「たんじょうびぷれ」

がくぽの言葉をくり返して、カイトの戸惑いはさらにどつぼに嵌まった。

シューケー、クドー語りて曰く-05-

がくぽに友人がいないとは言わないし、親しい相手も知っている。

が、休みを削ってまで働き、貯めた金を注ぎこんでプレゼントを買うような相手。

小さな仕事も多いから、大金持ちとは言わないが、ほとんど使わず貯めている、がくぽの――

そんな大金を使うプレゼントを、渡したい相手。

は、それこそ――

「えっ、えっ、だれ?!誰の?!誰の誕生日?!」

カイトはほとんど涙目だった。

焦って腰を浮かせ、あぶおぶとしながら訊いたカイトに、しつこく膝の上に頭を乗せていたがくぽは鼻を鳴らす。

「カイトの俺に対する愛情の薄さはよくわかっているから、これ以上塩を塗りこまないでくれる?」

「えちょ、誤解………なんか誤解。っていうか、だれ」

「俺」

「え?」

重ねられる衝撃に完全にパニックに陥っていたカイトは、がくぽの言葉が追いきれず、妙な空白を晒した。

追えたところで、理解が及ぶかどうかはまた別だが。

「え『俺』?」

「俺」

「って、………」

結局理解が及ばなかったカイトは言葉を続けられず、沈黙に落ちた。

確かに、がくぽの誕生日が間近だ。正確には『がくぽシリーズ』のだが。

旧年の日本人が、いつ生まれようとも元日に一斉に年を取っていたようなものだ。ロイドシリーズも大体、シリーズ生誕日を『誕生日』として祝う。個々人の起動日ではない。シリーズ生誕日だ。

家族で祝うだけでなく、各地でさまざまなイベントも開かれるし、愉しい一日だ。起動日がいつかなど、瑣末事だと納得するほどには。

そのがくぽの誕生日だ。夏の盛りという、熱に弱いロイドにとっては微妙なこの季節にある。

微妙でも、盛大さは変わらない。いや、認知度が上がるごとにイベントの数も増え、派手さも盛り上がりの熱気も増していっている。

もちろんカイトも、きちんと覚えていた。すでに数か月前からプレゼントの準備に掛かり、休みのたびごとに家族の誰かと連れ立っては出かけ、ああでもないこうでもないと悩みまくった。

