嫌だなあと、思う。

興奮に、じっとりと汗ばむ手。

不快だなと。

――きっと相手が、不快に感じるだろうなと。

+(HOH)+

「がくぽ?」

「あ、いえっ。はいっ」

ごく不思議そうに覗き込んできた相手は、がくぽより年上だ。

年上だから経験豊富で余裕があるとは限らないが、おそらく生来の気質から、激しく興奮したり緊張することが少ない。

いつもさらりと笑って、明るく簡単に、何事も流してしまう。

オトナだという評価とも違うが、がくぽよりずっと余裕があって、軽やかなひと。

手汗など、掻くことはないのだろうなと――

「今の説明、わかったわかったら、この問題解いてみて」

「はい」

余計なことを考えている場合ではない。

現在のカイトは『年上の恋人』ではなく、家庭教師だ。そしてがくぽも、『年下の恋人』ではなく、生徒。

持っていたペンを握り直し、がくぽは指示された問題を睨みつけた。

しかし問題文を読み始めるより先に、カイトがふっと身を戻す。

「待った、がくぽ。ごめん、俺、肝心なこと言ってなかったわ。ちょっと、ペン貸して」

「えはい。…………あっ」

「ん?」

自分が持っていたペンを反射で渡そうとして、がくぽは固まった。

一瞬の逡巡後、きょとんとするカイトに、ペン立てから取ったまっさらなペンを渡す。

「……………がくぽなに、他人とペンの使い回しできないとか、そういうこと言う?」

「ち、違いますっ。カイト先生がいやだとか、そういうことじゃなくてっ」

責めるほどではないが、十分に訝しげな相手に、がくぽは慌てて自分の手を握り締めた。

「そうじゃ、なくて………………き、緊張して、俺今、手汗が……………すごくて」

「ほえん」

べっちゃりと、とまでは言わないが、握られて生温くなったペンはさらに、しっとりと湿り気を帯びている。

自分であれば諦めて手に取るが、他人からのそういうものは、普通、不快だ。

いくら恋人であっても不快なものは不快だし、そんな些細なことから他のことにまで波及して、嫌われたらと考えると――

俯いてぼそぼそと言ったがくぽをきょとんとして見ていたカイトだが、ややしてそのくちびるが笑みを刻んだ。

「がぁくぽ」

「はい…………っせ、せんせっ?!」

カイトは握り締められたがくぽの手を取ると、軽く指を入れて割り開く。

慌てる相手に構わず、しっとりとした手のひらにくちびるを這わせ、中心部にちゅっと音を立てて口づけた。

顔を離すと、ちろりと舌を覗かせてくちびるを舐め、動揺著しいがくぽに頷く。

「確かに、塩味」

「ぅ、ぁ、だ、だからっ、俺っ」

口づけられた手を握ったり開いたりとくり返すがくぽに構わず、カイトはペンを拾うと、問題集をとん、と叩いた。

「さてとー。ナトリウム補給も済んだとこで、続きね、続き。ところでこれとはまったく関係ないけど、ついでだから、答えてみそ熱中症予防には水分だけ摂ってても、だめなんだよねー。ナトリウムと、あとなんの成分をいっしょに摂ればいいんだっけ、がくぽ?」