ばたばたと廊下を走ってくる音がして、勢いよくリビングの扉が開かれる。

「やっぱり、がくぽせんせっ!!どーしたの、今日、早いっ!!」

Antaeus

「ああ、おかえり、カイト」

ソファに座っていたがくぽは、出来る限り平静な笑みを意識しつつ、扉口に立つカイトを見た。

確かに今日は授業のある日だが、約束の時間よりは多少早い。

部活中だというカイトは帰っておらず、いくら馴れ親しんだとはいえ、生徒の部屋に勝手に入って待っていることも、躊躇われる。

カイトの母親は構わないと言っていたが遠慮して、がくぽはリビングで帰りを待たせてもらっていた。

「ちょっと用事があって、この近くに来たんだけれどね。意外に早く済んでしまって、どこかで時間を潰すにしても中途半端だし。――悪いけれど、早めに来させてもらったんだ」

「悪いことなんかないよっうーわっ、知ってたら絶対、走って帰って来たのにっ!!」

「ははっ」

地団駄を踏んで悔しがってくれるカイトに、がくぽの肩から力が抜けていく。

日中も学校で勉強に明け暮れたというのに、今日は家に帰ってまで、がくぽという個人教師によって勉強漬けにされる日だ。

相手への好意とは別の次元で、多少の遠慮や覚悟がいる。

愉しくもない予定のために早めに来たことを咎めることなく、こうやって歓迎してくれると、心底ほっとする。

――本当は用事など適当で、カイトに会いたくて気が逸っていただけの身としては、特に。

笑いながら立ち上がったがくぽに、カイトはぱっと表情を輝かせ――

「カイト?」

「あ、あー…………ぅ」

いつものように無邪気極まりなく抱きついて来ようとした体は不自然に止まって、かえってがくぽから逃げるような素振りすら見せた。

切れ長の瞳を驚きに見張ったがくぽに、カイトは困ったように笑いつつ、制服の袖で首元を擦る。

「あ、あのねっ、俺、今日、部活でいっぱい汗掻いて………でもまだ、シャワー浴びてないからっ、そのっ」

「…………カイト」

要するに、汗臭いから近寄るなということだろう。

実年齢を疑うほどに無邪気に振る舞う生徒だが、たまには年相応の羞恥心を見せることもある。

とはいえ――

「ぇ、ぇへへっが、がくぽせんせは、いっつもいーにおいするよねっオトナのオトコって感じで、ぁ、ちょ………っ」

あたふたと言い募りつつ逃げていく体に、がくぽは大股で近寄った。

怯える瞳に構わず強引に抱きすくめると、首元に顔を埋める。

「せ、せんせ…………っ」

「君のにおいだ。君が一日、がんばった証拠――カイト。私にとって、これ以上心地よい香りなんか、ない」

「…………ぁ………」

力いっぱい抱かれて耳朶に吹き込まれ、強張っていたカイトの体が緩やかに解けていく。

埋めた首元に顔を擦りつかせると、カイトはくすぐったそうに笑いながら、いつものようにぎゅうっとがくぽに抱きついた。