問題が山積しているのが、今のがくぽだった。

なにかしらひとつ片付くと、新たな問題がまた生まれる。

ひとつ片付くにつきひとつ生まれるならまだいいが、ひとつ片付いただけなのに、ふたつ三つと増えていっているような気がする。

しょちぴるり

第1部-第12話

暗闇の中、寝台に潜りこんでカイトを抱きしめ、がくぽは眉をひそめていた。

同衾が定着した、がくぽとカイトだ。

それも単に、同じ寝台で並んで寝るだけではない。がくぽがカイトを抱きしめていることまで含めて、定着した。

がくぽだとて、そこまで含めて定着させたかったわけではない。

しかし気がついたら、布団の中に入ったカイトを抱きしめることが当たり前になっていて、今さら止めましょうとも言いだせなくなっていた。

「………ふにゅー………」

「…………」

安心しきった寝息をこぼすカイトを抱きくるんだまま、がくぽは険しい表情で考えこむ。

そもそもなにが発端だっただろう。

触れ合うことが好きなカイトを、突き放せなかった。触れられて体を固めたがくぽに、どこか遠慮がちになったことが哀れで、申し訳なかった。

抱きしめたら、うれしそうに擦りついて来て、本当に幸福そうで――

そこでもう、突き放すという選択肢が消えた。

消えたが。

「………っ」

がくぽはきりりと奥歯を鳴らす。

それでもまだ、体が回復していない間は良かった。全精力を傷の治癒に使っていたから、余所事に気を取られることも少なく――

そして今日の昼間までも、まだましな状態だった。

栄養不良を起こしていたがくぽは、いくら傷が癒えても快癒したと言いきるには程遠い状態だった。起きて動いていることが、精いっぱいだったのだ。

しかし水浴びの後、崩れたがくぽにカイトが口づけて――おそらくは、『神気』を分けられた。がくぽが初め、カイトに死にかけのところを発見され、救われたときのように。

それまで栄養不良でふらふらだった体は、すっかり健康を取り戻してしまった。

がくぽは枯れるには程遠い年で、ついでに言うとイクサに明け暮れた剣士らしく、どちらかといえば『旺盛』な性質だった。

普段は冷え切っているカイトの体だが、寝るときだけはほんのりとあたたかい。しかし布団に潜ったことで、あたたまるわけではない。

抱きしめるがくぽの体を冷やさないようにと、なんらかの力を使ってくれているらしい。

らしいが、使わなくていいですと言うべきだったと、がくぽは激しく後悔していた。

カイトの体温は、熱すぎず冷たすぎず、まさにほんのりとあたたかい。心地よい温度で、そう、心地よいのだ。

回復した体が、冷める隙がない。

「ん………んんぅ………」

「………」

甘く啼いて、カイトはますますがくぽに擦りつく。己と戦うがくぽの目は死んだ魚のようで、ほとんど虚ろだった。

「だからさぁ。さっさと抱いちまえって。我慢は体に毒だっての」

「………ぅるさい」

枕辺で明るく言う少年の声に、がくぽは低く唸る。

小さなその声は届かなかったのか、それとも無視されたのか――どちらであっても大差ないが――、声が止まることはなかった。

「そうよぉ。若いんだからさぁ。がばっと行きなさいよぉ、がばあっと!」

「………っ」

少女の声に変わって無責任極まりなく言い立てられ、がくぽはカイトを抱きつつ握りしめていた剣に、きりりと爪を立てた。

声が反って重なり、神経を撫でる。

「「望むがまま、おまえの楔を打ち込め」」

「ゃかましぃっっ!!」

眠るカイトを起こさないように潜めつつも怒声を上げ、がくぽは鞘に入れたままの剣を払う。

抱きつくカイトに配慮した動きだ。剣は簡単に避けられて、空を切った。

半身を起こして睨むがくぽに、窓辺に立った小柄な影――一ツ体に双ツ心、双ツ性と双ツ頭を持つ異端の子供神は、堪えた様子もなく笑う。

くるりと反って少年単体となると、レンは自分の体を抱いて、わざとらしく震え上がった。

「おお、こわ欲求不満が溜まってると、すぐ暴力に訴えて、良くないわなぁ!」

「そうそう、些細なことですぐにキレてさあ。忍耐と忍従と忍辱を掲げる東方の剣士ともあろうものが、なっさけなぁい!」

目が回るような速さで表情が反ってリンとなり、共に嘲笑う。

「黙れ、この悪餓鬼どもがっ!!」

からかう気満々の子供神に、がくぽはまったく堪えも出来ずに怒鳴り返した。

連日だ。

あの日、カイトと寝ろとメイコに脅され、探しに出た野辺。

眠るカイトに『イタズラしようとしてた』と、しれっとして答えた子供らは、あの日の別れ際の不吉な宣言――『ここにいる限り、機会は何度でもある』をきっちり実行に移して、連日枕辺に立つ。

