自由なひとだ。がくぽの家庭教師である、カイトというひとは。

月雲の雁

「まったく…………」

自分の部屋に入ったがくぽは、小さくため息をついた。

訪れた家庭教師が不在の生徒の部屋に入って待っていたのは、百歩譲って、母親が通したことだし、仕方ない。

だが、入った部屋でさらに、その生徒のベッドに横たわって寝てしまう家庭教師というのは、どうなのだ。

そういうことをされても嫌だと思う相手ではないが、それにしても自由だ。

「……………他の生徒のところでも、こんなことをしてるんじゃないでしょうね」

ぶつくさとつぶやきつつ、がくぽはベッドサイドに立って、カイトを見下ろした。

布団は掛けていないが、すやすやと、健やかにおねんねしている。あまりに無邪気で、無防備だ。

「こんなにかわいらしいんだから………」

どうか、自分の前だからこそ、こういう振る舞いをするのだと、思いたい。

自分に対してだけ、こういう姿を見せるのだと。

がくぽは確かにカイトの生徒だが、それだけではない――それだけではないのが、自分だけだと。

「…………罪なひとだ」

つぶやいて、がくぽは身を屈めた。うっすらと開いたくちびるに、そっとくちびるを触れ合わせる。

軽く触れて、わずかに舌を伸ばしてくちびるを舐め、離れた。

やれやれとため息をついて、ベッドに背を向ける。

がくぽは学校から帰ったばかりで、未だ制服姿だ。カイトを起こして勉強するにしても、部屋着に着替えてからにしたい。

「…………ん…………………ぁくぽ……………?」

「ああ、先生。お目覚めですか」

衣擦れとひとが動く音に、カイトがほんのりと目を覚ました。

がくぽは制服を脱ぐ手は止めないまま、わずかに振り返る。言葉にも笑みにも皮肉が含まれるのは、この場合、致し方ない。

瞼を擦りつつ半身を起こしたカイトはあくびをこぼし、寝惚け眼で首を傾げた。

「なんで脱いでんの、がくぽ?」

「脱いでる………違います。着替えようとして」

「ね、……………がくぽ。なんで…………?」

「……………」

寝惚けたまま、とろんと蕩けた顔で笑って手招かれ、がくぽは軽く天を仰いだ。

自由なひとだ。がくぽの家庭教師であり、恋人である、カイトというひとは。

その自由さに憧れて、その自由さを愛した。

小さくため息をつくと、がくぽは部屋着を着ることもなく、手招くカイトの傍に行った。