ふと持ったカップが空であることに気がつき、カイトは隣に座るがくぽを見た。

「おかわり、飲むよねちょっと淹れてくるから」

月詠姫と恋病

並んで座っていたソファから立ち上がりつつ、カイトはがくぽのこめかみにキスを落とす。がくぽと自分、二人分のカップを持つと、キッチンへ入った。

「今度はどうするお茶コーヒーそういえば、日本から緑茶も届いたよね。久しぶりに飲みたい?」

「あー。そうだな。……いや、コーヒーでいい。緑茶はどちらかというと、夜に飲みたい。夕食のあと」

「そうじゃあ、今日の夕飯のあとに………今は、コーヒーね。らじゃらじゃー☆」

軽く言いながら、カイトはキッチンの中を身軽に動き回る。

ソファに座ったままその様子を眺めていたがくぽだが、ふと視線を巡らせた。時計で正確な時刻を確認し、窓の外を見る。

はたはたと、はためく洗濯物の隙間から見える空は、夕時というほどではないものの、多少日が翳って来た。

「………そうだな」

もう一度、キッチンで動き回るカイトを視界の端に捉え、がくぽは頷いた。ソファから立ち上がると、窓辺に向かう。

窓を開くと、はためく洗濯物に触れてみた。干した時間や今日の温度、天気諸々を考えるとぎりぎりだったが、どうにか乾いている。

ほっとしつつ、がくぽは手早く洗濯物を取り込んだ。

これでこのあとに、『洗濯物しまわなくちゃ!』と言い出したカイトが、席を外す時間が省ける。

カイトがキッチンから戻って来たなら、夕飯を作る時間まではずっと、いちゃいちゃべったりと過ごせるのだ。

自分が気がつき動くことで、カイトと過ごす時間をより濃密に、長く、確保できるなら――

「………下心たっぷりだな」

動きつつも、自分の思考に微妙な苦笑を禁じえないがくぽだ。

カイトと過ごすためだと思うだけで、洗濯物を取り込む動きも軽やかになるなど、現金なことこのうえない。

「………よし」

洗濯物を取り込み終わり、振り返ったがくぽは当然のようにまず、キッチンのカイトを確認した。弾んでいた表情が訝しさに染まり、眉がひそめられる。

「………カイト?」

未だキッチンの中にいたカイトは、頬からうなじから真っ赤に染め、ぽけっとした表情を晒していた。視線はこちらを向いているものの、夢見るように覚束ない。

熱があるようにも見えるが、熱は熱でも具合が悪いというより――

「カイト!」

「んっぁ、あうんっ!」

洗濯物を腕に抱えたまま、とりあえず声をかけたがくぽに、カイトはさらにぼわりと赤く染まった。珍しくも、もじもじもじもじと照れまくり、猛烈に恥じらいながら、熱っぽい言葉を吐きこぼす。

「ぁ、の、あの、ねっ……がくぽが、すっごいかっこよくってっ、………惚れ直しちゃった………っ」

「……………」

切れ長の瞳を丸くしつつ、がくぽはそろりと自分の姿を確認し、ここ数分の行動を思い返した。

もも引きにラクダシャツとは言わないが、着ているのは部屋着、リラックスウェアだ。特に洒落こんだ格好をしているわけでもない。

腕には生活感たっぷりの洗濯物を抱え、そしてここ数分の行動といえば、ソファから立ち上がり、この洗濯物を取り込んだ程度――

特に変わったことはしていないはずだが、カイトはすっかりのぼせ上がった風情で、惚れ直したという。

反応のしどころが、さっぱりわからない。

とはいえこの様子なら、夕飯を作る時間まで目いっぱい、カイトといちゃいちゃ過ごすことは出来そうだ。

それだけわかっていれば良しと思い切り、がくぽは深く考えることを止めた。