しょちぴるり

第4部-第25話

「まあ、それはそれとして、あなたはお仕置きです、カイト殿」

「ぅ、はい………」

ようやく泣き止んだカイトは、がくぽの膝に抱えられたまま小さくなった。

思わず泣き喚いて責めてしまったが、誤解だった。

以前に、そんなことが出来る立場でもなかった。

カイトはがくぽを騙して――

待望のいのちを宿したが、騒動などまるで知らぬげなたまごだ。いつもと同じに輝くそれをきゅうっと抱きしめ、カイトはくちびるを噛む。

その顎を掬って上向かせると、がくぽはにっこりと笑った。

「信じて待っていなさいと、言いましたねだというのに、あなたは私を疑った。心外です」

「はい、ごめ…………え?」

「私があなたに希われたことを叶えないと、打ち捨てると思われた。なによりも赦し難いことです」

「ぇ、あ、がく………?」

自分が思っていることとまったく違うところで、責められている。

驚くほど難解な言葉は使われていないが咄嗟に意味が取れず、カイトは瞳を瞬かせた。

顎を掬われて不自由なまま、解説を求め、視線だけをきょときょとと彷徨わせる。

カイトはがくぽの膝に乗せられて座っていたが、周囲にはまだ、メイコにルカにミクという、女ノ神が揃っていた。そのうえちゃっかりと、キヨテルもいる。

この点に関して、がくぽはもはや、指摘することを止めた。こういう手合いは、無視するのがいちばんだからだ。

メイコは土気色からは回復したものの、ぐったりと力を失くして横たわり、ルカに膝枕されていた。さすがに、疲労が色濃い。死の淵を覗いたところだ。

「安心してるあたしが、いやなのよ」

「いいじゃありませんの。和むでしょう。案じることなく、眠りにつけるのではなくて?」

「まったく………」

ルカは大人しく膝枕してやりながら、うんざりとつぶやくメイコの髪を梳いてやっていた。いつもの通りにつんけんとした言いようだが、手つきも表情もやさしい。

訊かれたメイコは鼻を鳴らし、微妙に不穏な発言に目を向けたがくぽへ、瞳を眇めてみせた。

「かってに、あたしをころさないでちょーだい」

「んだね。まだボクのとこに、来そうにないね………よかった。よかったよ来ても叩き返すけど。メイコの監視つき冥府生活とか、なんで女王のボクが、冥府で拷問受けないといけないんだ!」

