REC LECH RECK-04-

「♪」

がくぽがはなうたをこぼすのは、ひどく珍しい。

カイトは家事をしながら、もしくは道を歩きながら、ハミングだなんだとするが、がくぽはそういったことをしない。

音痴というわけではないのだが、あまりうたをうたうことに意義を見出さないらしい。

だが現在、がくぽは上機嫌で、小さくはなうたすらこぼしていた。

「もー…………」

ベッドヘッドに背を預けて座るがくぽの体に半ば乗り上がって、こちらは疲れ果てて横たわるカイトのほうは、ゴキゲンとは言い難い顔だ。

滅茶苦茶に突き上げられて、それも一度や二度では済まず、気がついたらヴェールは外れてベッドの下に落ちていた。

手袋やストッキング、ガーターベルトに関しては最後まで身に着けていたが、とりあえず落ち着いたところで、すべて脱ぎ去った。どろどろのぐちょぐちょ、べちゃべちゃで、気持ち悪かったからだ。

なにでそうまでどろどろの以下略かといえば、もちろん――

「…………やはり、声を……」

「しょうぉんっっ!!俺がいるとこでは、ぜっっったいに、消音!!さいれんとっっ!!みゅぅうううとっっ!!」

「………」

うきうきとつぶやかれた言葉に、体は起こさないままカイトは叫ぶ。

ひどく恨みがましそうな視線が降って来たが、譲れない。

ベッドヘッドに凭れて座るがくぽが手にしているのは、ビデオカメラだ。

大昔だと、そこからフィルムを取り出して、専用のプロジェクターにセットして、――と、撮ったものを観るために、ひどく手間暇が掛かったらしい。

時代は進んで現在のビデオカメラは、その機体ですぐに、撮ったものを確認出来る。

手のひらに収まる大きさでありながら、その利便性の向上も著しい。

撮ったその場で、撮ったものをすぐさま。

しかし。

「カイト、」

「なにがなんでもいやっ!!だめっ!!羞恥で軽く、地球裏まで穴掘れるっっ!!」

「ったたっ」

強請るがくぽの腹に、カイトはかぷりと咬みついた。

がくぽが手にしているのは、大昔と比べると飛躍的に利便性が向上したビデオカメラで、そのビデオカメラには昼間の結婚式の様子と――

途中から、ネジが飛んでしまった『夜』のカイトが、はっきり鮮明明確、逃避のしようもなく、映っている。

なんとか撮影の時間を終わらせ、これ以上ヘンタイな要求をされないようにしようと、がくぽを直截に刺激したのまでは、よかった。おそらく。

しかし、がくぽの熱を足裏に感じてしまった途端、カイトの理性が先に焼き切れた。

カメラより、がくぽ。

その雄で貫かれ、揺さぶり上げられ、擦られて頂点を極めることを知っている。

いや、知っているというより、そこだけで達することが出来るほどに、教え込まれ、沁みこまされた。

元々奔放で、相手こそがくぽのみだが、若さゆえの多岐に渡る好奇心にもすべて応えてきた。いわば、快楽を仕込まれた体だ。

自分の恥ずかしい振る舞いに、興奮が募っていたこともある。

あっさりぷっつんと、理性が切れた。

がくぽのものが欲しい、だけに思考が集中して、そのためにならどうでも煽ってやろうと。

――いくらなんでも、一応、羞恥心はある。

途中まででも十分恥ずかしいが、キレたあとはもう、ないないしてしまいたい。

しかも映像は残っていないが、電源を切られることなく放り出されたカメラには、最中の音声がすべて残らず――

「これ以上なくいやらしくて、淫らで卑猥で、とっておきにかわいいのに………」

「なんかベタ褒められてるみたいに聞こえるけど、うれしくないっっ!!うれしくないからねっ?!」

「痛いいたいっ、カイトっ!!」

叫びながら、カイトはがくぽの腹をきゅうきゅうとつねり上げる。

悲鳴を上げるがくぽだが、――さんざんヤったはずのものが、微妙に力を持っている。

それもこれも、ビデオに残されたカイトのあられもない姿を見て、となると――

「も、もぉお………っ大体にして、終わった途端にえろび鑑賞って、どうなってんの、がくぽっ!!」

「えろびかもしれないが、おまえだ。冷静になったところで、確認したくなってな」

「れ、冷静になったんなら、えろからばいばいしてっ!!」

「ああ、また興奮出来た…………最高だ」

「ぅ、ぅううっっ、ぅうううう~っっ!!」

会話が成り立たなくなっているがくぽの腹に顔を埋め、カイトは横になったままじたじたと暴れる。

そのすぐ傍にあるものが、がくぽの言葉に嘘がないことを証明している――たまに、どうなっているのかわからなくなるのが、がくぽの旺盛ぶりだ。

がくぽは、カイト以外にはこうまでがっついたことはない、と言うが。

「こういうの、いいな、カイト………来年もまた、結婚式、しような」

うきうきと吐き出したがくぽは、身を屈めると、晒されたままのカイトの肩甲骨にくちびるを落とす。くちりと吸われて軽く痛みが走り、カイトはびくりと震えた。

それから、胡乱な顔をがくぽに向ける。

