来客用のソファに、ごろりと横になる。
「………ん?」
帽子を取って顔に乗せ、瞳を閉じようとしたところで、傍らにオラクルが立ったのがわかった。
春来たりせば猫が啼き
仕事が空いたと思ったからソファに横になったのだが、緊急の仕事でも入ったのか。
それとも生真面目なオラクルだから、まだ休憩時間じゃないと、責めに来たか。
なんにせよ、応対しないわけにもいかない。
「オラクル……」
どうした、と。
帽子を取って問いかけようとしたオラトリオのからだの上に、オラクルが乗りかかった。
オラトリオとの体格差はほんのわずかだ。本当なら、乗りかかられると呪いたいほどに重い。
しかし根っから電脳空間の住人であり、荷重というものをあまり重視していないオラクルは、今日も自分の「体重」を計算するのを忘れていた。
乗りかかられても、羽のように軽い。
きちんと計算された結果の、正なる体重で乗りかかられると罵倒が飛び出すが、羽のように軽いと、それはそれで不安だ。
ここにいる、触れられる、そのはずの存在が、自分の錯覚のような、覚束ない気持ちになる。
要するに我が儘だ。
それでも。
「オラ………っ?!」
さらに問いを重ねようとしたオラトリオの手を、オラクルの手が取った。のみならず、全身でオラトリオへと沈みこんで来たオラクルは、そのまま境界を融かしてプログラムを混ぜ込んで来る。
「………っっ」
常に熱く猛るからだがやわらかな熱に覆われ、過分にして不快な熱をやさしく慰撫して奪っていく。
呑みこまれると我慢出来ずに、乱暴なほどに掻き回してしまうオラトリオを、オラクルは辛抱強く、従順に受け入れる。
「オラクル」
呼ぼうとしたくちびるがくちびるに塞がれ、そこからも境界が融けて混ざり、声が音が呑みこまれ、オラクルの内部を掻き回す凶器と化す。
ひとつに融け混ざることは、電脳を共有する自分たちにとってなによりの悦楽であり、快楽だ。
その瞬間の安堵と歓楽は、言葉にはし尽せない。
正に戻った。
曲がり撓み歪み、呼吸も覚束ないほどに捻り潰された真が、本来の姿を取り戻して直ぐとなり、正となって生に戻る。
涙が出るほどに耐え難く甘美で、離れがたい。
唐突な行為に驚きはあっても逆らうことも出来ず、オラトリオはオラクルに溺れた。
夢中で貪り、熱を吐き出し、傷つけそうなほどに乱暴にプログラムを掻き回す。
「……っ」
くちびるも声帯も溶けて一体となった、声にもならない声がプログラムを通じて響き渡る。
上げられる悲鳴は甘くかん高い嬌声で、痛みすらあるはずの行為にオラクルが感じているのが、確かに快楽なのだとわかる。
わかればなおのこと、加減も思い浮かばない。
融け合うプログラムがもはや境目も思い出せないほどに強く深く繋がって、オラトリオはひたすらにオラクルを味わった。
***
「……………どうした」
ややして離れたオラクルに、オラトリオは短く訊く。
オラトリオが抱える過負荷の熱を受け止めて怠いのはオラクルで、事後は常に、ひどく辛そうにしている。
それでも求めてくるのはオラクルだから応えるが、前触れも断りもなく伸し掛かってくる、今日のようなやり方は珍しい。
ひどく怠そうにしながらもオラトリオの上から降りたオラクルは、わずかにローブの乱れを直し、軽く前髪を梳き上げた。
「したかった」
たった一言で答えて、平素と同じようにカウンターに戻る。
中に入るとペンを取り、ウィンドウを展開して、再開される仕事。
ソファに寝そべったままその姿を見つめ、オラトリオは片手を掲げた。小さく、指を蠢かせる。
軽い。
指だけではなく、からだのすべてが。
オラクルが、オラトリオの抱える負荷をすべて受け止めて、呑みこんだ――その証左。
「オラクル」
名前だけを呼んだオラトリオに、オラクルはウィンドウからわずかに目を離して、笑った。
「おまえの熱が欲しかった。からだを灼かれて、重さに喘いで、掻き回される痛みに悲鳴を上げて。――全身で、おまえを感じたかった」
「………」
こぼされる声はあっさりとしていて、熱っぽさの欠片もなく、甘さがあるのはいつもの通りで、特に普段と変わったこともない。
オラトリオはため息をつくと、落ちていた帽子を拾い、顔の上に掛けた。
「発情したんだな」
ぼそりとつぶやく。
届くか届かないか、微妙な声音。
ファイルの滝雨が降ろうが構わないと、オラトリオは帽子の下で目を閉じた。
耳に届いたのは、オラクルが上げる、怠くはあっても幸福な笑い声。