しょちぴるり

第4部-第5話

一ツ体に、双ツ心と双ツ性、双ツ頭を持つ、異端の子供神。

一ツの体の中に、少女神:リンと、少年神:レンが同居し、代わる代わるに、あるいは同時に、一ツしかない体を使う。

いくら神が人間と違うとはいえ、この状態は彼らにとってすら規格外で、異端だったらしい。

そして異端であることを理由に、神は総意を持って彼らの『存在を禁じた』。

『存在を禁じる』ということがどういうことなのか、がくぽには今もって、よくわからない。

わかるのは、子供神が語ったこと。

見せた現実。

神の総意を持って存在を禁じられた彼らは、この世界に居場所を失くし、時系の外へと弾かれた。

がくぽの前にこそ姿を見せ、語らいもしたが、同族である神は姿を見ることも、聞くことも、話すこともない。

触れることもなく、存在を感じ取ることもなく、どころか『いた』という記憶すらも失くしている。

そして姿を見て語らうことが出来るがくぽでも、彼らに触れることは、出来ない。

手はすり抜け、剣も素通りする。

子供でありながら、誰とも真実交流を育めず、孤独の果てを彷徨う神――

以前、カイトと体を交わすまでのことだ。がくぽには異端ではあっても、やはり神である彼らの気配は感じられなかった。

しかしカイトの体液を啜ったことで変容し、神の気配を感じ取れるようになったことで、彼らについても同じく、感じ取れるようになった。

ちがう、と。

感覚が訴えるのは、ひたすらな違和感。

理由もなく理屈もなく、とにかく『ちがう』とだけ、喚き立てる。神経を掻き毟り、痛めつけ、呼吸を圧して叩き伏せながら、まるで怯えるように、ちがう、と。

ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう――

異端である、と。

一ツ体に双ツを詰め込んだだけが異端と断じられる所以でなく、追い出される謂れでもなく、理由の一端が垣間見えたような気がした。

納得などしたくないが、傍にいることに耐えられるとも言えない。

「――おかしいですわ」

これまでの経緯をざっと説明したがくぽに、ルカはかしりと爪を咬んだ。気難しく眉をひそめ、宙を睨んで考えこむ。

ルカも、神だ。彼らの存在を禁じることに同意した神の、一柱。

ゆえに、記憶はない。

それを言うなら、今、がくぽの膝に乗っているカイトもそうだ。『総意を持って』ということは、カイトも賛成したということだ。

争いごとを嫌い、次の瞬間には自分の喉笛を噛み切るかもしれない相手にすら、救いの手を差し伸べるのがカイトだ。

そのカイトがどうして、異端とはいえ、子供神の存在を禁じるなどという、時系の外に弾き出して孤独に追いやるなどという極刑に賛成したのか、納得できない。

納得できないが、理由を聞くだけ無駄だ。

総意として成した以上、カイトもまた、記憶を持たない。訊くだけ無駄なのだ。

「『総意を持って』、存在を禁じたのでしょう世界から弾き出し、時系の外へと追いやった」

「………そうです」

膝の上のカイトの様子を窺いながら、がくぽは頷く。

今のところ、カイトは特に動揺するでもない。もともと深く考えない性質でもある。

が、新しき神であるルカとがくぽの会話が『むつかしい』ために、理解できていないだけという可能性も高い。

「それなのに、姿を見せましたのあなたと、語らった?」

「………ええ」

「不可能ですわ」

がくぽが言葉を重ねることを待たず、ルカは断じた。かしかしと爪を咬みながら、通って綺麗な鼻筋に、きゅっと皺を刻む。

「確かにあたくしには、その子たちの姿も見えませんし、存在も感じられません。思い出そうにも、さっぱり手がかりがありませんわ。ですが……」

言って、ルカはかしりと爪を咬み切った。残骸をぷっと地面に吹き出すと、がくぽと、その膝の上のカイトを見据える。

「神の総意だから、神に『は』見えないというのは、違います。その業が完璧に成されたというのなら、人間であるあなたにだって見えないし、語れないはずなのですわ。いいえ――そもそも、世界に侵入することすら、敵わない」

