「っらあああ!!今度こそぉおっ!!」
叫びとともに、杖から紫雷が迸る。
最大威力となったそれは電脳空間を揺るがして基盤を駆け抜け、目標に違うことなく絡みついた。
トランスフォーマー・シンドローム
「っっ」
放ったオラトリオ自身が目を傷めそうになるような閃光とともに、紫雷は相手を締め上げ、焼灼しようと火花を散らす。
永遠にも思える、短い時間。
一際派手な火花とともに、勝敗が決する。
「…………まさか、そんな」
宙に浮かんでいながら、それでも膝が崩れかけた。
喘ぐオラトリオの、目の前。
『へのへのもへじーーーーーーーっっ』
――新種のウイルスは、傷ひとつつくことなく、そこに威容を誇って在った。
打つ手がない。
もはや、思いつく限りの手は尽くしたのだ。だというのに、未だに傷ひとつつけられず、ほんの数ミリの後退すらさせられていない。いやむしろ、正しく言うなら、前進を止められていない。
「………っ」
喘ぎながら、オラトリオは背後の気配を探る。
背中に守るのは、与えられた義務以上の存在。
職責からだけでなく、自分が望んで心から守りたいと思う、大事な相手。
誰よりも、なによりも愛を注ぐ相手――
「オラトリオ!」
「下がってろ、オラクル!」
図書館の姿を取る<ORACLE>の、境界ぎりぎり。
外に出られないオラクルがそれでも、長時間に渡っての苦戦を強いられているオラトリオを案じて、赦されるぎりぎりのところに出てきている。
怖さを誤魔化すためだろう。愛玩している、たぬきだかねこだかよくわからない2頭身キャラクタ:『オラトリオ』をぎゅうっと、胸に抱いて。
いつもなら、仕事中の俺の傍でいちゃつくな!と腹も立つところだが、今日はそうはならない。
怖いだろうに、かわいそうに――
胸を締め上げるように、哀れみと、不甲斐ない自分への憤りがこみ上げる。
図書館の奥でぬくぬくと、安穏と守られているだけでいい存在が、守護者を案じて、力になれることはないかと、境界にまで出てきた。
ウイルスへの耐え難い嫌悪と恐怖、そして境界が叫ぶ『モドレ』の声に、懸命に抗して。
「俺は、電脳最強の、守護者だ」
挫けかける心に、オラトリオは言い聞かせる。
背後に立つもの。
守るべき相手。
愛し愛される、唯一のひと。
「俺はっっ!!」
叫んで、杖を振るう。
打つ手がなく、無駄でしかなくても。
しかし、懸命なオラトリオを嘲笑うように、ウイルスはその体を震わせた。
『へーのーへーのーもーへーーーじーーーーーーーっっ』
「ぅわぁあああああああっっ!!」
「オラトリオぉおっ!!」
震動で跳ね飛ばされ、オラトリオは無様に基盤に転がった。
境界に押し込まれた体は、咄嗟には立ち上がることもままならないほどにダメージを受けてしまう。
思わず駆け寄ってきたオラクルが、膝をつく。しかしなにかをするより先に、はっとしてオラトリオが飛ばされてきたほうを見た。
「ち、…………っくしょっ!しくったっ」
ひどくノイジーな声で、オラトリオは自分を罵る。
跳ね飛ばされ、オラトリオは境界を突き破ってしまった。オラクルが固めていた防護壁に、穴を開けてしまったのだ。
『入り口』を見つけたウイルスが、歓び勇んで穴へと寄って来る。
「お、おらとり、おっ」
「くそ………っ、くそぉおっ」
恐怖に雁字搦めとなって動けなくなったオラクルと、衝撃で未だに動かない己の体と。
ウイルスが、入り込んでくる。
<ORACLE>に――<オラクル>に。
『へーのへーのもーーへーーーじーーーーっっっ!!』
高らかに勝利を宣言するウイルスの、威容。
なんと忌まわしくおぞましく――そして、自分のなんと力ないことか。
目の前で、誰よりも愛するひとへの蹂躙を赦すのか。
電脳最強の冠を戴いた自分が、――力及ばず。
「くっそぉおおおおおおおおっっ」
「んっにょぉおおおおおおっっ!!」
オラトリオの絶叫に、力を失わない雄叫びが重なった。
「え、わっ、『オラトリオ』?!」
「なにっ?!」
オラクルの胸に抱かれていた『オラトリオ』の体が、ぱっと光を放つ。
神々しくすらある閃光は、一際強く輝いたかと思うと、境界を越えようとするウイルス目掛けて飛び出し、基盤を駆けた。
「んにゅぉおおおおおおおおんんんっっ!!!」
『へのへのもへじーーーーーーーっっっ』
派手な爆発音が轟き、ウイルスが外へと押し出される。
一瞬、その閃光のあまりに強いことに目を閉じたオラトリオは、すぐに開いた瞳を、さらに大きく見張ることになった。
「なに…………?!」
「お、『オラトリオ』?」
オラクルも、呆然としてつぶやく。
境界に出来てしまった穴の前に立つのは、ハニー・ブロンドの髪をなびかせる痩身。すらりとした手足は長く伸び、肉づきは薄いあまりに華奢ですらある。
後姿からでは、少年とも少女とも見分けのつかないその姿は、けれど誇りと力強さに満ちて、脅威に立ちはだかった。
「おらくるにワルイコトするやつは、にょむが赦さないにょっ!!」
――その力強さからは、想像もつかないような愛らしい声が上がり、彼、もしくは彼女は、呆然と座り込むオラトリオとオラクルを振り返った。
やはり少年とも少女ともつかない、ユニセックスで愛らしい面立ちが、頼もしく笑う。
「まかせろにょっ!でんのーさいきょーのがーでぃあん:『おらとりお』が、必ずおらくるをまもるにょっ!!」
「や、やっぱり、『オラトリオ』………!!」
「いったい、なにが………」
衝撃に身動きできないオラトリオへ、ヒューマン・フォームを取った『オラトリオ』は、びしりと人差し指を突きつけた。
「そこでへたれて見ているがいいにょ、ぱぱ!!でんのーさいきょーのがーでぃあん:『おらとりお』の活躍を!!」
告げると、ウイルスへと向き直る。
その華奢な体に力が入り、光を帯びた。
「んにゅぉおおおおお!!すぅーぱぁーにょむにょむぅうううううう!!!」
雄叫びとともにその体は、閃光と化して基盤を駆け抜け――
『へのへのもへじーーーーーーーーーーっっっ』
派手な爆音と、一際強い光が空間を支配し、揺るがせた。
光が消え去ったあとに、威容を誇ったウイルスの姿はなかった。跡形もなく消し去られ、片鱗すら残っていない。
代わって誇りに満ちて立つのは、少年とも少女とも区別のつかない、華奢な体――
小さな体だったが、自信に満ちて力強く立つその姿は、なによりも頼もしく映った。
「おらくるのことは、にょむがまもるにょーーーー!!誰も彼も、おそれをなして平伏すにょっ!!我が名は、でんのーさいきょーのがーでぃあん:『おらとりお』ぉおっっ!!!」
***
「……………と、いう、夢を見た」
カウンターに向かって座り、懊悩も著しく吐き出したオラトリオを、オラクルは憐れむ瞳で見つめた。
纏う色が静かに明滅し、伸びた手がやわらかにオラトリオの頭を撫でる。
「疲れているんだな、オラトリオ…………かわいそうに」