「ぁ……っ、ぁ、ぁあ………っ」

カイトの声は苦しげに歪み、掠れて響いた。

しょちぴるり

第4部-第15話

腹の中に、がくぽがいる。漲る雄は焼き鏝にも似た熱を伴って、カイトの腹の中を掻き混ぜ、蕩かす。

ある意味で馴染みの感触だが、いつもと違うことがあった。

奥に突き入れられたままなのだ。

安堵が反って情緒が不安定に揺らいだがくぽは、勢いままにカイトを求めた。

意識を失い、取り戻したばかりの相手だ――意識を失った、その原因もわかっていない。休ませてやったほうがいいと、自然の中に連れ出してやったほうがいいと、内にささやく声もあった。

けれど、堪え切れなかった。

東の剣士の忠誠は狂的を謳われて強固であり、剣を捧げたなら最後、決して裏切らぬ人間を得られると評判だ。

だがそれは、裏を返せばなによりの弱点だった。

主を喪えば、後を任せることが出来ない。諸共に、心が崩れて斃れるからだ。

猟奇と称される忍耐も忍従も、すべては剣の主が健勝であればこそ保たれるもの。彼らひとりで、強さを維持することは出来ない。

実態を見れば、東の剣士はどこの地方の剣士や戦士よりも精神的な依存度が高く、ゆえに不安定で、最弱ともなり得る厄介な代物だった。

原因も不明なまま意識を失ったカイトに、がくぽは狂気に陥る寸前まで追い込まれ――

意識を取り戻せば、安堵も反って狂気が吹き出した。

恐怖に囚われ、喪うかもしれなかった相手がここにいると、生きてここに在ると、確かめずにはおれない。

いつもとは違って荒々しくカイトの体を開いたがくぽは、片時も離れなかった。肌を撫でまわすときも、何度受け入れてもきつく締まる双丘の奥の蕾を解くときも、突き入れてからさえも。