「………しかし」

がくぽは彼らと語らった。姿を見て、聞き、そして戯れに付き合った。

反論しようとして、がくぽは口を噤んだ――ルカは、完璧に、と言った。

失敗することがないのが、神ではない。神とて、失敗はする。

総意を持って決したことでも、さすがに相手が子供だ。なにかしらの情が絡んで、失敗した可能性がある。

その失敗の綻びを縫って、彼らが現れていた――

がくぽの考えを読んだように、ルカは厳しい顔のまま首を横に振った。

「失敗かどうかは、わかりませんわ。それこそ、あたくしたちには当時の記憶がありませんもの。ただ、総意を持って決したというなら、それって本当に、総意――すべての神の完全なる同意が必要です。そこで総意が取れなかったというならともかく、総意と言い切れる以上、誰かしらがなにかの手を打って、総意を取ったのでしょう。そこまでして、失敗はありませんわ」

「………」

がくぽは、膝に抱いたカイトを見る。

――がくぽに凭れ、うとうととし出していた。どうやら難しい話の流れだと読んで、非常に素直に眠気に襲われたらしい。

古き神に類するカイトは、理屈と語彙、装飾語を駆使した現代会話術には、さっぱりついてこられなかった。

馴れているのだろう、ルカは気にする様子もない。ただ、眉をひそめた厳しい表情のまま、がくぽへと続ける。

「考えられるのは、作為的な『穴』、条件付けですわね。『総意を持って禁じるが、以下の条件下においては――』………それもこれもすべて推測しかできませんし、どんな『穴』が用意されたのか、それとなったら想像すらもう、出来ませんわ」

「ええ、そうですね」

カイトが楽なように抱き直し、たまごにもそっと手を回して落ちないようにと配慮しながら、がくぽは頷く。

思い出せと言っても、これまで片鱗でも、思い出せた神に出会ったことがない。

メイコによれば、神の記憶はそれ自体が、『世界に存在する』縁となる。もし本当に業を行ったなら、関係する記憶ごと、すべての『存在を禁じ』、子供神諸共に世界の外に弾き出したはずだという。

「ですけど」

言い切ったあとに、ルカは自分の額を押さえた。

「………今、思い出しましたわね、あたくし。――以前は『禁忌』だった、ものを」

「………」

がくぽはわずかに瞳を鋭くして、ルカを見つめた。

そう、思い出した――カイトの腹に咲いた、痣花の名前。

その花の詳細。

以前は、詳細どころか名前すら、存在すらも思い出せなかった。見たことがあるような気がすると、そこで止まって先に進めなかった。

思い出している。共に封じられたはずの記憶を。

存在の縁となる、記憶を取り戻し始めている――

「『時満花』とは、なんなのです?」

慎重に落とされたがくぽの問いに、ルカは額を押さえる手に力を込めた。

一度きつく瞼を閉じてから、額を押さえていた手を下ろす。瞳を開くと、がくぽをきちんと見据えた。

「互いの『想い』を量る花ですわ。ええと、つまり………片想い度、両想い度を量る花、――とでも言えば、理解できますかしら?」

「片想いに、両想いを、――はかる、花、ですか」

そんなものが、果たして計量可能なものだろうか。いや、そもそもなんの必要があって、そんなものを量るというのか。

別の困惑を顔に浮かべたがくぽに、ルカはようやく、ほんのりとした笑みを取り戻した。

「完全に『両想い』と判断が下されたら、こうして『子供』が授けられます」

「………」

微妙な表情になったがくぽへ、ルカは明るく笑った。静かな印象の彼女だが、そうやって笑うと森の神の中でいちばん、華がある。

こういう言い方は語弊があるが、もっとも、女性らしい。

気圧されたようながくぽと、その膝の上で微睡むカイトを見つめ、ルカは瞳を細める。

微睡みながらも、カイトの手はおくるみにくるんだたまごを大事に抱いている。がくぽの手もさりげなく、押さえに回っている。

たまごは間違いなく、その命を望まれ、欲されて生まれてきたと、二親から誕生を心待ちにされていると、言葉にも依らずにわかる。

きれいな色だ。

殻の色が濁らないのはなによりも、愛されて幸福を与えられている証拠。

今のままで行けばきっと、癒しの力を持った善き神が生まれるだろう――『母』であるカイトのような。

「神と人間、その異種婚姻に於いて、子供を得るための方法です。――あたくしたちと人間は、いくら姿形が似通っていようとも、はっきりと種が違うでしょう寿命も違います。それは流れる時間も違うということ。共に添い合って生きるとなれば、相応の覚悟が求められます」

