融けていたプログラムに境目が出来て、生まれる『個』の意識。
君は我⇔我は君、から、我は我⇔君は君、へ。
カクレカラクリとハタケノカカシ
「オラクル……大丈夫か」
オラクルから分かたれて形作られたオラトリオが、ベッドに横たわったまま茫洋としているオラクルの頬を撫でる。
手の感触。
それを感じることはとりもなおさず、プログラムが完全に隔てられた証。
さっきまでひとつに混ざり合い、融け合っていたオラトリオと、分かたれた証左――
「オラクル」
「ん…」
ささやかれる名前は甘い。そのまま溶けるようだ。
頬を撫でる手に擦り寄って、オラクルは気怠い瞼を閉じた。
世界など滅べばいいと思う。
オラトリオと融け合い、混ざり合ったままに過ごせない世界など。
こうして隔てられて――あまつさえ、逢瀬もままならずに生きる世界など。
「寝るか?」
事後ともなれば、オラクルはひどく疲弊する。対して、オラトリオはかえって元気を取り戻す。
望もうが望むまいが、融け合えば、お互いに押し殺している疲弊を分け合うことになる。
ストレス値が高いのはオラトリオのほうだから、ふたつに割って分けてしまえば、どうしてもオラトリオは楽になり、オラクルには負担が掛かる。
わかっていても、オラトリオはオラクルを求めてしまうし、オラクルはオラトリオを拒もうと思わない。
「仕事のことなら、俺がやっといてやるから……」
明るく跳ねる、オラトリオの声。
わざとだと、わかっている。
オラクルの平穏を守るためにつくられたオラトリオにとって、己の疲弊を受け取って疲れ切るオラクルを見ることは、なにより辛い。
けれど、それはオラクルが望むことでもある――オラトリオの重荷を、共に分かち合いたいと。
ここで後悔に沈めば、そう願ってくれるオラクルをも否定することになる。
だから、オラトリオは明るく声を弾ませる。
後悔などしていない、と。
そんなことをしても、人の感情に疎いオラクルだとて、さすがにわからないではないのに――
頬を撫でる手に手を添えて、オラクルは少しだけ、瞳を開いた。
わずかに苦みの混じる笑顔を見つめ、億劫な口を開く。
「ずっと、おまえと融け合ったままでいられない世界なんて、要らない」
「……っ」
瞳を見張るオラトリオに微笑み、オラクルは瞼を落とした。
世界など滅べばいいが、反面、滅んだら困るとも思う。
二つに裂かれることは果てしなく辛いけれど、自分に触れるオラトリオの感触もまた、ひどく心地よいことは確かなのだ。
この心地よさに免じて、今日も世界の天秤は存続に傾き、オラクルは健やかな眠りへと落ちた。