広がる、八声。
空間を震わせ、伸び上がり、急速に<ORACLE>を包みこみ、呑みこんでいく。
「…………始まったか」
プライヴェート・エリアの大きなベッドに横たわり、オラクルは瞳を細め、片手を掲げた。
<ORACLE>そのものであるオラクルの肌を、辿る手の感触。
慰撫するそれは、うたうオラトリオの声。
ゼンマイ式ハニーとネジマキ式ラバー
オラトリオは現在、本来の姿である影そのものと成って、<ORACLE>を覆い尽くしている。
年に数回、不定期で行われる、<ORACLE>セキュリティのバージョン・アップ。
守護者として日々、ハッカーやウイルスへの対策を練っているオラトリオが、最新の分析に基づき、<ORACLE>自身の防護壁に手を入れ、より堅固に、強固に、つくり変える作業。
「ああ………」
掲げた手が、解ける。手だけではなく、腕が、からだが。
オラトリオは預けられた<ORACLE>を解き、編み直し、組み上げる。
もっとも<ORACLE>が無防備になる瞬間だから、この時間、年中無休・二十四時間営業が売りの<ORACLE>にも、さすがにアクセス制限が掛かる。
そうやってもたらされる、邪魔の入ることのない、ふたりきりの時間。
「オラトリオ………」
言祝ぐ、名前。
空間を揺らすオラトリオの声によってからだが解かれ、開かれ、隠すものもなく、その目前に、すべてが晒される。
開いたオラクルのからだを隈なく撫でていくオラトリオの声は、微細な傷を見つけては、やさしいキスを落として癒す。
大事にくるまれて、守られて、癒される。
そうやって癒されて、隠すものもなく奥の奥まで、開かれ晒されたからだが編み直され、より強固に組み上げられる。
オラトリオの手しか、触れることが出来ないように。
このからだを開くものが、オラトリオ、ただひとりとなるように――
「……………オラクル」
空間に響き渡っていた声がいつの間にか収束し、耳元に、オラクルだけに紡がれる声。
閉じていた瞳を開き、オラクルは片手を掲げた。
形成す手。
「終わったぜ。調子はどうだ」
ベッドに横たわるオラクルの傍らに座った守護者が、大仕事の疲れも見せない、穏やかな声で訊く。
「…」
オラクルは笑った。形成す手を、握って、開く。身にまとう色が、素直な喜色を刷いて瞬いた。
「ご機嫌だな」
オラトリオも笑って、屈みこんだ。オラクルの額に、軽いキスを落とす。
くすぐったさにさらに笑って、オラクルは間近にある紫雷の瞳を見つめた。
「おまえ好みに、つくり直された感じがする」
「………ああ?」
オラクルの言葉に思いきり胡乱そうな声を上げてから、オラトリオは盛大に顔をしかめた。
「またテレビか、この世間知らず……!」
「ははっ」
罵倒にも機嫌よく笑い、オラクルは起き上がった。
伸し掛かっていたオラトリオは素直に身を起こしたものの、なにか不満そうにオラクルを見つめる。
構うことなく、オラクルは手を眺め、今は形作られている足へと、視線を流した。
「少しずつ、少しずつ……………おまえ好みの私に、つくり変えられていっている感じが、する」
「……」
オラトリオは微妙な表情で、ベッドに座るオラクルを眺める。
身長が、わずかに違う。
それだけの差異のはずの、自分たち。
それだけの、はずの――
「嬉しいか」
訊かれて、オラクルは華開く満面の笑みとなって、頷いた。
「うれしい」
「………………はー……………」
無邪気過ぎる、躊躇いの欠片もない答え。
オラトリオは頭を掻くと、オラクルへと軽く凭れかかった。
「オラトリオ?」
「やられた」
心底参ったようなつぶやきに、オラクルは笑ってオラトリオを抱きしめた。