「………ええ」

カイトを抱くがくぽの手に、わずかに力が込められる。

ほんのかすかな動きを見て取り、ルカの笑みはさらにやさしさを含んだ。

「種が違いますからね。子供をつくることは本来、非常に困難なつがいです。その無理を成すため、いわば代替の『胎』となるのが、時満花です」

「胎………」

つぶやき、がくぽはたまごへと目をやった。

『胎』だ。ある意味で、確かに。

あえかな動揺を浮かべるがくぽを微笑ましく見やってから、ルカは表情を改めた。笑みを消し、心持ち背筋も伸ばす。

「そうとはいえ、覚悟も固まっていないのに、子供を与えることは出来ません。先々の困難が、容易く予想されるつがいです。生半可な気持ちで子供を生し、それを理由に嫌々繋がれることがあってはならない。ましてや子供が犠牲となって、弑されることがあってはならない――そのための、自衛と申しましょうかしら」

「………」

がくぽはルカから視線を外し、俯いた。

膝の上では、カイトが健やかに眠っている。その手には、彼が生んだたまご。

完全なる『両想い』――互いのこころに、覚悟に嘘偽りなしと判じられ、与えられた、想いの結晶。

「誤解なさらないで欲しいのですけれど」

カイトを見つめたままのがくぽに、ルカはわずかな困惑を混ぜた微笑を浮かべた。

顔を向けたがくぽへ、茶目っ気たっぷりに、しかし困った様子で首を傾げて見せる。

「どうして男ノ神であるカイトが子供を産んだのか、いつ時満花が宿ったのか、あたくしには不思議で仕様がありませんわ。普通、時満花は、女の腹に宿るものですのに」

声は明るいものの、不穏な意味を含んだ言葉に、がくぽは切れ長の瞳を見開いた。

「………ということは」

「いくら神とはいえ、男は子供を産みません。相手も男であれば、なおのこと――いったいいつ、カイトの腹に時満花が宿ったのか………ましてや根付き、花開くまでに育ったとなれば、変種の可能性が高い。ですけれど変種など、………」

「……………」

ルカの困惑はそのままがくぽの困惑にもなり、二人の視線は健やかな寝息を立てるカイトへと集まった。

眠っていても、手はしっかりとたまごを抱いている。その懸命さと健気さは、子供を生んだ母親そのものだ。

カイトは間違いなく、男だ。腹の中にいくら精を注いでも、受け止める『胎』がない。

とりもなおさず、子供が宿り育つ場所がないということだ。元々ある場所を基点に、異種同士を掛け合わせられるよう、変質させるにも――

たまごというのは、極限の選択なのかもしれない。

これは、外に出た『胎』だ。

子供を宿す、がくぽとカイトの子を生むための――

がくぽの視線になにを読み取ったのか、ルカは笑みにやわらかさを取り戻した。

「ただの凌辱であれば、花が開くことも、ましてや種が芽吹いて成育することもありません。薬に依る精神の酩酊、その他すべての暗示、騙り、詐欺――そうではなく、お互いにお互いを望んで交わったときに、初めて、時満花は量り始めます。二人の覚悟と、想いの深さを」

「………」

がくぽはひたすらに、カイトを見つめる。

その眼差しが含む思いに、ルカは瞳を細めた。

「男同士でありながら花が開いたというなら、二人ともに相当に深く、想い合っていたということでしょう。そこからたまごが生まれたというのなら、言葉にもし尽せない――覚悟を」

「遅いですね」

「え?」

吐き出されたつぶやきに、ルカはきょとんと瞳を見張った。

ルカに顔を向けることなく、がくぽは膝の上のカイトを見つめたまま、抱く腕に力を込める。

「覚悟を決めるのが、です。自分が不甲斐ない」

「…………あら」

自責の言葉に、ルカはさらに瞳を見張った。ある意味、ひどく青臭い――この剣士らしからぬ言葉だ。

しかし反って考えれば、この剣士らしいとも言える。

がくぽは東方の剣士だ。東方の剣士の主に対する忠誠心は、狂気と謳われる。

精神性を考えれば、剣を捧げると決めた相手に対して即座に覚悟が固まっていなかったと言われるのは、なにより屈辱だろう。

「………両想い、ですからねカイトの気持ちも、大事ですわよ?」

念を押したルカに、がくぽはようやく顔を上げた。

きっとして、見る。

「信じさせて差し上げられなかった。なにより私の覚悟が生半で、揺らいでいればこそです。盤石たるものを与えられなかったなど、己が不甲斐ないの言葉に尽きる」

「……………」

案の定の答えだ。

ルカはそっと顔を逸らし、口元を手で覆った。それでも、笑う気配は伝わるだろう。

真面目一辺倒な剣士が気を悪くするかもしれないとは思いながらも堪えきれず、ルカは肩を震わせた。

「………愛欲って時として、主従の契りよりよほど、難解な面がありますのよ一口にそんなこと、言い切れませんわ」