がくぽにはここ最近、ずっと気にかかっていることがあった。

カイトが暴走しかけた日――直前まで、がくぽは双ツ神と『遊んで』いたのだ。

しょちぴるり

第3部-第6話

目の前にしていてもカイトがその姿を認めることはなく、声を聞くこともなく、完全にがくぽ一人だと思っていただろう。

けれど実際には、幼い少年であり少女である、一ツ体に双ツ頭の異端の神、神の総意によって存在を禁じられ、時系の外に弾き出されたという、彼らと相対していた。

世界から弾かれた彼らには、本当には触れられない。殴ることももちろんだが、抱きしめることも、撫でてやることも、なにひとつとして。

人間に姿を見せ、言葉を交わすことは可能なようだが、触れられないことだけは変わらないらしい。

存分に同情しろでも本気の同情引く!!と明るく笑っていた彼らだが、そこに本音も垣間見える。

斬られることもないのに、大げさに怖がって見せ、悲鳴を上げて逃げ惑うのは、そうしている間は自分たちを追い掛けて、構っていてもらえるからだ。

捕まえられない、手に入れられない神になど、価値はない。

種明かしをした瞬間に、彼らは諦められて捨てられ、無視されてしまう。

なんとか捕まえてみせると踏ん張る人間もいるかもしれないが、神の総意で持って弾き出された存在だ――儚いひとの身の生で、どうにかなるとも思えない。

そして事実、どうにもならなかったからこそ、未だに彼らはこうして、弾かれたまま、存在することなく存在している。

種明かしをしたにも関わらず、変わることなく『遊んで』やったがくぽに、子供たちが閃かせた歓びの表情は、嘘偽りのないものだ。

屈折し過ぎて、もはや相手をするのも倦むような感情表現をする幼馴染みと、長年、付き合ってきた。

伊達の付き合いではない。そこまでの屈折ではない以上、嘘偽りがあるかどうか程度、見抜ける。

その『遊び』が斬った張っただというのは、がくぽとしても苦渋するところだ。そうとはいえ子供たちの屈折ぶりは、一朝一夕にどうにかなるものではない。

となれば、少しずつ、少しずつ――

少なくとも、がくぽの寿命が続く限りは。

そう思って、飽きるまで付き合ってやるか、と。

決意を固めた途端に、双ツ神は唐突に消えた。

本意ではないと、わかった。あまりに不自然だったからだ。

なにが自然か問われると困るが、――感覚を無理やりにでも言葉に置き換えるなら、『世界に弾かれた』という気がした。

そもそもが、世界から弾かれている存在だ。けれどその、<世界>の隙を縫って、わずかに姿を現している。

おそらく、原理はそんなところだ。

だが、なんらかのことがあって<世界>が彼らに気がつき――弾き出した。

そのときちょうど、カイトが暴走しようとしていたところだった。世界が歪ツに撓み、曲がり、悲鳴を上げる。

不吉のうたが迸る予兆に、轟々と悲鳴を上げて――

その日から、彼らの姿を見ていない。

冬の間も、見てはいなかった。

だからといって、心配もない。北の冬は寒く、厳しい。いくら神に外気温が関係ないとはいえ、降り積もる雪で生活は不便だし、家の中に閉じ込められる日も多い。

春になって、自由気ままに野辺を走り回れるようになれば、来るだろう。

思っていたとおりに、彼らは現れて――

世界から、弾き出された。

意思ではなく、無理やりに。

そうでなくても不安定な存在の彼らに、それがどういう影響を与えるのか、わからない。

またなんでもなかったように姿を見せてくれればいいのに、音沙汰がない。

義理はないが、薄情なと、罵りたい心地だ。

「………ちっ」

カイトの前では決して見せない行儀の悪さで舌打ちを漏らし、がくぽは鼻を蠢かせた。

実際のにおいを嗅ぐわけではないが、意識が集中しやすい。

メイコの気配は、竈に残った熾火のにおいのこともあるが、今は焼け跡の煙のにおいだ。

不吉を伴い、不安を煽る。

「………こちらか」

方向を定めると、がくぽは森の中をひた走った。

帰るときの心配はしていない。

一度通った道なら覚えているし、よしんば忘れて迷っても、今度はカイトの気配を探ればいい。

カイトの気配は、甘いあまい薄荷の香りだ。

胸が透くのに、どうしてか砂糖入りの薄荷水を想起させる――

