道場に響くのは厳しくも濁りのない、凛とした清明な力に満ちた青年の声だ。

「背筋を伸ばせ背筋が伸びていなければ、腹に力を溜めようもない腰は曲げるのではなく、落とす!」

「はいっ!」

逢々愛人

時刻は、夕方。

コードが師範を務める総合古武道の道場は、現在、学校が終わった小学生や、幼稚園、保育園児といった、年少の子供の部だった。いるのは幼い子供ばかり十数人で、まだ中学生や高校生、その他の大人らしい大人の姿はない。

その中でコードはひとり、ともすれば脱線しがちになる幼い子供弟子たちを上手くまとめ、彼らに古武道の精神と心得などを、実戦とともに教えていた。

――ところに、それは嵐のように唐突にやって来た。

「膝がぐらつくのは――っ?!」

基本の姿勢を教えていたコードは、ばたんと勢いよく開かれた扉から道場に駆けこんで来た相手に腰を抱えられ、肩に担ぎ上げられた。

抵抗する間もなく、道場から連れ出される。

「ごめんなっ、みんなっ!!すぐ返すからぁあああっ!!」

疾風のように飛びこんで来て、師範を肩に担ぎ上げて去っていく相手を、子供たちは呆然と見送った。

コードは強い。

がみがみ爺と陰口を叩いたりなんだりしても、子供たちのそこの信頼はほとんど無条件だ。

その、強いコードを――抵抗する間も与えず、軽々担ぎ上げて去って行った。

体格的にはコードとほとんど変わらないその相手は、子供たちもよく知っている。道場の中では強く、師範代を務めるが、コードよりは弱い。

弱いのに――

「え…………えええ……………っ?!」

「はーい、だいじょぶでーすっおっししょーさまはすぐに帰ってきますから、みなさん、れんしゅー続けましょーっ!」

あまりに突然の出来事に、ひどく遅れてからようやくどよめいた子供たちの間に、明るい声が響く。

声のした道場の扉口へ、一斉に注目した子供たちに楽しげに手を振ったのは、未だ中学の制服姿のニィハオだった。

***

一方、突然に道場に飛びこみ、師範を担ぎ上げて外に飛び出すという暴挙に及んだ方といえば――

「シグナル貴様っなんのつもりでっ!!」

「コード、あのなっ!!」

未だ高校の制服のままのシグナルは、担いだコードを道場の裏手、生垣と自宅に囲まれて見通しの悪い場所に連れ込んだ。

ようやく地面に下ろすと、凄まじい眼光でぎろりと睨みつけてくるコードの肩をがっしり掴む。

「………っ」

高校生になったとはいえ、シグナルはひどく無邪気な性格だった。その瞳は子供臭さが抜けないまま、どこか夢でも見ているような光を宿しているのが常だ。

それが今は真剣な、男臭いと表現したいほどの大人びた光を灯して、コードを見据えている。

思わず言葉に詰まり、息を呑んで見入ったコードに、シグナルは首を傾げた。

ふっと顔が近づき、くちびるにくちびるが重なる。

「ん………っ?!」

あまりに唐突で、脈絡がない。

確かにコードは、この幼馴染みの弟分と一線を越えた仲ではあるが――

「んん………っ!」

一度軽く触れて離れ、角度を変えて、今度は先より深くくちびるが触れ合う。

相手の目的もわからず、大人しくキスされるままになったコードから、シグナルはやはり唐突に離れた。

「ぃよっしっ!」

「は………っ?!」

離れたシグナルは、力強く頷く。拳をぎゅっと握り、なにか納得した風情だ。

「シグナル……?!」

いったいなんなんだと掠れる声を上げたコードに、シグナルはいつもの通り、無邪気な子供顔で爽やかさっぱりと笑った。

「補給万全これで今日も頑張れるっ!!」

「………っぁああ?!」

「じゃあコードっ、僕、着替えてくるからっすぐに手伝いに入るから、先に道場、戻っててなー!」

まったく理解が及ばないコードに構わず、すっきり清々しい笑顔のシグナルはまたも疾風のように走って、道場に戻っていく。おそらくは言う通り、更衣室に行って着替えるのだろうが――

「ぁあああああっ?!!」

――さっぱり意味不明なまま取り残されたコードは、綺麗な顔を困惑と不完全燃焼さに歪ませ、立ち尽くしていた。