誰ガ為ノ王冠

がくぽは自堕落に机へと突っ伏していた顔を、なんの気なしに横へ向けた。

そして、しばらく。

「………キスが上手くなりたい」

ぼそりと。

小さな声は思いもせずこぼれたというふうで、なんやかやと騒がしい放課後の生徒会室にあっては、誰の耳にも届かない――

わけでもなく。

机を挟んで向かい側に座る生徒会長が、はあと、呆れた風情のため息をこぼした。

「なんであれ、向上心があるのはいいことだと思うけど、がくぽ君、あとどれくらい極めたら満足するの…」

「どれくらい、なあ………」

がくぽは相変わらず、机に突っ伏して横を向いたままだ。会話をする相手には、目もくれない。

だらけきった体といい、茫洋と焦点の定まりきらない瞳といい、今日のがくぽの気力のなさぶりは相当だ。

そう、焦点は定まりきらず、しかし顔の向きと視点はほぼ固定された姿勢なので。

「……………そもそも俺が、どの程度のものかというところが、まず基点問題だが」

「ああうんわかった。わかったがくぽ。かいちょー、理解しました。ちょっとこっち向きなさい。こっちっていうか君、『そっち』じゃないとこ向きなさい。そっちはめっ。みーなーいーの。話はそれから」

先と同じ、もさぼさとした声音で続けるがくぽに、お向かいさんからは、さらに大きなため息が降ってきた。

否、ため息を降らせるのみならず、『理解』した会長は、机に懐くがくぽの頭に手も伸ばした。鷲掴みして、強引に向きを変えさせる。

普段であればこんな扱いを許すがくぽではないが、今は気力がない。なにより、自らに無体を強いる相手だ。

そう、会長――当生徒会の長であり、つまり問題児として要監察対象であるがくぽの『飼い主』であり、ついでに全身全霊を懸けて愛を捧げる恋人だ。カイトだ。

たとえがくぽの気力が満ち満ちていたとしても、カイトに抵抗するだの、反抗するだのといったことは、ちょっと難しい。まったくやらないわけではないが、とにかく難しい――

まるでクレーンゲームの景品のごとき様相で、がくぽは掴まれるまま素直に頭を上げた。それこそ景品のぬいぐるみ感溢れる微妙に虚ろげな目で、釣り上げた相手たるカイトを見る。

もさぼさと、くちびるが開いた。

「俺は上手いか?」

「比較対象がいないのでわかりません」

問いに、カイトはひくりとこめかみを引きつらせ、突き放すように答えた。否、突き放すのは言葉だけではない。鷲掴みしていた頭からも、ぱっと手を放し――

「うまいかヘタかなんて、知らないよ。がくぽとしか、したことないんだし………俺にわかるのはせいぜい、がくぽとするとすっごく気持ちよくって、何回でもしたいし、ずっとしてたいし、するたびにがくぽのこと好きになるって、それくらいなんだから」

「はぁん……」

口早に告げられた評価へ、落とされたまま素直に突っ伏していたがくぽは、やはり気の抜けた応えを返した。

まるでやる気なく返して、――

ふいに。

首に筋が浮き、肩が張る。だらりと垂れていた腕が上がり、机の端をぐっと掴んだ。

先とはまったく反対で、がくぽは全身全霊、全力でもって、自らを机に懐かせていた。

枯渇して、もう永遠にうしなわれたと思っていたものが、今、かつてない勢いでふつふつふつと沸き上がってくる。

とても堪えきれるものではないそれを、がくぽは食いしばる歯の隙間から吐きこぼした。

「ヤる気がでた、カイト」