茶化しているようだが、ルカの傍らに座るミクの表情も声も真剣だった。がくぽは行儀よく、かつ無難に、姉妹から視線を外す。

メイコはわずかに眉をひそめたものの、もはや指一本も動かないらしい。

冥府の女王が保証するほどだ。今すぐ死ぬことはないが、体力が大幅に削られていることは確かだった。

「ちょっとしばらく、寝るだけよ」

「そうですわね。ちょっとしばらく、百年くらい?」

「まあ、そんなもんかしらね………」

――茶化しているようだが、女ノ神たちはまったくもって真面目だった。

思わず顔を向けたがくぽだが、すぐに瞳を尖らせる。

「………いくらなんでも、百年も寝ている神では、連れ帰れませんね………」

ぼやいたのは、キヨテルだ。寝ている神なら連れ帰りやすかろうと――とりあえず計略を練ってみたが、百年も寝っぱなしでは使いようがないと、諦めた。

そんなところだろう。

人間にとっての百年は、そういうものだ。

「仲良くやんなさいよ。………いうまでもないでしょうけど。きまり文句って、ときどきばかみたいよね」

見つめるがくぽとカイトへつぶやき、メイコは瞳を閉じた。そのまま、動かなくなる。

「っルカ殿っ」

「なんでしたかしら………人間世界に、おふとん三拍子とかいう言葉がありませんでした寝つきがよくて、驚くでしょう?」

「………そうですね」

すっ呆けたルカの言葉に、がくぽは多少項垂れた。気配を探れば、静かに沈んでいるものの、鼻の奥に熾火の香りを感じる――メイコだ。

イクサ場の、焼け野原のにおいのこともある。平凡な家庭の、郷愁を募らせる竈の香りのときも。

おそらくメイコの気分によって、香りはときどきに変わるのだ。

今は暖炉の、熾火の香りに似ていた。消えることなく灯り続けるが、静かで密やかな――

「寝つきがいいっていうかさ………さすがに寝てない生活もずいぶん続いたし、睡眠不足甚だしいっていうか。単に、圧力がなくなって、意識が飛んだだけっていうか」

「メイコが膝にいますから、今は堪えますけれど。貴女、あとでわかっているでしょうね、ミク?」

穏やかな表情を見せるメイコを覗き込んでいたミクは、ルカに首根っこを掴まれて肩を落とした。眉をひそめているがくぽへ恨めしい視線を投げ、陰気なため息をこぼす。

「野郎には脅されるし、ルカにも怒られるし………ほとぼりが冷めるまでしばらく、冥府に篭もっていようかな………」

「泣きますわよ」

「怒らないって約束してくれるんなら」

「怒りませんわ。お説教するだけです」

さらりと言ってミクの首根っこを離し、ルカは微妙な表情のがくぽへと微笑みかけた。いつもの通り、穏やかにして慈愛に溢れた笑みを。

「子供神と<世界>の縁を結ぶため、メイコは弾きだしたあの子らの記憶を、わずかに自分に残していたでしょうそのせいでずっと禁忌を冒していたことになって苛まれ続けて、寝ていませんのよ。でも大丈夫。しばらくしたらちゃんと起きて、また元気いっぱいにあなたのことを踏みますから」

