『なえなえ変柄おぱんつ大作戦』なるものに参加するという。
月並みな感想だが、
「ニンゲンのやることって、わかんねえ………」
とても素直にぼやくソードは、小型省エネタイプの魂モードだ。そうやって疲れ果てたようにぼやくと、非常に愛らしい。
ゴッドフリート
それはそれとして、ソードにはそもそもひとつ、疑問があった。
「大体ニンゲンのぱんつってか下着ってよ、ガラの問題以前で、形っからおかしいだろ?」
「形、……ですか?」
きょとっとした声を上げたのは、同じく省エネモードのイオスだ。その視線が、すぐ傍らに座る神無に向かう。正確に言うと、ベッドヘッドに凭れ、だれんと足を伸ばして座る神無の、その股間。もとい、下着がある辺りだ。
思い返すに、双魔というとロクな下着が思い浮かばないが、神無はいわば、『普通』だった気がする。ごくシンプルかつシックな――
悪魔の意図が読めずに首を傾げる天使に対し、『おかしい』呼ばわりされた人間の双魔のほうが、先に理解の声を上げた。
「ああ、そうかも!魔界のひととか天界のひとって、どっちかっていうと、ふんどしタイプが普通だもんね?ソードさんも悪魔装束だと、そうだし……トランクスとかボクサーとか、確かに見慣れない形だよね、きっと!」
「『ふん』、?」
「ふんっ………」
明るく説いた双魔に、返って来たのは三者三様の反応だった。
イオスは理解の色を浮かべたが、今度はソードが疑問符を飛ばす。そして神無はお人形さんな小型省エネモードの天使と悪魔へ、交互に視線をやった。とても正確に言うと、二人の股間に。もとい、下着がある辺りに。
なんにせよ、ことが明快になった感はなく、逆になんだか非常にこう――微妙な空気が。
「まあ、……正確には、ふんどしとは少し、違うんですが……」
「『ふんどし』って、なんだ?!」
苦笑しつつもごもごと言ったイオスに、微妙さを察知したソードが牙を剥いて叫ぶ。
ちょっとした威嚇のポーズだが、この場にいる三人――天使のイオスはもとより、人間である神無にも、この中ではもっとも非力な双魔にすら、利かない。
いや、この場において『悪魔ソード』をもっとも恐れていないのが、双魔だと言えた。
体を共有しているとかなんとか理由はさまざまあるが、表に出す言動ほどにはまったく、ソードを恐れていないのが双魔だ。
ために双魔は警戒心もなく、そして悪意も他意も故意も存在しない無心の――つまり、なにも考えないまま、思った通りに口を開いた。
「ふんどしっていうのはね、ソードさん!っんぁ?!」
「いい機会だから訊きたい」
本日も元気いっぱい、己のハカアナ掘りに邁進する双魔を後ろからがっしと抱えこんだのは、神無だった。
軽く首を極め、強引に双魔の無自覚な舌禍を止めると、華奢な体を己の膝の間に抱きこむ。
「かんな~……」
「………」
「………ぅぁ、はい………」
痛い苦しいと苦情を上げた双魔だが、無言で向ける神無の視線に言葉にされる以上のものを読み取り、口を閉じた。
そうやって双魔の口を塞ぎ、神無は改めて、ぷよぷよ宙を飛んでいるソードを見据えた。
「オレにはそれ以上に、どうしてもわからないことがある」
「ぁん?」
なにか誤魔化そうとしているなと、ソードは警戒心も露わに毛を逆立てる。
構うことなく、神無は顎をしゃくって、ソードの傍らに浮く天使を示した。
「なんで毎回、わりと素直にコイツにヤられている?」
「あ?」
「ちょっ?!ちょちょちょ、んなっ、なにをっ?!」
慌てたのはイオスで、ソードはあまりに意想外の問いに、きょとっとしただけだった。
きょとっとして毒気も抜け、真っ赤になってあぶおぶと宙を転げ回り、言い訳を探すイオスを見る。
神無に目を戻すと、ソードはむしろ不思議そうに答えた。
「堕天すンだろ?悪魔をヤりゃあ」
「そっ?!そそそ、そーーーーーどっっ?!」
気負うところもないごく当然としたソードの様子に、イオスは絶叫した。絶叫したが、それがなんの感情に由来するものなのかは、よくわからなかった。わからないが、これまでになくダメージが大きい気がする。
そのイオスにうるさげな視線を投げつつ、ソードは肩を竦める。
「まあ確かに、オレだって卑怯なやり方だとは思うけどよ……できれば拳で叩き落としてやりてぇけど、しぶといからな、コイツ!だから」
「そー……っ」
イオスはなんだか青くなり、仰け反り、後ろを向いて頭を抱えた。非常に泣きたいような気がするが、やはりどうしてそんな気分なのか、よくわからない。わからないが、なにかのゲージが危機だ。いろいろ。
そんな天使と悪魔の反応を冷静に観察していた神無は、ふんと鼻を鳴らした。
「してねぇじゃねえか。堕天」
「あー……」
実際、今もイオスの背にある羽根は白い。純白だ。黄ばむこともなく、輝かしいばかりの白だ。