愛おしい相手が胸に蘇って、がくぽの表情は緩んだ。

しかしすぐに、引き締まる。

森の中、木に凭れてメイコが立っていた。

「なんの用よ」

木立ちを走り抜けて来たがくぽを見るや、メイコは挨拶もなしに即座に切りだした。

手間が省けていいが、状況は厳しい。カイトの傍を片時も離れるなというのがメイコの厳命で、そして彼女の厳しさたるや、万事おっとりと流すカイトが怯えるほどだ。

「………ご相談に」

「あたらしい家がほしいって相談じゃないなら、きかないわ」

「………………………」

どうしてそこ限定なのかが、わからない。

そもそもがくぽは一冬かけて苦労して、今の住処を修繕し、住み心地を整えたところだ。

特に不満もない以上、新居を探す理由もない。

「聞いてください」

「高くつくわよ」

「………」

回れ右したくなった。

挫けかける心に、カイトを思い起こす。愛しい相手を思えば、――やはり、帰りたくなった。それも、より以上に。

東方の剣士たるもの、そんなことでどうすると叱咤しつつ、がくぽは自分より遥かに小柄なメイコと相対する。

巨人を相手にしていたほうが、ずっとましな気がしてきた。少なくとも巨人ならば、問答無用で剣に手を掛けられる。

けれどメイコ相手では、がくぽが苦手とする舌戦だ。

「………人間が、森を探索…探ります」

「どうしてよ」

メイコの問いは端的で、落ち着いている。

がくぽは呼吸を整え、厳しい瞳のメイコを見据えた。

「神を探すそうです。…………子供神を」

「……こどもがみ?」

「………」

メイコの眉が跳ね上がり、がくぽはくちびるを引き結んだ。ややして懸命に緩めると、言葉を続ける。

「………人間は、東方の隠密衆。あなたも会ったことがあるでしょう、私とカイト殿を狙ってきた男です」

「………」

がくぽの説明にも、メイコは相槌すら打たなかった。ひたすらに困惑した表情を晒して、がくぽを見つめる。

珍しいことではあったが、歓べる類のものではない。

「冬の間、アレは子供神と遊んでいたと言っています。そろそろ懐いたから手に掛けようとしたら、現れなくなったと」

相槌もなく、相手の困惑もわかっていて、がくぽは構わなかった。

一度深く息を吸い込み、腹に力を入れる。

「私も、遊び相手にしていた子供神が、います。おかしな別れ方をして、以降、姿を見ていません。案じて、……心配して、います」

「……………ふん」

硬い声音で告げたがくぽに、メイコはようやく鼻を鳴らした。

嘲る色を浮かべて、がくぽを見上げる。

「おまえは、あのヌケマのことだけ考えてればいいのよ。ウワキしてる場合なの?」

「浮気ではありません!」

「どうかしらね」

反射で言い返してから、がくぽは間違えたと、小さく舌打ちをした。

ついさっきまでキヨテルの相手をしていて、カイトから『浮気疑惑』を掛けられていたために、過剰に反応してしまった。

本来は、問い返すべきところはそこではない。

しかし問い返すより先に、いつもの不遜さを取り戻したメイコに見据えられた。

炯々と光る鋭い瞳に、がくぽは腹が冷えるのを感じる。

相手は小柄でしかも、女性だ。自分は剣士で、力も十全に取り戻している――いかに神とはいえ勝負はあるはずなのに、足が引きそうになる。

引かないのはひとえに、逃げるなら死ねという、東方の剣士の脊髄に叩きこまれた教えゆえだ。

「おまえは、カイトのことだけ気にしていなさいって、いってるわねきこえないのその耳はかざりねじゃあ、いらないわね!」

畳みかけられて、がくぽは内心、項垂れた。

わかっていたが、話にならない。

「おっしゃることは――」

「むつかしい!」

「――言っていることは、正しいですが、納得いきません」

「………」

がくぽは言いながら、昔に戻ったような気がしていた。昔、国でまだ、剣術指南に通っていた頃だ。

東方の剣士は、まず剣の型を習うのではない。剣を持つものの心得、戦いにおける絶対の規定を叩きこまれ、呑みこんでようやく、模擬刀を与えられて基本の型に入る。

最初から、狂的と頭を抱えられる考え方をするわけではない。『東方の剣士』とは、人工的に作られるものだ――連綿とした歴史の中で、選りすぐられた考えだけを、脊髄反射となるほどに叩きこみ、刷りこんで。