甲斐があってどうにか、間に合ったが――

「『俺』って、自分って、あ」

「違う」

「ぁう」

思考をそのまま口に出すカイトが、はたと思いついた結論を言う前に、がくぽに否定された。

――つまり、がくぽ『シリーズ』の誕生日だ。がくぽの友人には同じ『がくぽ』もいるし、それこそ一堂に会するイベントも各地で開かれる。

その中のひとつに、数多いる『がくぽ』全員でプレゼント交換をするものがあるのではないかと。

数多いるひとりひとりに用意するのだから、それは大金も必要だろう。なにしろ『がくぽ』は凝り性で審美眼も厳しく、質の良し悪しにうるさい。

というカイトの思いつきを、がくぽはその敏さを存分に発揮し、雰囲気だけで正確に読んでいた。

「なんだ、その愉しいイベント。『一人も集まらない』に、全財産を賭けられる」

「ええー………」

がくぽの『愉しい』は皮肉か嫌味だが、カイトは本気で『楽しそう』だと思った。きっと多くのKAITOが同じように思い、イベントには大勢が集まるだろう。

そして交換されるプレゼントのほとんどが、ガラクタだ。命名するなら、ガラクタ祭り。

「たのしそう………っっ!!」

「わかっているから、キラキラしない!」

「ぁぅう」

放っておくと本気でイベントを企画するとわかっているがくぽに叱責され、カイトは軽く天を仰いだ。

こういうところが、水と油の由縁でもある。カイトにとって――KAITOにとって、意味不明なガラクタほど心躍るものはない。

が、『がくぽ』にとって、ガラクタはガラクタだ。イコールで、ゴミだ。

「っていうか、だったら」

「だから『俺』。自分。誰でもない俺自身。自分から自分。なにかおかしい?」

「おかしいっていうか………」

おかしい。

初めに戻った問答に、がくぽはカイトの思考の飛躍を防ぐためか、答えを重ねて強調した。

されたが、おかしい。

自分の誕生日に、自分へのプレゼント。

確かに、自分へのご褒美という発想はある。カイトも『今日はがんばったから、自分ご褒美で買ったの!』などと言い訳し、ちょっとお高いアイスを愉しんだりしている。

が、誕生日だ。

祝ってくれる家族もいて、友人もいて、プレゼントを渡したくてうずうずしているカイトもいる。

がくぽをとことん甘やかすことに邁進する、カイトだ。たとえばがくぽが休みを削って働かないといけないほどの高価なものを強請られても、応えた。

が、欲しいものを訊いても、いつもの素っ気なさで『別に』と言われた記憶しかない。低スペックだから記憶が曖昧などということはない。

はっきりしなかったからこそ、カイトは数か月もの間、あれこれそれどれと迷走し、懊悩したのだ。

「だって、自分でしょ自分の誕生日なのに………どうして言ってくれなかったの?!俺、言ってくれたら、絶対用意したのにそんなに俺には、難しいもの?!」

「………今年だけだよ」

思い出したパニックに還り、涙目で詰るカイトに、がくぽはぼそりとつぶやいた。居心地の悪くなった膝から起き上がると、ばりばりと頭を掻く。

「俺にとって、初めての誕生日だし。………一回目くらい、自分で祝ってもいいだろ」

「けど」

「人間だってそうだよ、カイト一歳の誕生日だけは、他の誕生日とは区別した特別なイベントをやるって、昔から決まってる」

「そうなの?」

きょとんとして訊いたカイトに、がくぽはくちびるを歪めた。

「そうなの」

カイトの口調を真似して言って、立ち上がる。視線で追われているのをわかっていて、殊更に悠然と、備えつけの収納へ歩いて行った。

「でも、そんなに頑張って欲しいものがあるなら………俺が手伝ったら、だめだったの?」

――休みも削って働いていた、がくぽだ。特別な記念品を買いたかったとしても、なにか力になりたかったと、カイトにはどうしても納得がいかない。

いや、がくぽの『特別な記念』に自分が関われなかったことが、関わらせて貰えなかったことが、ひどく悔しい。

しつこく食い下がるカイトに、収納の中を検分していたがくぽはちらりと視線を投げた。くちびるが歪み、笑みを象る。

「手伝うメインがなにを言っているの」

「がくぽ?」

がくぽの声は小さく、カイトには明瞭な言葉として聞こえなかった。ただ、背中を見ていても機嫌が上向いたことがわかる。

どうしてこの状況で機嫌が良くなるのか、カイトにはさっぱりだ。しかもなにか、妙に苛立つ。どうして苛立つのかはわからないが、非常に苛立つ。叫び出したいくらいだ。

「がくぽ!」

「ちょっと、早いけどね。いいよね、別に?」

「がくぽ?」

焦れたカイトが叫んだところで、がくぽは戻って来た。手には綺麗にラッピングされた――小箱と思しきものを持っている。

苛立ちながらも大人しく見つめるカイトの前に座ったがくぽは、するするとラッピングを剥いでいった。きれいで淀みのない動きだ。カイトだとばりばり包装を破くが、そういったことはない。

ちなみにカイトが包装を破くのは、不器用だからではない。そのほうが楽しいからだ。

そういうカイトにとってはちょっぴり物足らない、上品な手つきで包装を解いたがくぽは、中から現れた小箱を軽く掲げてみせた。

一見でわかる。中に入っているのは宝石だ。それも非常に高価な。

そういう箱の外装で、造りだった。

「………っ」

こっくんと唾液を飲みこみ、思わず見入ったカイトの視線を十分に感じてから、がくぽは小箱を開いた。

思った通り、中に入っていたのは――

「ゆび、わ?」

カイトがつぶやいた通り、入っていたのは指輪だ。シルバーの、ごくシンプルなもの。

それもひとつではなく、多少大きさの違うものが二つ。

「正解。カイトでもわかるんだー」

非常に失礼なことを言いながら、がくぽは小箱に収まる二対の指輪のうち、ひとつを取り出した。

まずは自分の指に嵌める。見惚れてもいい、非常に優雅な動きだった。

が。

「あ……っ」

カイトは思わず、小さな声を上げた。

がくぽが嵌めたのは、左手の薬指だった。

いくらなんでも、まさか知らないことはないだろう。たとえどんなにお気に入りのアクセサリで、特別な記念のリングであっても、左手の薬指には嵌めてはいけない。

他の指にも諸々言い伝えあれ、しかし左手の薬指だけはだめだ。明確に。

だというのに、がくぽは躊躇いもなく嵌めて、しかもサイズはぴったりだった。

「がくぽ……」

「カイト。手」

「え?」

どう言おうかとカイトが逡巡する間に、がくぽは短く命じてきた。

困惑で思考がお留守になっていたカイトは深く考えもせず、右手を、手のひらを上に向けた『ちょうだい☆』の形で出す。

がくぽが、にっこりと笑った。

「違う!」

「った!」

差し出した手をべしりと払い飛ばされ、カイトはびくりと体を揺らす。そうそう力を入れられたわけではないが、お留守になっていた思考が戻って来る程度には、驚いた。

「手。お手。おかわり?」

「ええと、え?」

戻ってきても、理解不能は理解不能だ。

カイトはおろおろしながら、払いのけられた右手とは逆の、左手を出した。ついでに『お手』の『おかわり』のと言われたので、手の甲を上にした状態で出す。

がくぽは、にっこりと笑った。

「良く出来ました」

「えって、……………え?」

陶然と見惚れるほどの美麗な笑みで言って、がくぽは受け取ったカイトの左手、薬指に、残りひとつの指輪を嵌めた。

ぴったりだった。

「がく……」

「なんでも呉れるって、言ってたね。数か月前から、何度も何度も。呉れるよね俺の嫁になるよね、カイト」

「よ、………………?!」

絶句するカイトの腰を、がくぽはにっこり笑ったまま掴んだ。呆然として力を失っている体を、あっさりと畳に転がす。

「結婚指輪って、給料の三か月分が妥当なんだろうとはいえ具体性に欠けていたから、一応正確な金額は調べたけど」

にこにこにこにこ笑いながら、がくぽは転がしたカイトに伸し掛かる。

「調べたら、結構な金額だった。俺の働きだと三か月どころじゃないし、でも日付は迫っているしで、おちおち休めもしない。おかげここしばらく、働き詰めになったけど………」

「あ、の、がくぽ、………っ」

どうにかこうにか言葉を押し出したものの、カイトはそれ以上続けられない。これまで見たこともないほどの上機嫌で伸し掛かるがくぽの動きを、目で追うことだけで精いっぱいだ。

見られていることをわかっていて、がくぽは甚平の紐を解き、上半身を晒した。

焼けることがなく、なめらかに白い肌だ。艶っぽさが異常だと、評判の。

びくんと固まったカイトが、目も逸らさないままに全身の肌を赤く染めていくさまを十分に眺め、がくぽはちろりとくちびるを舐めた。

夏になって、同じく薄物に変わったカイトの服に手を掛ける。

「呉れるよね、カイトちょっと早いけど、いいだろう俺の誕生日プレゼントに、嫁カイト」