「うぃっす」
「…………」
なんの挨拶だ、な挨拶をされて、コードは瞳を眇めた。
じーっとじーっと、防寒着に身を包んで玄関先に立つ相手を見る。
Socks in Santa Claus
「…………なんだよ」
不貞腐れた表情と声で言われて、そんなサンタクロースがいるか、とごく自然に考えてから、自分の思考回路に少しだけ眩暈を覚えた。
「未成年が、こんな時間になにをしている、シグナル」
「………………」
冷静に問われて、シグナルはますます不貞腐れて、俯いた。
家族でのささやかなクリスマスパーティを一通り終えて、一人暮らしをしている弟が家に帰ると言い出した。
その見送りを済ませ、まだ居座っている問題のひとつに対応するために、家族の集う居間に戻ろうとして――
気がついた。
闇に紛れるように、玄関先に立つ人物に。
敵意はない、悪意もない、――としても、夜半のこんな時間に闇にひっそり立つ相手が怪しくないわけがない。
腕に覚えのあるコードは、共に見送りに来ていた妹のエモーションを誤魔化して部屋へと戻らせ、一人外に出た。
ら、いたのがシグナルだ。
「こんな日におまえが夜中に出歩いていては、おまえの家のさんた…………」
不貞腐れているお子様に近づきながら説教しようとして、コードは口を噤んだ。
相手はお子様だ。すでに世界のオトナ事情を把握しかけていようとも。
サンタクロースは、剥いても剥いでもサンタクロース。
遊園地のキャラクターには、中の人、などというものはいない。
その欺瞞すべてを、もはや欺瞞と知っていても――
「良い子にしておらぬと、サンタクロースがプレゼントをくれんぞ、シグナル」
特に、殊の外、シグナルの家の『サンタクロース』は、法的なことに厳しい。
未成年が夜中にふらふらと出歩くなど、決して赦しはしまい。
説教口調をやめて、からかうように笑って言ったコードに、シグナルはますます拗ねた顔になった。
「…………そーやって、子供扱いして…………」
「そういう言い方をするうちは、子供じゃい」
言いながら、そうだ、と思う。
これはまだ、子供だ。
自分などより、遥かに――
「ほら、家に帰れ。おまえの姉が怒っても、俺にとりなしなんぞ出来んぞ」
「……………………」
冷たく凍える頬を軽く叩いて促すと、一度俯いたシグナルは、ぷっくりと膨れたまま、コードへと手を差し出した。
「ん?………なんじゃ、この手は」
「プレゼント」
「…………」
要求されているのだとわかって、コードはわずかに呆れた。
約束もしていなければ、会う予定もない。
用意など、してあると思うのだろうか。
「図々しいぞ、貴様」
「いだだだっ」
凍えている頬を両手でつまみ、捻り上げて脅しを掛けた。こつん、と額を合わせ、痛みに顔を歪めるシグナルを睨みつける。
「わざわざ夜中に出歩いて、他家にまでプレゼントを強請りに来るな。どこのだれだ、そんな躾を施したのは」
「ぃいいっだいっての!!」
慌ててコードの手を振り払うと、シグナルは赤みを帯びた自分の頬を撫でた。
「別に、図々しいことないだろ!」
「図々しかろう。なんの義理があって、俺が…………っ」
ふんぞり返って主張しようとしたコードの頬を、ふかふかの手袋に包まれたシグナルの両手が覆う。
ぐ、と顔が近づいて、間近から真剣に見つめられた。
「………図々しくなんか、ないだろ」
「……」
言葉と共に、くちびるが塞がれる。その冷たさに、コードはふるりと震えた。
シグナルはすぐに舌を伸ばしてきて、薄く開いたコードのくちびるを舐める。表面は冷たく乾いていたが、舌は別人のようにあたたかく、ぬめってコードの口の中に入った。
「…………っふ…………っ」
探られる感触に、コードは身を硬くする。簡単に陥落しては、年上の威厳もなにもあったものではない。
けれど、およそこういうことに掛けては抜群の学習能力を発揮する弟子は、教えたままに教えた以上に的確に、コードの弱いところを突く。
「ん…………っ」
「…………はふ」
堪えきれず、とうとうシグナルに片手が縋ったところで、ようやくくちびるは離れた。
一人できちんと立ちたいが、崩れそうに膝が笑っている。
こんなことでは師匠として威厳が、とかなんとか、他事を考えて懸命に思考を逸らそうとするが、そこをシグナルに抱き締められた。
背中に腕が回ってくるみこまれて、コードは気がついた。
自分の体が、外気によってすっかり冷えていたのだということに。
冷えていると思っていたシグナルのほうから、ぬくもりが沁みこんでくる。
「…………っは…………っ」
思わず喘ぐような声が漏れて、シグナルに縋りついた。
感覚を揺さぶられたあとに、冷えた体を温められるのはつらい。
それも、こんなふうに大事に、宝物のように。
「子供でもさ。………子供だからさ、余計に。会いたいの、我慢なんて、出来ないよ」
「………………」
ぼそっとささやかれた言葉に、コードは小さく笑った。
そうだ、あまりに子供の振る舞いだ。
子供の振る舞いだけど――
「シグナル」
「ん?…………ん……」
声をかけて、冷たい頬を撫でた。軽く口づけて、離れる。
「………気が済んだら、帰れ」
「この状況で、一言目がそれだから、コードってほんっと…………」
がっくり項垂れたシグナルに、コードは素知らぬ顔でくり返した。
「気が済んだらな」
「…………」
相手は子供で、おにぶさんだ。
気難しい『オトナ』であるコードの言葉は空回りして、通じないことが多い。
伝わらなければそれはそれでいいと、コードはシグナルに凭れた。
ややして、シグナルの腕に力がこもる。
「気が済んだらね」
「ああ」
言葉とともに耳朶にくちびるが触れて、コードは今度こそ本当に、心から微笑んだ。