諸国が狂的だと、揃って頭を抱える人間を作るのだ。

もちろん、いくら東方の生まれで素地があったとしても、納得がいかないと、師範に咬みつくこともある。

けれど所詮子供で、そういった論戦を仕掛けられることに慣れ、対処法を身に着けている師範には、そうそう敵わない。必ず論破されると、そのうちわかる。

だから、余計な言葉は使わない。

正しいとは思っても、心が納得しないのだと訴える。論理もなく、ひたすらな困惑だけを。

――意外にもそういった訴えの方が、師範は親身となって懇切丁寧に答えてくれたものだった。理論で固め、武装していくより、心が軋んで受け入れがたいのだと、訴えるほうが。

メイコは師範ではないし、かなり自儘な性格でもある。

賭けではあったが、そもそもがくぽは舌戦向きではない。ましてや、言うこと言うことすべて、『むつかしい!』の言葉で切り捨てる相手では、もはや天気の話すらも思いつかない。

「あなたたち神は、あの子供神が異端だからという理由で存在を禁じ、世界から弾き出したと聞きました。そして今となっては、存在を忘れている。――いったい、なにがそれほど、罪なのです生まれ持った特性が、それほど罪となるのですか?」

「………………」

重ねるがくぽの問いを、今度はメイコも撥ねつけなかった。

探るようにがくぽの瞳を覗きこみ、その瞳は巡って自分の思考の中へと入りこむ。

「……………おまえがなにをいっているのか、あたしにはわかんないわ。ほんとうに」

「…………」

「あたしがいいたいのは、おまえはほかごとなんか考えず、あのヌケマのことだけ考えてろってこと。それだけ」

「…………はい」

どれほど納得がいかず、どれほど説明を乞うたとしても、頷く以外に道はない。

俯くがくぽに、メイコは一度、くちびるを噛んだ。小さくため息を吐き、軽く頭を掻く。

「………なにをいってるか、まったくわかんないけど……。あたしたちが、おまえのいったことを、やったとしたなら」

「………」

はっとして見つめたがくぽを見返すことなく、メイコは気まずい顔で頭を掻き続けた。

「おぼえては、いられないわ。『存在』を禁じて世界から弾きだすということは、あたしたちはなにひとつとして、それを思い出すよすがをもってたら、だめということ。あたしたちの記憶はそれこそが、世界に『存在』を生む根拠」

見ることはなく、聞くことはなく、話すことはない――触れることも、思うことも。

放埓に笑いながら、うたい上げていた異端の子供神を思い出す。

人間にとっては何気ない所作でも、力ある存在の神にとっては、ひとつひとつが重大な意味を持つ。

それはたとえば、片鱗の記憶すら――

「――あたしの頭にあるのは、おまえはカイトのことだけ考えて、愛し、守ればいいってことだけ。あの子を『女』とし、男として持つ『滅びのうた』を封じて」

「………」

それはそれで、微妙な問題だ。

今度はがくぽが、メイコから顔を逸らした。

連日のごとくに情を交わし、その体を猛る凶器で貫いている身ではなんとも言い訳できないが、カイトを『女』にしたいわけではない。

男で、いいはずだと思う――たとえその身に秘めるものが、あまりに禍々しくとも。

仮初めの『女』としたところで、本当に問題が解決するのかもわからない。

「――封じて、そのさき、に」

「………メイコ殿?」

吐息にも似たささやきをこぼし、メイコは俯いた。その手が、困惑しながら自分の額を押さえる。

「――その先に、…………その先……に、………………もとめるものが、ある」

「……………」

言葉はメイコが発したというより、なにかがこぼれ出たような印象があった。

メイコの明白にして明確な意思によるものではなく――存在していたものの記憶を抹殺したような、不自然な行いゆえに生じた、潜んだ歪み。

がくぽはため息をつき、これ以上を諦めた。

『忘れ』られてしまった以上、おかしな消え方をした子供神の行方を示す手がかりを得ることは、出来ない。

情報を持っていない以上、無闇と力を使って探させても、徒労に終わるだけだ。

キヨテルが森を探ると宣言した以上、どんな神であれ、力は温存させておきたかった。

なにより、警告の義務は果たしたのだ。あと自分が考えるべきは、それこそ本当に唯一、カイトのことだけ。

軽く頭を下げて帰還の意思を伝えたがくぽの胸を、メイコは人差し指で軽く突いた。

「<しょちぴるり>を愛せ。なによりも、誰よりも――何れ其れが、求めるものへと通じる道と成る」