「春ですね」

「春なんですね」

「「発情の季節じゃないかと!!」」

「やっかましいわっっ!!」

しょちぴるり

第2部-第13話

ここ最近、姿を見ずにせいせいしていた相手だったが、春の空気は容赦なく、さまざまなものを呼びこむらしい。

幼馴染みでもある刺客の、気安過ぎる訪問も悩みの種だというのに、冬の間姿を見なかった双ツ神の出現に、がくぽはねこのように毛を逆立てた。

しかも今日は珍しく、真昼の野辺だ。

夜にしか見たことがなかったので詳しくわからなかったが、双ツ神は陽の光のように輝く髪に、ねこを思わせる碧瞳の持ち主だった。

容貌は大して変わらないが、覚えていたよりも幼いかもしれないと思う。

思うが、それはそれで、これはこれだ。

「なにをしに来たかっ!!」

「だからぁ」

剣を抜いて振るうがくぽに、少年神――レンがひらりと身軽に避けながら笑う。

「春ですねって」

「イキモノなんだから、発情の季節でしょ☆」

一瞬で器用に中身を入れ替え、少女神――リンとなって、体が宙を舞う。

がくぽは剣を振りながら、用心深く背後を窺った。

鍛錬の時間を取りたいと願い出たがくぽに、カイトはじゃあ見てるねと言い、野辺を囲む森の木の中でも、枝ぶりの立派な巨木の根元に座った。

そのカイトに、異変は見られない――唐突に現れた子供に、剣を向けるがくぽに瞳を見張るでもない。

春の空気に蕩けたような穏やかな顔で、がくぽを見つめている。

存在を禁じられたと、子供らは語っていた。

神が総意を持って異端である双ツ神の存在を禁じ、時系から弾き出したのだと。

その決定を下し、弾き出した神ゆえに、彼らは同族であるリンとレンが現れても、その存在を感じることが出来ない。

言葉は聞こえず、届かず、姿を見ることも、触れることも――

今まで半信半疑だったそれが、急に実感を伴って身に沁みた。

存在を禁じられたというわりに、彼らはこうしてがくぽの前に現れるが、仲間と触れ合うことは出来ない。

根底から存在をなかったことにされて、時の狭間を孤独に彷徨う。

「………残酷な」

「やった、同情票買えた!!」

「やっぱなんでも、やってみるもんね!!」

「…………」

がくぽは己の口を呪った。

少しでも同情した自分が愚かしい。いや、同情するのはいいが、口にするべきではなかった。

がくぽは剣の鍛錬を続けるふりで、馴れ馴れしく近づいて来ようとする双ツ神へと剣を放つ。

「えー。そう毛嫌いすんなって俺ら、かわいそーな子供だってわかったろー?」

ひらりと身軽に避け、少年――レンがわざとらしく憐れみたっぷりな声を作る。

しなりと体をくねらせられて、がくぽは無言で剣を払った。

「あれ、色仕掛けはだめか」

「っっ」

あっさりと言われて、がくぽはぴきりと青筋を立てた。

そのレンの顔が反って、少女――リンの顔となる。呆れたように、どこか得意そうに、ちっちと舌を鳴らしながら指を振った。

「だめねえ、レンこの人間には、べた惚れの相手がいるのよ他の相手からの色仕掛けなんて、かえって苛つくわよ!」

「え、そういうもんなのか?!モテたらモテるだけうれしいのが、人間の男じゃねえの?!」

がくぽは剣を振り続け、双ツ神は器用にひらりひらと避けつつ、中身を入れ替える。

「そういう人間もいるけどぉ~、東の人間は、違うのよねぇ~。相手に対して、一途なのっ。だから誘惑されるとかえって、むかっ腹が立つらしいのよね。自分の相手に対する愛情に、隙があるように見えるんだって、思って。自分の一途さが足らないんだって、いうふうに」