カイトを抱きしめ、冷たいままの体に熱を移そうとでもするかのように。

想いが通じてから最近は、寝るとき以外に体温の調節はしなくなったカイトだ。がくぽがそれでも一向に衰えず、萎えることがないとわかったからだ。

カイトのそのままで、がくぽは十分、十二分に満たされる。

しかし途中で、カイトも気がついた。

今日に関しては、冷たいままではまずいと。

がくぽはいわば、正気を失った状態で、カイトが『生きている』ことを確かめたい。

恐怖に委縮しきった思考に、実感としてカイトの『生きている』証を刻み込みたいのだ。

がくぽは体温の高い人間で、『生きている』ことはつまり、『あたたかい』ことだ。『冷たい』体は本来、死者のもの。

体が冷たいままでは、がくぽの上手く働かなくなった思考は、いつまで経っても本当の安堵を得ることが出来ない。

カイトとはこういうものだとわかっていても、今はだめだ。

そこまで追い込まれた。追い込んだ。

「ぁ、あ………っぁあっ」

「………っカイト………カイト」

「ぁあ………っあ………っ」

気がついて体を温めたカイトだが、それですぐに正気が戻るわけでもない。

がくぽはカイトを抱きしめ、腰を蠢かせるためのほんのわずかな間すら耐えられず、押しこんで奥だけを深く突き上げ続ける。

動きは鈍く、極みに達せられるようなものでもないが、がくぽはカイトの腹の中に吐き出し続けた。

こんなにも、奥だけを突かれたことなどない。戯れに一度二度、されることはあっても、ずっと抜かれないまま、奥だけを攻められたことなど。

わずかな抜き差しでも、腹に溜まるがくぽの精液がぐちゅりぐちゅりと音を立ててこぼれ、それでも足らないほど注ぎ込まれて、苦しい。

しかしなにより苦しいのは――

「カイト………カイト、カイト………っ」

「………ぁ、は………っぁ、く、がく……っん、がく……っ」

上手く言葉にもならないまま、カイトはがくぽの名を呼んで、怠い腕を懸命に背にしがみつかせる。

カイトを掻き抱き、狂ったように突き上げながら、がくぽが最も苦しそうだ。

大事にしたい相手だ――苛みたくもなければ、責めたくもない。

けれど恐怖のあまりに思考は委縮し、惑乱してどうすればいいのかわからない。

いつもなら利く自制が利かないというばかりでなく、そもそも自分の体が自分の自由にならない。

がくぽはこれまで真実、主を持ったことがなく、偽りの剣を捧げた公主に対しては思い入れられなかった。

主を失う恐怖より、主を得られない狂気こそが、がくぽにとってはずっと問題だったのだ。

それが今、カイトという剣の主を得た。カイトは主というのみならず、生涯を共にする伴侶だ。忠誠とともに愛があり、家族があり、すべてがカイトに掛かっている。

すべてを失うところだった。

ここまでの恐怖を味わったことなど、ない。

「カイト………カイト、カイト………っ」

カイトを掻き抱き、責め苛みながら、がくぽの声は経験したことのない感覚に翻弄され怯え、泣き濡れていた。

みっともないと、情けないと、そう思う隙もない。

カイトはここにいて、自分の腕の中でぬくもりを分けてくれる。

錯覚ではなく、現実の感覚として、ここに――

なのにこころに吹き荒れる恐怖は止まず、この暗い場所からどちらに進めばいいのか、なにもかもが見えない。

「カイト………っっ」

「ぁ、あ………っぁ、ぁああっ」

何度目となるか知れない激情を吐き出してカイトの腹を膨らませ、それでも治まらないがくぽは力を失った情人の背に爪を立てた。

そんなことはしたくない。

わずかに吸っただけで、赤く咲くようなやわい肌だ。

戯れに軽く吸っても、所有の痣がくっきりと刻まれる。

そんなやわな肌に、剣を振るい続けて硬くなった手で爪を立てれば、――

「カイト………カイト、カイト…………………カイト、たすけて………………っ」

「ぁ、………っ」

縋る言葉を吐き出した守り役に、カイトはぶるりと震えた。泣き濡れる声は掠れて小さく、言葉は揺らいで聞き取りにくい。

けれど、望まれた。

願われた――

願い叶えるのが、カイトだ。

カイトの願いはがくぽが叶えると約束されたが、カイトもまた、がくぽに誓った。

がくぽが願うことは、叶えると。

がくぽがカイトの傍にいたいと願うなら、そのための願いはすべて叶えると――

「………が……くぽ」

力を失った手を懸命に繰って背中を辿り、カイトは長い髪を引いて、肩に埋まるがくぽの顔を上げさせた。

カイトの腹に漲る雄を押しこみ、幾度も幾度も快楽の証を吐き出しながら、がくぽの表情は苦しさに歪んでいる。

強くて賢く、美しい。

それがカイトの守り役だ。

それがカイトの、生涯を懸けた伴侶だ。

無様に泣き濡れて怯えに震え、助けを乞うだけの相手など、知らない。

打ちのめされて、敗北するに任せるだけの相手など――

「がぁくぽ」

カイトは掠れながらも甘く蕩けて名を呼び、がくぽの頬を撫でた。引きつって歪み、震えて軋む頬を。

「がぁくぽ………」

微笑むと、軽くつまんだ頬を引き寄せる。素直に落ちてくるがくぽのくちびるに、くちびるを重ねた。

「ん………」

「………っ」

開くそこに、吹き込む息吹。

体は温めても、息吹は冷たいままがくぽの中に吹き込まれた。

がくぽの咽喉が、こくりと鳴る。

こくりこくりと鳴って、夢中でカイトが与える息吹を飲みこむ。

カイトの息吹は、薄荷が香る。

冷たさも相俟って、それは薄荷水を思わせた。

清涼な薄荷の香りを移した水に、砂糖を溶かして甘くし――

「……っは、は………っ」

「ん………」

貪るように息吹を飲みこんでいたがくぽは、ややして顔を上げた。

苦しさに歪んでいた顔が、甘く蕩けている。

普段はそんなこともないが、今のがくぽは妙に幼く見えた。まるで小さな子供にでも還ったような。

腹の中には、がくぽが子供になっていない証のものが押し込まれたまま、存在を主張している。

「………カイト殿」

「ぅん」

――いつもは最中にそんな呼び方をされると、多少、寂しくなるカイトだ。理性を忘れてカイトに溺れこんだ証の、傲然と所有を主張する、特別な呼び方をしてくれないのかと。

なにか足らないものがあるのかと思って、殊更に相手を煽るような振る舞いをしてしまう。

けれど今日、カイトは胸に満ちるものとともに微笑んだ。

がくぽに頬を撫でられて、獣のように瞳を細めて擦りつく。

やわらかに受け入れるカイトに、がくぽは小さくため息をついた。

赦されている。

恐怖に負け、惑乱し、無体を強いた情人を――みっともなく、情けない姿を見せ、泣き縋った守り役を。

カイトは幻滅することもなく、一方的に守られるだけの『姫』ではない証に、平然と支えた。

支えて、恩に着せることもない。

一方的な関係ではないのだ――がくぽが守り、がくぽに守られるだけの。

「………カイト。愛しています」

突き上げる想いままに告げたがくぽに、カイトは手を伸ばした。背中に回してきゅっとしがみつくと、擦りつく。

「おれも。あいしてる、がくぽ」

ささやくと、背に爪を立てる。

「………あいしてる、がくぽ」

くり返すささやきは、小鳥のさえずりにも似ていた。

がくぽはカイトの背をあやすように撫でながら、少しばかり考えた。

雄は未だに漲っていても、抜くに抜けないわけではない。十分に吐き出したし、これは反射と同じだ。

カイトにはずいぶんと無体も強いたし、暗くなる前に一度、野辺に連れ出してやりたい。

花の神であるカイトは、石造りの家の中に押し込めておくより、たとえ暴風雨の中であっても自然の中にいたほうが英気を養える。

動転したあまり、習慣的に住処の中へと運び込んだが――

「………カイト」

「んっ」

がくぽがかりりと耳朶を甘噛みすると、カイトはぴくりと震えた。

顔を上げると、困惑しながら笑むがくぽに、瞳を瞬かせる。

しかし不思議そうだったのもわずかで、カイトはすぐさまやわらかく微笑んだ。仄かな羞恥に染まりながら、重く痺れる腰を揺らめかせる。

上目遣いになると、がくぽのくちびるの端にちゅっと口づけた。

「………きもちよく、してとっておきに、いっぱい」

甘やかす言葉に、がくぽは苦笑する。

一方的な関係ではない――がくぽが甘やかし、がくぽに甘やかされるだけの。

膨らんで苦しいだろうカイトの腹を撫で、がくぽはとっておきに熱っぽく蕩けて微笑んだ。

「お望みのままに、カイト――これ以上ない悦楽を、あなたに」