しょちぴるり

第4部-第2話

男としては細いカイトの指が、花を摘む。

草花の声を聴き、いのちを与え、育むのがカイトだ。咲く花を摘む行為は、自身に反する。

それでもカイトは、花を摘む。

摘んで編みこみ、花輪にしていく。

人間のように、近くにあるものを手当たり次第に摘むわけではない。それなりに声を聴きながら、摘んでいい花と悪い花というものを選別しているらしい。

伸びた手はすぐには茎を折らず、惑うように花の上を彷徨ってから、一本を選ぶ。

そうやって時間を掛けて野辺を歩き回り、カイトは摘んだ花を編んで、小さな飾り輪を作り上げた。

「はい、できた!」

笑って、カイトはずっと抱いていたたまごに花輪を掛ける。

たまごだ。

それはカイトが、がくぽと真実想いを通じ合わせた末に、生んだもの。

――男であってもいのちを生み出してしまうから、神というのはわからない。

「ね」

「ええ。かわいいですね」

「うん!」

たまごは人間の赤ん坊のように、おくるみにくるまれている。そのうえで花輪を掛けたたまごを掲げて見せられ、がくぽは微笑んで頷いた。

答えに、カイトはうれしそうに頬を染めて笑い、思いの丈を込めてたまごを抱きしめる。

「カイト殿」

「うんっ」

手を伸ばしたがくぽが皆まで言わずとも、望みは伝わる。カイトは招かれるまま、野辺に座るがくぽの膝に、たまごとともにちょんまりと収まった。

かわいい。

――のは、たまごとカイト、両方だ。

膝の上に抱いたカイトとたまごに、がくぽは瞳を細めて見入る。

戦鬼として、イクサを渡り歩き、生きてきた。

自分にはまともにひとの親となれる素養も、生まれてきた命を愛せる度量の広さもない。

そう思っていた。

けれど実際に、誰よりも愛おしいひとが自分との間にいのちを生み落としてみせれば、それはやはり愛おしいとしか言いようがなかった。

剣を捧げたのはカイトだけにだが、未だ殻の中の子供が無事に生まれ、己で身を守れるようになる日までは、その子のためにも剣を振るおうと思う。

そう、殻の中だ。

人間の頭ほどの大きさの、たまご。

それが、カイトががくぽとの間に生み落とした子供で、正確には未だ『生まれた』とは言えない。

子供は未分化で、これからカイトとがくぽが注ぐ感情によって『善神』となるか『悪神』となるかが分かれ、定まったところで殻を破って、世界に出てくるという。

多少の、怖さはある。

世界に産声を上げたときにはまだ善悪の区別もつかず、その後の成長過程によって分岐を選択する人間である、がくぽだ。殻を破ったときにはすでに、なにもかも決してしまっているというのは、怖い。

怖いし、責任も重い。

重圧に震えることもあるが――

大事にたまごを抱いて微笑み、もしくは微睡むカイトを見ると、発奮する。

仮にも『父親』として、情けない姿は見せられない。

そしておそらくもっとも大事なのは、怯懦に陥った挙句、子供と関わることを拒絶しないことだ。

せめても情けない姿は見せまいと、父親と成ろうと、懸命にあがく姿勢こそが、ひいては子供のためにもなる。

「あ、うれしーみたい」

「そうですか」

「んっ!」

草花の声を聞き分けるカイトだ。

がくぽにはよくわからないたまごの機嫌も、なんとなくわかるらしい。

機嫌がよかったり悪かったりで、ほんのりと殻の色を変える不思議なたまごだが、そうとまではっきりした変化がなくても、カイトは読み取る。

たまごもうれしいかもしれないが、歓んでもらえたカイトもうれしそうで――愛らしい。

がくぽは膝の上に座るカイトの頭を軽く抱き寄せると、こめかみにくちびるを落とした。

「ん………」

気持ちよさそうに瞳を細め、カイトはがくぽへ凭れ掛かる。がくぽは微笑んだまま、カイトの顔に満遍なく、口づけを降らせていった。

羽で撫でるような軽い口づけだが、くちびるに辿りつくと、わずかに深く、潜るように触れる。

「ん、は………っふ……」

「………」

大人しく口づけを受けるカイトをさらに抱き寄せながら、がくぽはさりげなく、たまごにも手を回す。

頼りなく見えて、カイトはこと、いのちを預かるということには慎重で、注意深い。簡単にはたまごを落としたり、手を滑らせるようなことはないが――がくぽはその、カイトの理性といったものを蕩かしてしまう。