「は来年もって…………離婚でもするのっぅわきゃっ!!いきゃ、やぁあっ、がくぽっ!!」

「……………………………………………………………………………………………」

無言で体を反し、自分より華奢な体に容赦なく伸し掛かって潰しに入ったがくぽに、カイトは本気で悲鳴を上げた。

重みを掛けられるだけならまだ耐えるが、骨も折れよとばかりに力いっぱい、抱きしめられている。

呼吸も止まるが、体も軋む。

肩口に顔を埋めたままぎゅうぎゅうと締め上げるがくぽの背中を、カイトはべしべしと叩いた。

「も、わかってるってばっ!!離婚する気ないんでしょ?!わかってる、わかってるったら!!」

「…………」

「わかってるけどね、がくぽっ!!結婚『式』って、おんなじひとと、毎年するもんじゃないからねっ?!一生に一度もやれば、じゅーぶんなんだからっっ!!」

「…………………」

締め上げられながら、カイトは懸命に叫ぶ。

迂闊に言えない類のジョークというものが、どうしても存在する。

とはいえ。

「がくぽっ!!」

「してもいいだろうが」

「っあぁあああっ、もうっ、このおばかわんこっっ…………」

ようやくわずかばかり力を抜いたものの、相変わらず肩口に埋まったままぶすっと吐き出したがくぽに、カイトは呻く。

ときどきわけがわからなくなるのが、がくぽの旺盛さと、カイトへの執着ぶりだ。

執着してくれること自体は構わないが、言っていることが果てしなくおかしいのに自覚がないのは、困る。

「っても、来年はもう、ドレス着ないよ?!俺もタキシード着るからねっ!!」

この場合、常識に基づいた説得は無意味なので、カイトはあっさり妥協すると自分の主張を突きつけた。

これで、いや来年もドレスだとか言い出すなら、がくぽにもドレスを着せてやる。

危険な決意満々のカイトに、あっという間に浮上したがくぽは、上機嫌な顔を向けた。

にっこりゴキゲン、爽やかさんに笑って、ぷんすかしているカイトを見る。

「ああ。構わない」

「………っ」

容れてもらえないともらえないで不満だが、そう簡単に容れられてしまうと、それはそれで複雑だ。

なにかしらオトメ心のようなものと戦いつつ無言で見上げるカイトに、がくぽは爽やかさんな笑顔のまま、来年へと思いを馳せる。

「タキシードだけでなく、きちんと髪も固めて、セットして………」

「………がくぽ?」

「これ以上なく男前に仕上がったおまえを、そのままヤるのも、愉しいな!」

「っっ」

本気で愉しそうに言うから、浮かばれないのだ。

言葉にもならないまま引きつったカイトに構わず、がくぽはあくまでも爽やかさんな笑顔だ。なぜ爽やかなのかが意味不明だ。

「どこからどう見ても男前な『新郎』なのに、俺に突っこまれてあんあんやんやん言って、おまえはもう最高にかわいいな…………!」

「…………っっ」

満面の笑みを浮かべるがくぽの頭の中ではすでに未来の話ではなく、現実に起こったこととして記憶に刻まれているようだ。

素晴らしい妄想力だと――感心できる話ではない。

どうしてこう、シモの話になると、俄然生き生きするのだろう、この男。

いや、どうしてこう、カイトをどうこうする話になると、いつものキャラをかなぐり捨てて、残念な方向に走り出すのだろう…………。

固まる段階も過ぎてがっくり脱力したカイトの耳朶に、がくぽはくちびるを寄せる。

「純白のタキシード、ぐちゃぐちゃのどろどろにしてやるからな、カイト……」

「ああ、もう……………」

オトコマエな顔で蕩けるようにささやかれたが、言っている中身がアレだ。

残念過ぎて、ため息しか出ない。

なにがいちばん残念といって、その残念な男が好きで好きで胸がきゅんきゅんして、ぐちゃぐちゃのどろどろにされることに期待が募ってしまう、自分だ。

すでに本日、ぐちゃぐちゃのどろどろだ。

だというのに、来年のぐちゃぐちゃどろどろの予定を聞かされて、体の芯に再び火が灯った。

きゅんきゅんとときめいているのは胸だが、さんざんにがくぽを飲みこんで擦り上げられ、淑やかさを忘れた場所も、きゅんきゅんと疼いている。

がくぽの雄もビデオによってきゅんきゅんしているし、もう一回くらいイケるのかも。

思考に疲れ果てつつ、カイトはがくぽにきゅうっと抱きついた。

カイトのことが好きで好きで大好きな、おばかわんこ。

外国の有名大学に一発合格して、二人分の生活費も学費も自力で稼ぎだすような、呆れるしかない頭脳を持っていて。

だというのに、カイトに対しては常に真っ正直で、不器用で、全力投球、猪突猛進。

とろとろに愛して甘やかして、愛されて甘やかされて。

「来年も、俺と結婚してね、がくぽ二人のタキシードがぐちゃぐちゃのどろどろになって、記念品として取っておけなくなるくらい、いっぱいいっぱい、愛し合おうね…………?」

耳朶に吹きこむと、カイトを抱きしめるがくぽの腕には、痛いほどの力が篭もった。