忠犬アルゴスとおるすばんのおわり

友達と遊びに行っておうちに帰って来たら、ダーリンがネット動画を観ながら号泣していました。

「んでいったい、どんなフランダース家のわんこ観て泣いてたのかと思えば、ふっつーに素人動画だよ留守番わんこのほっこり動画だよ!!」

心配した分、安堵が反って荒っぽく吐き出したカイトに、がくぽもまた、怒鳴るように返した。

「なにがほっこりだわかっていないな、カイト!!」

声だけではない――腰に手を当てての仁王スタイルで、ぷんすかぷんと立つカイトへ向けるがくぽの瞳も、鋭かった。未だにだぼだぼだぼと、大量の涙を止めどもなくこぼしていたが。

「俺にはわかる!!」

ずびびびびと洟を啜り、がくぽはパソコン画面をびしりと指差した。より正確に言うなら、そこで垂れ流しになっている動画を。

カイトが表現した通り、ごく一般的な家庭の、何気ない日常を撮影したものだ。

飼い主が出かけてひとり――一匹でお留守番する犬の、飼い主が帰って来るまでの様子を。

定点カメラの狭い視界の中、お留守番わんこは玄関扉を見つめてきゅうんきゅうんと鼻を鳴らし、伏せって拗ねた横目で眺め、苛立ったように起き上がるや前足で床を掻き、家の前を走る車の音に耳を立ててみたり、玄関をおろおろと、目的もなく歩き回ってみたり――

一分一秒を、漏らさず投稿しているわけではない。早回しやカットなどで、ずいぶん短縮されている。

が、それでも十分だ。

つまり飼い主が、この犬にどれだけ愛されているのかということを、推し量るには。

「俺にはわかる、こいつの気持ちが。それこそ手に取るように、痛いほどわかる飼い主が帰って来るまでどれほど不安か、寂しいか、待ち遠しくて苦しくて、っっ」

そこまで言って、がくぽは感極まった。言葉を失くし、しかし激情は募り迸り、――

堪えきれない奔流まま、がくぽはカイトの腰にぐわしと飛びついた。

そう。しがみついたのでも、抱きついたのでもない。飛びついた。

体格差というものがあり、体重差というものがあり、運動神経や諸々――

「ぁああああっ、もぉおうっっ!!」

すべての要因が示した結果の通り、カイトは堪えきれず、がくぽ諸共床に転がった。

辛うじて大きな怪我はせずに済んだが、痛いことは痛い。

そしてなによりも、重い。とても重い。重過ぎる。

「カイト……っかいとっ………おかぇ、おかえぃ、カイ………っっ!!」

がくぽはぴすぴすぴすと鼻を鳴らし、全身全力でカイトに擦りついてくる。まさに犬だ。同化した。共感するにもほどがある。

打ちつけてはいないが痛む頭にきりきりと眉をひそめ、締め上げられるカイトは天井を睨んだ。

「こんっのおばかわんこ……っどうせなら、盗み食いだのイタズラだのってほうをマネてたら、まだ……」

「カイト、かいと………っ」

「あぁあもう、まったくっどうせね、俺にはわかんないよ、お留守番わんこの気持ちなんて!」

カイトは一際大きな声を吐き出し、加減も忘れて伸し掛かる大型わんこをぎゅうっと、抱き返した。

「けど、飼い主の気持ちはわかるからね――そりゃ、動画もアップしたくなるってもんでしょこんなに愛されてるんだぜオレって、うちのわんこカワイイだろってもう、世界中に自慢したくなるじゃんっ帰って来て、しっぽぶん回しながら飛びつく大型わんこに、全力でツブされたりしたらさ!」

ぴすぴすぴすと鼻を鳴らすがくぽが、言葉を失ってなお、くり返し呼ぶカイトの名前はきっと、尻尾の代わりだ。

動画の中、同じく帰って来た飼い主に飛びついて押し潰しながら、千切れそうに振り回す、あのふさふさの毛箒と――

内臓まで出そうなほど深いため息をつくと、カイトはさらにきつく、がくぽを抱きしめた。

「ああもうほんと……がくぽ、かわいい……っ、たかが数時間でこうで、俺のことちょー好きで………もぉ、うちのわんこ、さいこーかわいすぎて、つらい……っ!」