対するがくぽの返事といえば、振るっていた。

「いや、そもそも、……………………俺は今日が、誕生日なのか?」

「もっと重症だったよ、この子はっ!!」

呆然自失としていたため、ついうっかり本音をだだ漏らしたがくぽに、カイトは毛を逆立てて叫んだ。

椅子を蹴倒すように立ち上がると、がくぽの前につかつかとやって来る。まるで扉でもノックするように、曲げた指の関節でがくぽの胸元をとんとんとんと叩いた。

「誕生日でしょ、今日!!7月31日学生証見てみなさい、生年月日書いてあるから!」

常に鷹揚なカイトから滅多にない剣幕で迫られ、がくぽはたじろいでわずかに仰け反った。主に反射だけで、禍の門と化した口を開く。高速で吐き返した。

「学生証なんか後生大事に持ち歩くか。喧嘩のときに落とすか盗られるかしたら弱み、いぎっっ!!」

――禍の門なのだ、現在。口が。なにより口を、口から出る言葉を管理統括する、脳みそが。

当然のごとく反論は火に油で、がくぽは眦をぴしりと引きつらせたカイトに容赦なく、両頬をつねり上げられた。

そうとはいえ、振りほどこうと思えば簡単に出来る程度の力だ。

しかしがくぽは大人しく、痛めつけられた。

なぜといって痛いということは、夢ではないということだ。夢ではないということは――

「なんのためにひとが、今日をわざわざ、登校日に設定させたと思ってんだろう、この子は祝い甲斐がないっていうか、なんていうか……」

「ぁいと」

両頬を捻り上げられて不自由なまま、がくぽは禍の門をそれでも懲りずに開いた。ある程度は不本意だが、ある程度は予測の範囲というもので、微妙に哀願と嘆願の色が混ざった、情けない声が出た。

応じて、カイトはゆるりと力を抜き、手を広げる。赤みを持ったがくぽの頬をそっと撫で、――笑った。

「逆に燃えるわやり甲斐あるったらないでしょ、この子は!」

笑って言い、カイトの瞳は不可思議な感情を宿して熱っぽく、潤み揺らいでがくぽを見つめた。

「もう、俺の全力懸けて祝ってやるから、がくぽだから、……おねだりしてごらん誕生日のお祝いに、がくぽのおねだり、なんでも叶えて上げる。それで、生まれてよかったって、生きててよかったって、――芯から蕩かしてやるから。だから俺におねだりして、がく、っんん!」

すでに蕩けきった言葉で誘惑され、堪えられるものではなかった。

がくぽは混乱し暴走する思いと募る欲まま、きつく抱きこんだカイトのくちびるを己のそれで塞ぐと、存分に貪った。