だから手を出すときには、がくぽのほうでもわずかに、たまごに気を遣る。

「…………ぁは」

「………はい」

くちびるが離れて、赤く染まった顔で笑ったカイトに、なにとはなく、がくぽもやわらかに頷きを返す。

カイトは再びがくぽに凭れると、膝に抱くたまごをよしよしと撫でた。

「………ね、がくぽ。がくぽは、生まれるの、男の子と女の子、どっちがいい?」

「………男の子、と、……女の子、ですか」

つぶやいたがくぽに、カイトはわずかに顔を上げて頷く。

「うん。どっちがいい?」

「………」

よくある、他愛ない問いだ。

腹を膨らませた妊婦とその夫が交わす、ごくありふれた、幸福に満ちた問答――抱いているのはたまごでも、状況は同じだ。

わずかに考え、がくぽは軽くくちびるを引き結んだ。

人間世界において、第一子として歓ばれるのは男児だ。がくぽも子供が生まれると聞くと、咄嗟には男の子が欲しいと思う。

思うが、ここは神の掟によって神が生きる、北の森。

人間によって迫害され、蹂躙され、追いやられた神の、最後の棲息地にして安息地。

人間であるがくぽには受け入れがたい、理解に苦しむ掟が、かなりあるが――

「………女の子。……で――しょうか」

ぽつんと、がくぽはつぶやく。

北の森に、男ノ神はカイトしかいない。あとは全員、女ノ神だ。

驚異の女児出生率ではなく、男ノ神のほとんどが、森の外へ放逐されたからだという。

放逐された理由は、男ノ神がその身に秘める力ゆえだ。

男ノ神は、身の内に『滅びのうた』を持って生まれる。

女ノ神が『滅びのうた』を持って生まれることはなく、あくまでも男ノ神だけの特性らしい。

人間との長年に渡る闘争に敗れ、神は世界の北の果てに広がるこの森に追いやられた。そして、自分たちの最後の棲息地にして安息地を守るため、<森>と契約を交わした。

自分たちが人間から森を守る代わりに、森の力を神に与えるように、と。

結果として神の力は、北の森の中にいる限りは無敵とすら言えるほどに増大し、森の外に一歩でも出ると激しく弱体化するという、吉凶表裏な特性を得たという。

契約において男ノ神が持つ『滅びのうた』は、北の森にいる限り、世界を滅ぼせるほどに強大化した――

外に出したなら、せいぜい小さなイクサの行く末に、ほんのわずかに干渉できる程度の、力。

――神の不思議なところは、世界を滅ぼせる力を得たというのに、人間に逆襲することを考えなかったということだ。どころか男ノ神を森の外へ放逐すると、総意として決定した。

森の外へ放逐され弱体化した神のほとんどが、人間との争いに敗れて消えた。あるいは捕らえられ、国の守護神として人間に隷属を余儀なくされ、その力を好き勝手に絞り取られ、酷使されることとなった。

カイトが森にいられるのは、『滅びのうた』も持っているが、それをうたうことなく、もうひとつ持つ『いのちのうた』――草花や弱ったものに力を与え、命を咲かせ、育てる力を選ぶことが出来たからだ。

特例があっての、恩赦。

それからどれくらいの年月を生きたかは知らないが、がくぽと出会ったことで、カイトはうたうことのなかった『滅びのうた』をうたった。

がくぽが喪われたと思いこんで絶望し、世界を要らないと断じ――

紆余曲折あり、がくぽとカイトは想いを通じ合わせて、子供を成す仲にまでなった。

がくぽがカイトの腹の中に雄をねじ込み、ある意味において『女』としたことで、男ノ神のみの特性である『滅びのうた』を封じる行為。

その表現に、納得し難い想いは未だにがくぽの中に蟠るが、カイトは子供を生んでも平然としている。

人間が思うほどには、『男』と成る、『女』と成ることに、大した意味はないのかもしれない。

そうとはいえ、前提を元に男の子と女の子と、どちらが欲しいかと訊かれると――

「女の子?」

「………ええ」

無邪気に訊き返されて、がくぽは静かに微笑みを返す。

そんなことは、がくぽよりわかっているはずのカイトだ。訊くならむしろ、『女の子でいいよね?』だろう。

しかしカイトは、あっさりと言い放った。

「おれは、男の子がいいかなって、おもってた。がくぽにそっくりの、きれいでつよくて、やさしー子!」

「………カイト殿」

自分のことを認めてくれていることも、そっくりの子供が欲しいと願われることも、伴侶としてはどちらもこれ以上なく、うれしい。

うれしいが、神の事情だ。

もし男ノ神が生まれて、そして『滅びのうた』を持っていたなら、カイトはすぐにも子供と引き離されてしまうかもしれないのだ。

カイトとたまごを抱いていた腕に力を込めたがくぽの、言いたいことが通じたかどうかはわからない。

それでもカイトは、にっこりと笑って見せた。

「だいじょーぶだよ。だって、がくぽとおれの子だもん!」

根拠の不明な自信を言い切ると、たまごの表面を撫でる。

「………男の子でも女の子でも、きっと、………とってもつよくて、とってもやさしくて、とびっきりにかわいー子が、生まれるよ」

「………」

撫でられるたまごを見つめていたがくぽは、吐息のように小さく笑いをこぼした。

くちびるを寄せると、カイトのこめかみに口づける。

「なにより、あなたの愛情を一身に受けていますからね。きっとどちらでも、幸福な定めの子が生まれるでしょう」

「ん……」

こめかみにくちびるを受けたカイトは、わずかに体を反すと、微笑むがくぽの顎にちゅっと音を立てて口づけた。

たまごをぎゅうっと抱きしめると、愛おしさに溢れて笑う。

「なんか、どっちでもいーっていうか、どっちもほしー気分になってきた………うん、もうね。男の子と女の子、ふたり生まれたらいいんじゃないかな!」

「たまごは一個ですよ、カイト殿。そのようなことを言うと、たまごが悩んでしまいます」

愉しそうに言い出したカイトに、がくぽは苦笑に変わる。

その脳裏に異端の双ツ神の姿が浮かんだが、深く考えることは避け、がくぽはひたすらにカイトとたまごを見つめていた。