明け染めの光の中、傍らに眠るひとを認めて、オラクルは少しだけ呆れた。
いつ来たのだろう。
もののべるひあかり
「っていうか、起こせよ、来たんだったら」
「起きねえ自分の危機管理意識の低さは、棚上げか」
こぼしたら、即座に答えが返ってきた。
きょとんと瞳を見開くと、眠っていると思っていた従兄弟――オラトリオが、ぱちりと目を開く。
「俺が勝手に鍵開けて家ん中入って、のみならず布団の中にまで入ったってのに、びくともしねえ。どうなってんだ、おまえの危機管理意識ってのぁ」
「それは……」
一度はぱっちりと開いた瞳を、オラトリオは険悪に眇めてみせる。
オラクルは軽く肩を竦めて、済ませた。
「おまえだからだよ。どうしておまえに警戒しないといけないんだ」
「………………」
言って、布団から出る。
お小言がこれ以上続かないのをいいことに、ベッドから降りて伸びをした――ところで。
「んわっ」
「寝てるおまえにあれやこれやと、するかもしれねえのに?」
「あれやこれや?…………ん?」
腰を捉まえられて、ベッドへと戻される。
すとんと座ると、半身を起こした相手がくちびるを寄せてきた。
大人しくキスに応じて、その間もオラクルは一応、考える。
あれやこれや?
「………………とりあえず、おまえがしてまずいと思うようなことは、ないな」
「結論はそれかよ…………」
くちびるが離れたところで言うと、オラトリオはがっくりと肩を落として項垂れた。
しかしすぐに復活し、きりっとした顔を上げると、きょとんとしているオラクルを睨みつける。
「いいや、おまえはわかってない!俺がなにするか、ちゃんと考えてねえだろう!」
「…………考えたけど」
一応。
考えないよりましかとは思うが、周囲の人間いわく、オラクルの考えは寝むに似ているという。
世間知らずのうえにマイペース過ぎて、常識や暗黙の了解をすっ飛ばしているので、まったくシミュレーションの意味がないのだとか。
――おまえはな、考えんでいい。そういう卑俗のことは、あのひよっこに任せておけ。
過保護なあまりに弟妹に近づく不穏の輩を蹴散らしまくり、ご町内最狂伝説をつくり上げた兄ですら、最後にはそう言った。
そうとはいえ、まったく考えないのもどうかしているだろう。
なので、オラクルに出来る限りは考えるのだが。
「おまえはだって、描きかけの絵にいたずらしないし。散らかってるからって部屋の中掃除されても、別におまえだから問題ないし。あとは……」
「やっぱり考えてねえじゃねえか!!」
「え?」
どうやらやっぱり、考えの方向性がずれていたらしい。
叫ばれて、オラクルは瞳を見張ってオラトリオを見つめた。
まあ、それはそれとして。
「オラトリオ、早朝。アパート。祝日。住人いる。壁薄い」
「………………っ」
ぴ、ぴ、ぴ、と指を立てて数え上げると、オラトリオは一瞬、まずい顔で口を噤んだ。
ややして、詰めていた息を吐き出して、頭を掻く。
「今日は何日だ、オラクル?」
不思議な問いに、オラクルは瞳を瞬かせた。なんの関連がある問いなのだろう。
わからないまま、小首を傾げ、オラクルは答える。
「一月一日」
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます」
釣られて、思わず指をついて頭を下げてしまった。しかし最初に放ったほうのオラトリオは、頭を下げもしていない。
意味がわからずに瞳を瞬かせるだけのオラクルを、オラトリオは眇めた目で見る。
「普段は宵っ張りのくせに、どうしてこういう日だけ、とっとと寝てんだよ」
「苦手だから」
「………………」
問いに、迷いもなく答えたら、オラトリオはまたもやため息をついた。
普段は宵っ張りで、よほどのことでもないと丑三つ時を過ぎるまで寝ないオラクルだが、昨日の就寝時間は二十二時――カウントダウンに掠りもしない時間。
「………………わかってるから、来たってのに」
「………」
ぼそりと吐き出されて、オラクルは軽く天を仰いだ。
オラクルに対して過保護なのは、兄だけではない。その兄にすら白旗を掲げさせた、従兄弟。
「ええと、それは……………………ご愁傷様です」
「他人事か!」
どういう言葉も見つからず、とりあえず言ったら案の定、怒られた。
怒られたが、怒られても。
「十一時に来たら、すでに真っ暗だ」
「うん。寝たの十時だから」
「このまんま、犯してやろうかと思った」
「ああうん、別に好きに………………ん?」
お小言をまともに相手にすると面倒なので、適当に相槌を打っていたら、不穏な発言?
黙りこんだオラクルを、オラトリオは冷たい目で見た。
「ほら見ろ。考えてねえ」
「………………」
「物盗りだけが犯罪じゃねえぞ。睡眠姦っつってな、」
「別に好きにしていいけど」
「寝ている…………待てこら」
あっさりこぼされた答えに、オラトリオは壮絶に顔を歪めた。
怖い顔だが、オラクルが怖気づくことはない。
なにしろ、相手はオラトリオ――
「いいよ、おまえがしたいなら。私が起きるかどうかはともかくとして、したいと思ったなら、好きにして構わない」
「…………」
軽く放たれるお言葉に、オラトリオは黙りこむ。
オラクルはそのオラトリオへと、にっこり笑いかけた。
「おまえだから。なにしてもいい。それはきっと、悪いことじゃないから」
笑うオラクルを見つめていたオラトリオは、ややして深い深いため息をついた。ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜてから、平然と笑うオラクルを睨む。
「寝ているおまえでヤったって、愉しかねえんだよ。おまえがちゃんと喘いで、俺の名前を呼んで、しがみついてくるから、愉しいんだ。ヤリ甲斐ってもんがあるんだよ」
「うん」
「悪いことじゃねえもんか。悪いことだ。ばかが…………俺のこと、あんま信じてんじゃねえ」
「嫌だ」
「嫌だじゃねえんだよ!」
苛立ったように吐き出されても、オラクルは怯まない。
にっこり笑って、オラトリオを見つめた。
「嫌だ。おまえを信じないなら、この世で信じるものがなにもなくなる。それがいちばん、怖い」
言い切って、睨みつけてくる顔へと手を伸ばした。強張る頬を撫でて、くちびるの端にほんのりとしたキスを落とす。
「怖いのは、おまえがすることじゃない。おまえがしてくれなくなること。おまえが私の傍を離れて、どこかへ行き、関わりのない人間になること」
「…………」
「おまえを信じることで、私と世界が成り立っているんだ。おまえを信じなくなったら、そこで私と世界のすべてが崩れる。おまえだけが、私と世界の縁なんだから」
「…………………………」
沈黙して答えないオラトリオの肩に頭を凭せかけ、オラクルは瞳を閉じた。
聞こえる鼓動。
掛かる息。
立ち昇る体臭。
「重い」
「だな」
ややして吐き出された言葉にも、オラクルは平然と頷く――そうだろう、重いだろう。
自覚しているから堪えることもないオラクルを、オラトリオはベッドに転がした。
素直に倒れた体に伸し掛かり、諦めたように笑う。
「やられたらやり返す。おまえもちっと、重い思いしろ」
「…………」
言葉の意味を考えている間に、パジャマ代わりにしている服の中にオラトリオの手が潜りこんで来た。
なるほどと納得して、オラクルは頷いた。
「ものは言いようだ!」