連日。

侵入を阻もうにも、窓を塞ぐ木戸は腐り落ちて、ない。しかもカイトに対し、そこまで厳重に警戒する理由を、どう説明すればいいかがわからない。

異端の生まれゆえに、神によって『存在を禁じられた』と語る、この神のことを話題にしていいのかどうかがそもそもわからなかったし、彼らがカイトになにかしらのことをしようとしていたということすら、知らせていいのかどうか。

迷っていたが、そんな隙も赦さないように、彼らは連日枕辺に立つ。

カイトが寝入ったあと、悶々とするがくぽの元へ。

そして、唆し続けるのだ。

カイトを抱けと。

違和感はある。

どうしてそうまでしてしつこく、がくぽにカイトを抱かせたいのか。

自分たちの『存在を禁じた』神に恨みがあるとしても、それがどうしてカイトを抱けと迫ることに繋がるのか――

思惑がさっぱり読めないから問い質しもしたが、今のところ、はぐらかされっぱなしだ。

そして夜の夜中にしか来ない子供らの相手を連日していることで、がくぽはここ最近、栄養不良とともに睡眠不足も囲っていた。

今日に関して言えば、カイトがくれた神気によって、体が元気だ。そこまであからさまに復活しなくていいと、自分の体ながら説教してやりたいほどに、元気だ。

寝ようと思えば眠れるだろうが、腕の中にカイトがいる。

安心しきって、無防備に寝解けるカイトが。

「とっとと去れ、悪餓鬼が。いい加減、本気で刀の錆にしようか」

低い声で唸ったがくぽに、レンが両手を掲げた。

「ぉお、なにやら本気で検討してる予感」

「大人気ないわねえ。せっかく顔も体もいいのに、性格がなあ」

続いて淀みもなくリンとなり、肩を竦める。しかしすぐさま戻ったレンは、どこか焦ったように身を乗り出した。

「え、なにそれリン。なに褒めてんの」

「なにそれって、ほんとのことでしょ。顔と体はいいじゃない、この人間」

「え、や、うそ。リンが俺以外の男、褒めた………?!」

なにかしらの芸能の、職人芸を見ているようでもある。くるくると目まぐるしく表情が変わり、声が変わり、しぐさが変わる。

この幼さで演じ分けをしているとしたら大したものだが、そもそも神だ。見た目通りの年とも限らないが、とはいえ。

「やぁだ。なぁに、レンったら。妬いてんのシットなの?」

「だって俺、俺はリンしかいないのに」

「んもぉ、仕方ないわねえ。リンだって、レンしかいないわよぉ!」

一ツ体でくねりとして、言い合う。

不毛の極みだ。

この間の、お互いへの罵り合いのときも思ったが、結局のところ、自己愛の激化したものと変わらない。

がくぽは枕辺の水差しを掴むと、躊躇うことなく投げた。

「おおっと」

くねりくねりとしていたが、水差しはきっちりと避けられてしまった。

窓の外に飛び出した水差しが割れる、小さな音が響く。

「ん………んんぅ?」

「………」

呻いたカイトに、がくぽは慌てて顔を戻した。離しかけていた体を再び抱きこみ、あやすように背を撫でてやる。

「………ん」

「………」

寝息が元の落ち着きを取り戻し、ほっと安堵したがくぽは、散るカイトの前髪を軽く梳き上げた。

暗闇の中、それでも闇に馴れた目が映し出す、カイトの安らかな表情――

「…………せめてさぁ、口づけくらい……。いい年したオトナなんだしさあ………!」

「とりあえず、一回やってみない一回でいいのよ口づけだけでもお試しってことで!」

「……………………………」

見惚れかけたところで耳元に声を吹きこまれ、がくぽは半眼になった。寝台に転がしている剣を掴む。

ほいほいと遠慮なく枕辺に戻ってきた子供神は、警戒心も皆無なままに屈みこんだ。

そのしぐさが、表情が反って合わさり、少年と少女がともに吐き出す、誘惑の言葉。

「「望みのままに振る舞え、欲の求めるままに」」

「去れ。さもなくば、刀の露と消えさせてくれる」

鞘から抜き出さないままに、がくぽは剣を振るう。

飛び退って避けた子供神は高らかに笑い、――空が白むまで、滞在していった。