まんちー・ぱんちー

「はっはっはっはっは」

オラトリオは非常に爽やかな、爽やかに過ぎて胡散臭い笑い声を上げた。

胡散臭さを強調するのは、爽やかに過ぎる声だけではない。

表情だ。

声だけ笑って、目も口元も、まったく笑っていない。ある意味器用ではある。

そうとはいえ、仮にも<ORACLE>監査官。内心どうあれ表情の操作も完璧にこなすのが、普段のオラトリオだ。こうして素直に思うがままの表情を見せるのは、ごく親しい身内相手に限られる。

己の『家族』たる音井ブランズ、もしくは音井ファミリー相手か、己の半身にして片割れたる<ORACLE>本体――

「俺は認めねえよ?」

その、ごくごく限られた相手にだけ見せる表情で、オラトリオはきっぱりと言い切った。

相変わらず、声は明るく朗らかに、しかしこめかみはひくひくと引きつって。

「『おまえの日』なんつーもんが存在することも認めねえが、それ以前におまえが『ねこ』だなんざ、ぜっっってぇええに!!認めねえからなっ、俺ぁっ?!」

『にゅぅう~……っ』

びしいっと人差し指を突きつけての宣言に応えたのは、閉口したような鳴き声。

『オラトリオ』だ。

オラトリオの相棒にしてすべてたるオラクルが愛玩する、デジタルペット。見た目はねこともたぬきともつかない、短い手足とぽっこりおなかがチャームポイントの、二頭身キャラクタだ。

そう。

『ねこともたぬきともつかない』。

この場合、オラトリオが追求したいのは、そこだ。

オラトリオがびしいっと指差したディスプレイ画面をでかでかと埋めるのは、『オラトリオ』のアップだ。かなりカメラに近づいている。ほとんどくっついているほどに。

その状態で主張したのが、本日、2月22日はねこの日であり、すなわち自分の日である。ゆえになにか祝え、と。

くり返すが、『オラトリオ』の見た目は非常に愛くるしいが、ねこともたぬきともつかない。

ねこと主張したいならすればいいが、しかし、ここに重要な事実がある。

オラトリオにとって、『オラトリオ』はオラクルを巡る最大にして最強のライバルだ。

そんな相手の『日』だなどと祝いたくないし、認めたくもない。

そしてなにより、実際のところ『オラトリオ』は=『ねこ』なのかという、厳密にして深淵なる定義問題――

『にょーっ、にょにょっにょーーーっ!』

「やかましい認めねえったら認めねえおまえなんざ、ぷにぷにで十分だっっ!」

『にょー…………っ』

「なんだとっ?!だれがぶよぶよだっ!!おにーさんのこの、割れわれ分割腹筋見せてやろうかっ?!」

言い合いがエスカレートした挙句、オラトリオの主張はとてもではないが<ORACLE>監査官とも思えないレベルに陥っている。

「やれやれ……」

ディスプレイの中。

オラトリオの在所の隣であり、遥か遠く離れた<ORACLE>に居坐すオラクルは、小さく肩を竦めた。

カメラを占領する『オラトリオ』の後ろから、ひと段落するのを待っていたのだが――この『仲良し』さんたちと来たら、盛り上がってしまってちっとも終わりやしない。

実のところそもそもこの、『にょ』的な発音しかしない相手とオラトリオが、素で『会話』を成り立たせているところがもう、常人の理解を超えているのだが。

「にょー……」

「よしよし」

相手の駄々っ子ぶりに、さすがに呆れたように背を仰け反らせ、『ヒくわー!』を表現した『オラトリオ』の頭を、オラクルはもふもふと撫でてやった。

「大人気ない『パパ』だな、『オラトリオ』」

「にょーっ!」

撫でながら笑って言うと、にたまりと笑い返した『オラトリオ』が大喜びでオラクルに飛びついてくる。軽々と受け止めてやったオラクルは、小さな体をぎゅうっと抱きしめた。

ディスプレイの向こうでは、今度はオラトリオがカメラに張りついているらしい。誰がパパだ、誰のパパだと叫ぶ顔の映り具合が、理解を超える歪み方をしている。

「せっかくオトコマエなのになあ………」

「にょーっ」

まあしかし、それでもやっぱりオトコマエはオトコマエなんだけれど。

と。

愛人甲斐のある盲目的なことをつぶやいたオラクルに、『オラトリオ』が不満そうな声を上げる。

笑ってオラクルは、胸の中に抱く『オラトリオ』の背をあやすようにもふもふと叩いた。

それからふと気がついたように、ぴるぴると揺れる『オラトリオ』の耳を指先で弾く。

「そういえば………私も知らなかったな。おまえ、猫だったのか」