たぶん、抱かれたかったのだ。それが、本来的な自分の姿だと、わかっていたから。
自分の前に現れた、バンドルの亡霊――亡霊だと、わかっていた。空の体が、ウイルスの巣窟と成り果ててしまったことも。
これは、自分のパートナーではない。
形だけの、残骸。
わかっていた。
理解していた。
それでも、狂おしいほどに抱かれたかった。
愛ぐみの庭
「浅ましいものだと、我ながら呆れた」
電脳の庭でも、コードとエモーションが丹念に設定を掛け、世話をして育ててきた。
長く暮らしてきた『家』の縁側に座って花の溢れる庭を眺めながら、コードは笑う。
傍らに座って聞いていたシグナルは、首を傾げた。
「そうかな?」
「なにが『そうかな』だ、ひよっこが」
無邪気な声に、笑って腐す。
そのコードに、シグナルは手を伸ばした。首を撫でる、手が融けて、コードのプログラムに直に触れる。
「………っ」
びくりと震えながらも、コードがシグナルの手を振り払うことはない。掻き混ぜられるプログラムの感触にも、くちびるを噛んで堪えた。
「………っふ、ぁ………っ」
「ね」
「ぁ………っ」
それでも堪えきれずに吐息をこぼしたところで、シグナルが同意を求めてくる。その間にも、プログラムは掻き混ぜられ続けていた。
コードは咄嗟に声にもならず、潤む瞳でシグナルを見つめる。
シグナルはコードから手を離し、わずかに浮くグリッドを見つめた。ちろりと指先を舐めてプログラムを安定させ、グリッドを沈めると、余韻に頬を染めるコードへと困ったように笑いかける。
「………なんだかんだ言っても、コード、僕に逆らわないよね」
「………なんじゃと」
きっと瞳を尖らせたコードに、シグナルは自分の指先を見つめた。
「僕の好きにさせるだろ。体も、知識も、全部僕に渡して」
「………」
それは、そうだ。
自分はサポートプログラム――シグナルをより高みへ、導くためには己の出し惜しみなどしない。
複雑な顔のシグナルは、瞳を尖らせたまま、しかし暴力には訴えて来ないコードへ視線を向ける。
「………『パートナー』を見たら、体を融かして欲しいと思う。それが、たぶん、『コード』なんだよ」
「………」
「だってそもそも、融け合うのがいやだってなったら、サポートのしようもないだろ。MIRAのない時代だって、思考を同期させなきゃ、完全にはサポートに入れないんだから。そこでまず、パートナーに『融かされる』のがいやだって思ったら、初っ端からつまづくことになっちゃう」
確かめるようにゆっくりと言いながら、シグナルはコードを見つめ続ける。
希望を宿し続けるプリズム・パープルの瞳の中に、自分が揺らぎながら映っているのが見えて、コードは視線を外せなくなった。
「だからコードは、『パートナー』を見たら、体を融かして欲しいって思うように、セットされてるんだよ。………たぶん、だけど」
「…………ひよっこが」
言い終わって、伏せられた瞳からも目を離さず、コードは罵る。
「ひとのことを、淫乱扱いしおって」
「コードのせいじゃないよ」
即座に言葉を返し、シグナルはコードへと身を乗り出した。押されるままに縁側に倒れ、コードは伸し掛かるシグナルを見上げる。
「………でもコードが淫乱っていうのは、否定しないけど」
「な、ぅっ」
瞳を尖らせたところで、シグナルの指が再び首に触れた。
抵抗する間もなく、プログラムが解かれて融かされ、シグナルを受け入れる。
「ぁ……っあ、っく」
体の中を、掻き混ぜられる。深奥まで探られて辿られ、コードは息を上げた。
それでも手を振り払うことはなく、シグナルの好き勝手を赦している。
「コードのせいじゃない…………でも、この体は、『淫乱』だ」
「ぁう………っう、ふ……っ」
シグナルが、ぽつりと言葉をこぼす。
耳には入って、意味もわかって、けれどコードはいつものようにシグナルを仕置くことが出来ない。
プログラムが融けている。
パートナーに。
――パートナーの手によって、プログラムが融かされている。その、絶大なる安堵感。
「『パートナー』であれば、だれにも開かれるんだから――」
「っ」
落ちた言葉に、かっと瞳を見開いた。
反射で振り上げた手。
払い飛ばそうとした手を、シグナルは空いていた手でしっかりと受け止め、その甲にくちびるを当てた。
「――コードのパートナーは、今は僕だ」
「っひ、よっこ、の……っ」
蕩ける声を、懸命に罵倒に染めようとした。
コードの中に、シグナルはさらに潜りこみ、深奥のプログラムを鷲掴みにする。
「僕以外のだれかを見て、語り、融けることは、赦さない」
「――っっ」
コードは言葉にもならず、衝撃のままに思考が弾けた。
***
「……………無茶をしおって」
ややして意識を取り戻し、コードはぼそりと吐き出す。
そもそも、意識を飛ばされたことがもう、業腹だ。
業腹だが、さすがにそこまで感覚を揺さぶられると、目を覚ましたところで咄嗟には体が動かない。
さらに腹立ちが募るが、コードの体を後ろ抱きにしていたシグナルは、師匠の怒りの気配を感じても逃げようとはしなかった。
ただ、抱く腕に力をこめて、頷いた。
「うん。ごめん」
「――ごめんで済めば、警察はいらん」
「うん」
ひどく幼いしぐさで頷いて、シグナルは小さく吐息をこぼした。
「やさしくしたいんだ、コード………ほかの人みたいに。コードの自由にして、コードの好きなようにして――そう思うのに、すぐに赦せなくなる。コードがだれか別の人のことを話していると、心がとげとげして、我慢できなくなる」
「………」
稚拙な言葉に、コードは鼻を鳴らした。
プログラムを探り、揺さぶる手は巧みだった。責め方の堂に入っていることと言ったら、末恐ろしい以外のなにものでもない。
「未熟者が」
罵るコードに、シグナルは抱く腕にますます力を込める。
「うん、ごめん」
しょげ返って謝るのに、コードは怠い体を反し、シグナルに伸し掛かった。
素直に受け止めて見つめてくる瞳の中に、笑う自分が映っている――その笑みは、確かに淫蕩で、こんな『子供』に向けるものではない。
それでも我慢ができないから、淫乱と呼ばれても仕方がないのだろう。
新しいパートナーとは違って『大人』であるコードはあっさりと割り切り、まっすぐに見つめてくる体にしなだれかかった。
「謝る間に、縛れ。俺様が自由が欲しいなどと、いつ言ったか。好きなようにというなら、それこそ、おまえに縛りつけろ――俺様がサポートするべき、パートナーに」
「………」
きょとんと瞳を見開いたシグナルに凭れ、コードは肩口に顔を埋める。首に口づけると、一瞬びくりと揺らいだが、すぐに頭に手が回された。
動物でも撫でるような手で、髪が梳かれ、頭を撫でられる。
心地よさに瞳を細めたコードの中にシグナルはそのまま融けこんで入り、プログラムをあやすように蕩かした。