シネマトリック

映画館デートとか、ひたすら時間が無駄だとがくぽは思う。

なにしろ暗い。

そして身動きも取れず、ろくにしゃべることもできない。

だからといってがくぽが暗いのが怖いだとか、じっとしていられない性質だとか、そういう話ではない。

つまり、暗い。

大好きなひとが、ろくに見えないではないか。

しかも映画館というのは大体横並びの席で、スクリーンは前にあり、うまくチケットが買えて席が隣同士となったとしても、やはりろくに相手を見ることができない。

そして、身動きが取れない。

なんの気なしを装って相手に触れることもできないし、相手からがくぽへ触れてくることもない。

普段であればぺたぺたちょいちょいと、なんの気なしで図られる、ちょっとした触れ合いなスキンシップが、映画館ではボツゼロに落ちこむではないか!

なによりかにより耐え難いのは、なにも話せないということだ。

――とはいえがくぽから話したいことは、特にない。

念のため補記するが、『話したくない』わけではない。が、これまでの人生上、友好的な、あるいは好意的な会話を交わすという経験が、とても乏しかったがくぽだ。

相手のことが好きであればあるだけ、なにを話せばいいものか、さっぱりわからなくなるという――

ところで、相手だ。

よくしゃべる。言っては難だが、これで同性かと思うほど、とにかくしゃべる。がくぽの反応が芳しからずとも、気にしない。構わない。ずけずけずけずけ、しゃべりたいだけしゃべる。

かと思えば、黙らなければいけないところでは、覿面に黙る。ここで黙られたら反省せざるを得ないだろうというところでも、的確に黙る。

うるさくて、鬱陶しくて、――これ以上なく、たのしい。

いつまで話していても、まるで飽きない。

のが、だから、映画館ではさっぱりきっぱりまるきり、いっさい話せないではないか!!

「……っ」

唸り声を堪え、がくぽは肘掛けをぐっと握りしめた。

――退屈かと言うなら、違う。話は面白い。おそらく相手が違ったなら、がくぽも映画に夢中になった。

けれど無理だ。今日は無理だ。好きですきで過ぎて好きで、たまに自分の正気を疑うほどに好きな相手が、いっしょなのだ。

映画より、相手を見たい。映画より、相手の話を聞きたい。映画より――

「っ?!」

ふと、強張る腕に腕が回された。思わず浮かした手に、躊躇いもなくするりと絡んで嵌まる手。

ぎょっとして横を見ると、明滅する光の中、いつも以上に妖しさを増した相手の笑顔があった。

「かぃ……」

口にしかけて、黙る。

凝らした、目。声もなく、笑うくちびる。動く、つくられる、形――

『ね』

『ろ』

「っ?!」

読み取ったメッセージの意外性に固まったがくぽだが、相手は構わない。垂れる長い髪を遠慮なく引いて、がくぽの頭を強引に自分の肩へと懐かせた。

そうやって間近に寄せたうえで、がくぽの耳朶へくちびるを当てる。

「いいからまずは二時間、おとなしく寝ておいで、がくぽ。起きたらめいっぱい、遊ぶんだから」

音響に掻き消されそうな、あえかな声。

同時にぽんぽんと、繋いだ手があやし叩かれる。

――映画館デートの正当というのは。

考えかけて、がくぽは止めた。強張っていた体から意識して力を抜き、相手の肩へ懐く。

目を閉じ、気づいた。

――ああ、香りが………体温が。

思ったより、そばにある。

気がついたことにがくぽのくちびるはほんわりと緩み、諸共に緩んだ体は、素直に寝に入った。