――5、4、3、2、1、0!!
――A HAPPY NEW YEAR!!!
ぴこぴこ∞にゅーいやー
宙に浮かんだウィンドウのひとつからけたたましい歓声が上がり、新年の幕開けを祝うひとびとが映し出される。
「んにょ~~~~~」
そのウィンドウの後ろに、ぽっこりおなかに異様に短い手足の、ねこともたぬきとも判断のつかない微妙なキャラクターが現れる。
指があるのかないのか疑わしい、小さな両手に構える、ピコピコハンマー。
――YEAHHHHHHHH!!
「にょぉお~~~~ん!」
浮かれ騒ぐウィンドウに、頭上高く構えられたピコピコハンマーが、勢いよく振り下ろされる。
ぴっこん!!
気の抜ける間抜けな音とともに、新年の歓びを伝えていたウィンドウが消えた。
「にょっ!」
やり切った顔で、キャラクター:『オラトリオ』は胸を張る。
そのままの姿勢でくるんと執務机を振り返って、しかしすぐにがっくんと肩を落とした。
「……」
人類の叡智の結集と呼ばれる、電脳図書館<ORACLE>。
その管理人は、新年が明けたことにも気がつかぬげに、一心にペンを繰り、仕事に没頭している。
『オラトリオ』の活躍も、目に入っていないようだ。
「にょ…………」
――5、4、3、…………
「にょにょっ!!」
存在を訴えかけて、『オラトリオ』は慌てて顔を上げた。
新たなるカウントダウンが始まっている。
それもそのはず、現在<ORACLE>には、世界各地を映し出すウィンドウがそれぞれ起ち上げられ、その新年を伝える番組にチャンネルが合わされている。
時間軸のずれから、ひとつのウィンドウを潰したところで、次から次へと世界は新年を迎え、――
「にょぉお………っ」
ピコピコハンマーを構えた『オラトリオ』は、気忙しげに図書館の出入り口を窺った。
反応なし――
――0!!A HAPPY…………
「んにょぉおおおおおお!!!」
まるで親の仇に対してでもいるかのような烈迫の気合いとともに、『オラトリオ』はピコピコハンマーを振り上げる。そして勢いままに、歓声を上げるひとびとを映すウィンドウへ。
ぴっこん!!
音こそ間抜けだが、祝福に溢れたウィンドウが一瞬にして消し去られ、空間には静けさが戻る。
「にょぉお………」
しゅぅう、と息を吐き出してピコピコハンマーを納めた『オラトリオ』だが、その顔は仕事をやり遂げた悦びに輝くことはない。
微動だにしなかった執務室の扉を見やり、一心に仕事に向かう管理人を見やり、がっくりと肩を落とした。
「……………………にょー…………」
力なく鳴くと、『オラトリオ』はぽてぽてと体を揺らして歩き、大好きな管理人、オラクルのいる執務机へと向かった。
意外にも器用に机に登ると、『オラトリオ』に気がつくこともなく仕事に没頭するオラクルを、上目遣いに窺う。
「にょ………」
「……ん」
わずかに遅れて、オラクルは顔を上げた。
そうでなくても情けない顔を、さらに情けなくしょげさせている『オラトリオ』を見て、軽く瞳を見張る。
その手が提げている、ピコピコハンマー。
そして空間に浮かぶ、ウィンドウの残数。
「…………ははっ」
明るく笑うと、オラクルはしょげ返る『オラトリオ』を抱き寄せ、その頭を撫でてやった。
「いっぱいやっつけたね、『オラトリオ』」
「にょ」
褒められたのに、『オラトリオ』はいつものように得意満面になることはない。
項垂れたまま、指があるかないかわからない手を握ったり開いたりし、結局は開いた状態でオラクルへと突きつけた。
――わかりづらいが、残りのウィンドウの数を数え、オラクルにその結果を示しているのだ。
「………うん」
ここにもうひとりの『彼』がいればきっと、怒涛のツッコミを入れたに違いないが、オラクルは笑って頷いた。
「そうだね。あともうちょっとだね」
西暦の暦に従い、一月一日に新年を祝う国は、確かに世界的には多い。しかしすべての国がというわけでもなく、そして祝うに祝えない国もある。
そういった国を差し引いていって、映し出される新年待ちのウィンドウの数は、残り少ない。
それなのに、オラクルが共に新年を祝うべき相手は、未だに現れない――
「にょー…………っ」
「ああ、泣かない、泣かない………私は大丈夫だから」
悔しそうに声を潤ませる『オラトリオ』に、オラクルは苦笑した。
強がりでもなんでもなく、オラクル自身には本当にこだわりはない。ただ、人を待たせている相手のほうが、そういったイベントをひどく気にしているのだ。
それに合わせているだけだから、別に今日を逃したところで、悲嘆に暮れるというものでもない。
だというのに、そのイベント好きの彼の身代わりとした、単純なプログラムキャラクターである『オラトリオ』が、まるきり彼そのもので、共に祝えないことを嘆くから――
いっしょに悔しくなるより、なんだかおかしくなってくる。
――5、4、3、……
「ああ、ほら」
悲嘆に暮れる『オラトリオ』をなんとか慰めようとしていたオラクルは、響いてきた新たなカウントダウンの声に顔を上げた。
「また……」
「んっにょぉおおおおお!!!」
間抜けな顔で、間抜けな声だ。
しかし確かに怒りに塗れて、『オラトリオ』はオラクルの胸から顔を上げ、ピコピコハンマーを構え直した。
中世の武士もかくやの勢いで、新年を祝おうとしているウィンドウへ向かっていく。
――NEW YEAR HAS COME!!