リンが披露する東方の恋愛観に、反ったレンは呆れたような、感心したような眼差しになった。

くちびるを引き結んで剣を振るうがくぽを、まじまじと見つめる――あくまでも、剣を避けながら。

「へえ、意外………。俺、人間って、気が多いだけかと思ってた……。ほら、春に限らず一年中、発情期だって言うしさ」

「そこは、東の人間もいっしょよ。でも、愛するひとに対する態度は、地方地方でやっぱり違うの」

「へえ~へえ~へえ~」

相方が披露していく人間事情に、少年はひたすら感心して頷く。

どうやら一ツ体ではあっても、双ツ頭を標榜するだけあって、情報の共有が完璧に為されるわけではないらしい。

これだけ頻繁に中身を入れ替えているし、話している内容からも、相手が『外』に出ているときに、まったく暗闇にいるというわけでもないようなのだが。

――興味関心による、記憶の違い、か。

同じものを見て、同じものを聞いても、人が違えば、それぞれ着目するところが違う。

がくぽはそう結論づけ、一度、剣を下ろした。どのみち、斬るつもりで剣を振るっていない。

下手に斬ればカイトが異変に気がつくかもしれず、しかも時系から弾かれた相手を斬ると、<世界>にどう影響するのかもわからない。

だから迂闊には斬れないが、苛立つことは確かなので、気を赦していないという証に、戯れに剣を振るうだけだ。

離れたところに立った双ツ神は、恋愛観に関する情報共有に夢中だった。

「レンが思うみたいな、相手構わずっていう恋愛は、南のほうの特性ね。恋人が複数いるのが、女でも男でも、当たり前」

「へえ~へえ~へえ~」

「対して、女は男に貞淑を誓わなきゃいけないけど、男は放埓に女を愉しむっていうのは、西の特性」

「へえ~へえ~へえ~!」

「北のほうになると………」

「それで貴様らは、なにをしに来た?」

終わりのなさそうな会話に、がくぽは口を差し挟んだ。

言っていることに、嘘はない。

全員が全員そうではないが、社会的にそういった風潮であるというところは、きちんと突いている。

まるきり聞きかじりの、うろ覚えの知識というふうでもなく、なにかしら、現地に赴いて観察した空気が読み取れる――外に出た神がこれまで、無事に逃げおおせていたという話は聞かないが、彼らだ。

神の総意で持って時系から弾かれたということがどういうことかはわからないが、人間の手を掻い潜る術も心得ているのかもしれない。

見た目の幼さに油断すると、痛い目を見る。

彼らは下手をすると、森の中に囲われて生きてきた神や、人間に囲われて生きてきた神よりもよほど狡知に長け、経験豊富かもしれないのだ。

背後をちらりと窺って、カイトの様子に異変がないのを確認し、がくぽは改めて双ツ神を見据えた。

一度口を噤んだ双ツ神は、くるりくるりと中身を替え、半面を少女、半面を少年の、両有状態となった。

「「だから、春だから発情期ですよねって」」

「っっ」

一ツ口から、双ツ声がこぼれる。

どちらも単体で聞けば愛らしい少年と少女の声なのに、一ツ口から同時に発せられた瞬間に、神経を掻き毟る不快の声となる。

久しぶりに頭を打ち砕かれるような心地を味わって、がくぽはよろめいた。

背後を窺ったが、カイトに異変は見られない――不思議そうに、よろめくがくぽを見ている。

これ以上よろめいて、ましてや膝をつくようなことがあれば、不調かと案じて傍に来てしまうかもしれない。

カイトは心配性だ。

がくぽは己を命汚いと評するのだが、カイトから見ると、脆弱極まりない人間に過ぎない。ちょっとのことで、すぐに死んでしまうと思っている。だからひどく注意深く、がくぽに対する。

がくぽにとってはなんでもない、ちょっとした不調も、カイトにとっては命に関わる大事に見えるらしい。

「そろそろ体も、限界じゃないかなーってさ」

反って少年単体となり、にまにまと下品な笑みに顔を崩すレンが近寄ってくる。

掻きむしられた神経に立っていることが精いっぱいのがくぽを間近で覗きこみ、内緒話とばかりに声を潜めた。

「オトコだろぉ。しかもオトナだろぉ最近、ヌイてますかぁ?」

「っシっ」

「おおおっ」

剣を振るったがくぽから、レンは素早く飛び退る。

斬るつもりはなくても、避けられると腹が立った。

微妙な表情を晒すがくぽに、離れたところに立ったレンが笑う。

「ほら見ろ、欲求不満で、すぐ手が出るどうせ手を出すんならさあ、後ろうしろー」

「餓鬼がっ」

低くつぶやいて、がくぽは剣を払う。

笑いながら避けて、ついでとばかりにレンはとんぼを切った。

「いっしょの寝台に寝てさあ、毎晩まいばん、悶々もんもん股間の熱も、冷める隙がないだろぉ?!大体にして、ちょっとは出してやらないと、体に悪いぜ。それこそ、病気になる!」

「放っておけっ!!」

「放っておけるかよ」

叫んだがくぽに、意外なほど真剣に、レンは言った。

「あんたになにかあったら、悲しむ相手がいることを忘れてないか。悲しむあまりに、世界を滅ぼそうと願う相手が」