ひとりひらりふたり

椅子に座って、大きな体を懸命に小さくしているがくぽに、カイトはため息をついた。

ぱらぱらと見た問題集を机に置き、項垂れるがくぽに軽く首を傾げる。

「つまり、結論すると――問題集も参考書も、ぜんっぶ、終わっちゃったんだひとりで、片付けちゃったんだ」

「ぅううっっ!!」

「これだけの量を、ねえ………………」

呆れたようにつぶやくカイトは、がくぽの机の上へと視線をやる。

そこに積まれた問題集と参考書は、がくぽがカイトという家庭教師に頼ることなく、すべて一人で、最後まで解ききったものだ。

その数、実に十を超える――

さらっと見たところ、大きな間違いもなかった。理解できないで進んだというふうでもなし、つまるところ。

「俺、やることないねえ……………」

「せ、せんせぇっ、カイトせんせぇえっっ!!」

「ん、あーあ…………うん。よしよし、いーこいーこ…………」

ぼやいたカイトに、珍しくも涙目のがくぽがひっしと縋りついてきた。

カイトのほうが年上だが、体格はがくぽのほうがいい。

体を揺らがせつつもなんとか、縋る生徒を受け止めてやり、カイトは改めて、机に積んだ問題集の束を見た。

「これだけやるの、一日じゃ済まないでしょもしかして休みも遊びもせずに、ずーーーーーっっっと、勉強してたの?」

「ぅ、………………はぃ」

宥めるように髪を梳きながら訊かれて、がくぽはカイトの胸に顔を埋めて頷く。

「次に会ったとき、どうしたら先生が喜んでくれるかなとか、褒めてくれるかなとか、いろいろ考えてたら……」

「で、勉強?」

「はい……………」

カイトはがくぽの家庭教師だ。

生徒から積極的に勉強に励み、自主的に学ぼうとする姿勢は、なにより喜ばしい。

そういう一面は、否定しないが――

「まっじめー………………」

胸に抱いてよしよししているがくぽには聞こえないようにつぶやき、カイトは嘆息した。

悪いことではないが、がくぽの年だ。

遊びたい盛りと言うと語弊はあるが、いわばそんなお年頃のはずなのに――脇目も振らずに、勉強。

それも、家庭教師を喜ばせようと。

――もちろんそこまでするのは、カイトがただの家庭教師ではなく、さらに密接な関係があればこそだ。

だがそれならかえって、もっとほかに『やること』があるはずのご年齢だというのに。

「ま、しょーがないね。済んだことは済んだこと。ってわけで、今日のおべんきょは、なし!」

「せ、せんせぇえっっ!!」

あっさりと頭を切り替えてさばさばと宣言したカイトに、がくぽは思いきり涙声になった。

カイトの胸にぎゅううっと縋りつき、まるで捨てられる子犬のような目で見上げてくる。

勉強しないということは、来て早々に帰ってしまうのかと。

会いたくてあいたくて、ようやく待ち望んだ逢瀬の日だというのに――

「なんて顔してんのっ」

カイトは悲愴感溢れる表情のがくぽの頬をつまんで笑い、きゅっと引っ張って、軽くウインクを飛ばす。

「もぉ今週は、じゅーぶんにべんきょしたんだから、今日はせんせとめいっぱい遊ぼっまじめっこのがくぽくんに、せんせがヒトリアソビを教えて上げるっ♪」