「にょぉおおおおんっっ!!」
ぴっこぉおおんっっ!!
格別の音が響き渡り、ウィンドウが消える。
いかる肩を苦笑して見ていたオラクルは、ふっと顔を上げた。
遥かに高く、見通すことも出来ない天井の――その空間が、捩れて歪む。
感じる、巨大なデータの感触。
「………」
ふっと瞳を細めると、オラクルは腰を上げた。
と同時に、歪みがデータを吐き出し、高速で練り上げられたCGは、待望の相手をつくり上げた。
「おかえり、オラ…………」
「っっ」
皆まで言うより先に、床に着地するかしないかで飛んで来た体に、加減もせずに抱きすくめられた。
同じような体格であるはずだが、伊達の守護者ではない。さすがに痛い。
「オラトリオ、いた…………ん」
苦情を上げようとしたくちびるは、言葉も吐き出せなくなっている戦慄く相手に塞がれた。
いつになく強引にプログラムを捻じ込まれ、荒らされる。
眩暈を覚えるほどに感覚を弄られたが、オラクルは笑っていた。
ある程度でなんとか落ち着いた守護者がようやくくちびるを離すと、笑みを浮かべたまま、オラクルはいたずらっぽく瞳を輝かせた。
「…………まだ、新年は明けてないぞ」
「ああ?………あー…………ったく。なにやってんだよ、おまえ………」
オラクルのささやきに訝しげになったオラトリオは、宙に浮かぶ片手に満たない数のウィンドウに気がついて、はっきりと眉をひそめた。
抱き締める腕に力をこめて、ため息をつく。
「寂しいことしてんじゃねえよ」
「寂しいことなんかない。楽しかった」
「ああん?」
どうやら直前まで仕事に追われ、もう少しでオラクルと共に新年を祝えないところだったオラトリオは、現在、やさぐれモードらしい。
いつになく行儀悪く吐き出してから、自身を落ち着かせようとでもいうように、ひとつ深呼吸した。
しかしその努力も、虚しい。
オラトリオはきっとして、足元を睨みつけた。
「いい加減、やかましいわ、おまえ!!」
「にょーーーーっっ!!」
ぴこぴこぴこぴこぴこぴこ∞と、オラトリオの足にピコピコハンマーを打ちつけていた『オラトリオ』は、鼻息も荒く鳴いた。
あるかないかわからないが、おそらく首と思われる場所をつまんで、オラトリオは興奮気味の『オラトリオ』を目の高さに持ってくる。
「おまえなあ、ひとがようっっやく来られて、これからってときにっ」
「にょぉおっっ!!」
がなるオラトリオに、負けじと『オラトリオ』も鳴く。
手に持ったままのピコピコハンマーを振ってウィンドウを示し、返す手で近場のオラトリオの頭をぴこぴこと叩いた。
「った、このっ、まぬけたぬけのおとぬけ!!」
「まぬけたぬけの、おとぬけ…………?」
オラトリオの罵倒をくり返し、オラクルは少しだけ考えこんだ。
ややして、その顔がぱっと輝く。
「ああ、『オト』抜け…………ってことはつまり、『オラトリオ』じゃなくて、『ラリオ』?」
「にょぉおおおお!!」
オラクルの解説に、『オラトリオ』は憤然として体を膨らませた。
オラトリオはそんな『オラトリオ』をつまんだまま、べっと舌を出す。
「ヒゲでも生やせ、中年おやぢ!」
「にょぉお!!」
さらに激しくなる間近の抗争に構わず、オラクルはことんと首を傾げた。
「………………確かに、体型は似てるかもしれないけど………」
ぽつんとつぶやいてから、はたと気がついた顔で、宙にあるウィンドウのひとつを見る。
――5、4、…………
カウントダウンが始まっている。
オラクルは瞳を輝かせると、自身の鏡であるキャラクターと睨み合うオラトリオの顔を、強引に自分に向けさせた。
「オラク………」
――0!!A HAPPY…………
ウィンドウが叫ぶと同時に、オラクルは伸び上がって、オラトリオのくちびるにくちびるをぶつけていた。
どうも、近場の地域のウィンドウが残っていたらしい。
ひとつのウィンドウだけでなく、複数のウィンドウから、わずかずつ時間がずれて、次から次へと歓声が上がる。
「…………」
「…………」
溶け合いそうなほどに互いに溺れていたふたりは、ややして歓声が落ち着いた頃に、ようやく離れた。
オラクルはとびきり明るく華やかに、オラトリオへと笑いかける。
「明けましておめでとう、オラトリオ!今年も、よろしく!!」