おそらく気を遣ってくれたのだとは思うが、どうにもいろいろとずれている。

先に聞いたところでは、メイコが『ちゃんと起きる』のは、あと百年後――

がくぽは複雑な表情で、カイトを抱く腕に力を込めた。

「………まったく踏まれたくありませんが、………つまりメイコ殿がひとを踏むのは、やはり個人的な趣味なんですね………」

「いい趣味じゃありませんか」

「貴様は漬物石とでも結婚しろ」

「がくぽ?」

割と本気で言い切った幼馴染みを結局無視しきれずに吐き捨てたがくぽを、カイトはおずおずと見る。膝に抱くと常にやわらかく解けた体だが、今は硬いままだ。

そう、問題はまだ未解決で、山盛りだ。

これ以上抱えるのは、先延ばしにしたい。

先延ばしということは、いずれ直面しなければならないということだが――

二つも三つも同時に抱えることはない。ひとつひとつ、ゆっくりと片付けていきたい。

たとえ時間に、限りがあるとしても。

「有耶無耶になりましたが、カイト殿。私はちょっと、あなたにお話が」

「ぅっ!」

「出来るなら二人きりで、きちんと。しっかりと」

「っっぁっ!」

びくりと固まったカイトを抱え、がくぽはたまごを気遣いつつ立ち上がる。見上げる女ノ神たちに、軽く頭を下げた。

「これ以上、ご迷惑をお掛けするのもなんですから、――二人きりで少々、夫婦の話し合いをして参ります」

生真面目に告げられて、ミクは行儀悪く口笛を吹き、ルカは笑みを複雑に染めた。

「ええとその、………あまりカイトを責めないで。………ほどほどに」

「はい」

「ボクはとことんやるの推奨だねこういうのは曖昧に手を抜かないで、全力でやったほうがいいよ再発防止って、そういうことだし!」

「はい」

「ミク!」

あくまでも生真面目に頷くがくぽは、小さくなっているカイトへちらりと視線をやる。

気まずそうだ。はっきり言うと、怯えている。

――心外も甚だしい。

決意を新たに背を向けたがくぽだが、すぐに足を止めた。ルカが叫んだのだ。

「ああ、ひとつ、大事なことを!」

「なんですか?」

振り返ったがくぽに、膝にメイコの頭を乗せたままのルカは、先と同じく複雑な笑みを浮かべていた。瞳が見るのはがくぽではなく、腕に抱えられて小さくなっているカイトだ。

小さくなっても、腹には大事にたまごを抱えている。

万難と辛苦の末に、ようやくいのちを宿したたまごを――

「カイト、体を探ってご覧なさい。『滅びのうた』が、消えているはずですわ」

「え?」

きょとんと瞳を見張ったカイトは、反射的にがくぽへ顔を向ける。向けられても、がくぽには答えようのないことだ。

メイコには最前、がくぽがカイトを抱いて『女』とすることで『滅びのうた』を封じるのだと、散々説かれたが――

「歪ツ同士の、相殺ですわ。男でありながら子供を宿す歪ツと、『いのちのうた』と『滅びのうた』双方を宿す歪ツ。あなたの中にある歪ツを正すこともまた、目的でしたのよ」

「………そんなの、しらない。きいてない。じゃあおれ、もう、『滅びのうた』、もってないの?!」

驚いたようにカイトが言うから、がくぽこそ驚いた。存在が消えたかどうか、すぐさま自覚出来るものではないのかと。

たまごを腹に抱いたまま、慌てて自分を探るカイトを見つめ、ミクは軽く肩を竦めた。

「こんなもので打ち消しになるとは、思わないけどね。一族からの、せめてものお礼だよ。カイトにしか出来ないと頼んだけど、実際無茶もいいところだったし」

吐き出すようなミクに、ルカもまた、微笑みながらも申し訳なさを滲ませて続ける。

「これ以上なく良い方に恵まれたようですけれど、それでとんとんだとは、言いませんわ」

「あ、ほんとにない………!」

聞いていたのかどうか、調べ終わったカイトはどこか呆然としてつぶやいた。

その声の調子に、がくぽは気がついた。

なんだかんだと言いつつ、カイトにとって『滅びのうた』があることは、負担だったのだと。

他の男ノ神が追い出されたこともある。たとえいのちのうたをうたったところで、それは負い目だったろう。

「………カイト殿」

「ん、………っふ、………っ……っっ」

慰撫するように額に口づけたがくぽに、カイトはようやく擦りついた。きゅっとしがみつき、胸に埋まって甘え、声もないままわずかに泣いた。

「まあしかし、それはそれで、これはこれです」

「ぅっ」

多少挫けかけたものの、なんとか気を取り直してつぶやき、がくぽは今度こそその場を辞した。

背を見送り、見ていなくとも嫌がるとわかっていて、キヨテルは笑顔で手を振る。

「勿体ないですね……どうせ外に出れば弱体化するんですし、無くなる前に連れ出しておけばよかった」

聞いていたならさらに怒られそうなことをつぶやいたキヨテルに応えたのは、気配を察して駆け戻ってきたがくぽではない。ミクだ。

意外に幼いしぐさでこっくりと頷くと、無邪気に輝く表情をキヨテルに向けた。

「キミっていい加減、打たれ強いな。どうしよう、ボクはわくわくのあまり、刑期をさらに増額どんしたくなってきた!」

「口は禍の門ということを、今しみじみと実感したところですよ!」

ぼやいてから、キヨテルは面白そうにミクを見た。

「ところで、女王陛下。確か最前に、神威の刑期も増額するのどうのと言っておられましたが」

「ミク?」

「なんでルカの前でばらす!!」

一度は離していたミクの首根っこを、ルカは改めて掴み直した。あぶおぶと悶えるミクに、キヨテルは悪びれることもなく、愉しげに首を傾げる。

「いったい、いつのことになります?」

「………あら」

掴む手を緩めたルカの隙を見逃さず、ミクは素早く離れた。

ルカの背後に回って掴まれないようにしつつ、膝に頭を乗せて眠るメイコを見下ろす。

「………起きたメイコに五百回くらい踏まれたら、いくらなんでもさすがに、生きるのが嫌になるんじゃないの。ちなみに、一年に一回計算だけど」

「なるほど」

キヨテルは素知らぬ顔で頷き、すでに遠く離れ、姿の見えない幼馴染みの向かった方角を眺めた。

神の寿命は、人間から見れば永遠に等しい。

その神と番い、子を生すまでに想いあった人間の寿命は――

定めに繋がれたのは、実のところ、どちらなのか。

「ところで現実的に、彼女は一年に一回踏むだけで、満足できますかね?」

遠く、追いかけることも叶わないほどに遠く離れた幼馴染みの気配をそれでも探りつつ、キヨテルは愉しそうにルカの膝の上を指差した。

ルカとミクはメイコへ視線をやり、次いで顔を見合わせる。

結局、ルカが肩を竦めて答えた。

「大丈夫ですわ。何回踏まれても――だってあの方、東方の剣士だけあって、とっても忍耐強い方ですものカイトさえいれば、生きるのが嫌になったりなんてしませんわ。絶対に!」