ゆふゆふ、くゆる、煙。
行方を、追うのが好きだ。
咥えて、ちょっと歪んだくちびるの形も。
嫌煙運動の広がり著しい昨今だけれど、煙草を吸っている、彼を見ているのが、好きだ。
けむけむヴァーサスラバー
「………」
ああ、でも。
オラクルは、ちょっと首を傾げる。
好き、なのだけど――
困ったなと、思うことも、ある。
煙草、止めてくれないかな、と。
「………オラクル」
「ん?」
じーっとじーっと見つめていたら、咥え煙草でパソコンに向かっていたオラトリオが、ひょいと片眉を上げた。
わずかに顔をしかめて、対面に座るオラクルを睨む。
「用があるなら、口で言え。目で訴えるな」
「キスしたい」
「………」
即行で『口で言った』オラクルに、オラトリオは軽く瞳を見張った。
オラクルはあくまでも真面目な顔のまま、オラトリオが咥える煙草――煙草を咥えるくちびるを、見る。
「したいんだけど、煙草が邪魔だなって」
「…………ああ」
「まさかこんなところで、煙草がライバルになるとは思わなかった」
「………」
あくまでも、真面目。
むしろ、生真面目。
裏返って――も、本気以外のなにものにもならないのが、オラクル。
オラトリオの、従兄弟にして、恋人。
「………そうか」
「うん」
がしがしと頭を掻きながら適当に言ったオラトリオに、オラクルは素直に頷く。
どうしよう。
笑いたい――笑いたいような、頭痛を覚えたいような。
微妙な心地のまま、オラトリオはくちびるから煙草をつまみ出した。灰皿に押し付けて火を消しつつ、ふっと煙を吐き出す。
どうだ、と見ると、オラクルは吐き出された煙の行方を追うことに熱中していた。
――それが、オラトリオの従兄弟で、恋人。
だれよりなにより愛しい、ただひとりのひと。
「オラクル」
「………うん」
呼ぶと、オラクルはとても真面目に頷いて、腰を浮かせた。
ふんわりと顔が近づいて、ちゅっとくちびるに、くちびる。軽く触れて離れて、もう一度。
わずかにくちびるを舐めて、オラクルは離れて行った。
「………ん」
「満足したか?」
また大人しく対面に座ったオラクルを見ながら、オラトリオはちろりとくちびるを舐める。
もう少し、丹念に味わいたかった。
そんなことは、口には出さずに。
味わってしまえば、その先に。
もう少し、もう少し、に、限界はない。
ひとつでも赦せば、だらだらと望んでしまう、もう少し――
「うん。安心した」
大人しく座っただけでなく、オラクルはぺたんと机に頭を落とす。
眠りこみそうな姿勢になって、ほわんと笑った。
「オラトリオは、煙草より、私を選んでくれるんだな」
「…………」
そんなことは、至極当然。
比べるのがそもそも、どうかしている。
恋人は、オラクルただひとり。
ましてや、相手が煙草だなどと。
複雑な表情を晒すオラトリオの前で、オラクルは本気でしあわせそうで、うれしそうだ。
それが、オラトリオの従兄弟にして、恋人――
唯一無二、絶対の相手。
煙草とすら、本気でオラトリオを取り合ってくれる、そんな愛情の持ち主。
「………まあ、な」
横目で見る、煙草の箱。
仕事中はどうしても、吸いたい。
さくさく書いているときはいいけれど、多少煮詰まってきたり、悩んだりしたときは、特に。
今は、吸いたい気分。
だけど。
「仕様がねえ」
「オラトリオ?」
笑って、オラトリオは煙草の箱を自分から遠ざけた。
返す手で、不思議そうにちょっと目を上げたオラクルの頭を撫でる。
「おまえのためだけだ」
「うん?」
「キスしたいときは、遠慮せずに言え。ああいや、したいと思ったら、遠慮しないでしろ。いつでも」
「………」
ぱちぱちと瞬きをくり返していたオラクルは、ややしてふんわりと笑み崩れた。
また机に懐いて、瞳を閉じる。
「そんなことしたら、一生離れられなくなる」
つぶやいて、開いた瞳はやさしくオラトリオを見つめた。
それから、押しやられた煙草の箱を。
「それに、煙草を吸っているおまえを見ているのも、好きなんだ………たまにライバルになるけれど、ね」