これが黒に染まるのは神無が力を振るったときで、イオスに替われば即また、清廉なる天使――白に戻る。
敗北を示唆した神無に対し、珍しくもソードは咬みつかなかった。いつもであれば負けん気の塊となってぎゃんぎゃん吠え散らかすというのにだ。
ソードの目はどこか諦念を宿して、神無が腕の中に抱えこむものに向けられた。
一見乱暴に、しかし切実な思いとともに、懸命に守られるもの――愛されるもの。
「そいつの、ぱんつ……」
「魔柄のか?ってまさか、呪具なのか?!」
「んなわけあるか!!」
ひくりと引きつった神無に、ソードは即座に叫び返した。
ただしこの場合、神無の思い違いに慌てたわけではない。その腕の中で、まあとりあえずくつろいでおくかと、のんびりしていた相手だ。
自分の力では双子の兄にまったく抗しきれないとはっきり理解していて、隙を突くために偽りの降参をしてみせている、双魔だ。
神無が『呪具』の可能性を示唆した途端、かわいらしいお顔がとても輝いた。それはもう、眩いほどだった。
腕の中の異常に神無も気がつき、緩みかけていた力を戻す。
「神無かんな、ぎぶ!ぎぶ……っ!」
ツブれると、掠れる声を上げる双魔を無視し、神無は余計なことを言わせたソードを厳しく睨む。
「じゃあ、なんだって」
「キレんだよ」
「そーーーっっぷきゅっっ!!」
隠し立てする気もなく打ち明けようとする悪魔に、慌てたのは清廉潔白の身たる天使だ。正確には『清廉潔白の身でありたい』だが。
慌ててソードの口を塞ごうとしたが、素早く伸びた神無の手に容赦もなく握られ、あえなくツブされた。
上げた声は愛らしいが、うっかりすると内臓が飛び出す暴挙だ。さすがにソードと互角にやり合う天使なだけあって、イオスはなんとかツブれずにはいる。
が、意識は眩んでいるらしい。ぴよぴよぷよぷよと、頭の周囲に飛ぶ星とヒヨコが見える。かなり末期だ。
ソードはさりげなく翼を羽ばたかせ、神無から距離を取った。
そのうえで、吐き出す。
「イオスな、キレんだ。見ると……悪魔柄だろ?こんなところにこんなものを隠しているなんて、なんたるボートク?的な?とか、なんたる不遜の挑戦かとか、まあとにかく、キレんだな」
「あ?」
イオスが最中にキレて、だからなんだと眉をひそめた神無に、ソードはようやく、口ごもった。もごもごもごと口の中で言葉を転がしてから、わざとらしい咳ばらいをひとつ、吐き出す。
神無からぷいっと目を逸らすと、聞き取れるぎりぎりほどの早口で続けた。
「だからキレんだろ。そうすっと、お仕置きモードに入んだよ。お仕置きモードってことは、肉欲に溺れてるわけじゃねえし、どっちかってーと、討伐的な意味に切り替わるから」
「………ほーーーーーぅ………」
ほのかに目元を朱くして暴露したソードに、神無は目を細めた。手の中で握り潰し刑中の天使を、ちらりと見る。
意識がなくて、かわいそうだ。わりと報われていることが判明しているのに。
だからといって拳を開いてやることはなく、神無はしきりと翼をばたつかせている悪魔に目を戻した。
とても雄弁な視線に、ソードはぶわわわっと全身を朱に染める。
「っても、いつかは堕天させるっ!オレが勝つっ!勝つっ、がなっ!!」
ぎゃんぎゃんぎゃんと吠えてから、ソードはまたも、ぶいっとそっぽを向いた。後ろめたさ満開に、ぼそっとこぼす。
「けど、なんかいっつも、タイミング悪ぃんだよな……そいつがサカるときに限って、特に極悪なガラのやつ、穿いてたりとかさ……」
こぼしてから、完全に神無に背を向ける。中空で小ザルがごときヤンキー座りを開陳すると、ぶつくさぶつくさと続けた。
「毎回まいかいまいかい、天使とも思えねえほどらんぼーだし、痛いっつーの!お仕置きったって、それはそれで堕天していいんじゃねえのか、アレは………」
微妙に聞こえるか聞こえないか、瀬戸際のつぶやき声だったが、神無は別に、そこまでは聞きたくなかった。しかして手の中で握り潰し中のイオス相手には、多少の憐憫の情が浮かぶ。
だから、聞いていれば良かった。
かなりとても『報われている』と、ものすごく理解できるのに。すべてのゲージが回復すること、間違いなしだ。
「やれやれ………ごちそうさん」
「ぅ、わわっ、イオスさ……っ!」
なんだか非常に疲れ切った神無が手を緩めると、咄嗟には回復しきれないイオスがぽとりと力なく落ちた。その頃にはずいぶん自由を獲得していた双魔が慌てて手を伸ばし、そんなイオスを受け止める。
膝に乗せて軽くマッサージして回復を促してやりつつ、双魔はほんわりと笑った。無垢で清廉で、それこそ天使のように愛らしい笑みだった。
そのまま無心に、つまりはまったくなにも考えず、口を開く。
「ソードさん、イオスさんのこと好きだし、イオスさんに痛くされるのも、大好きだもんねー」
「んなっ………っ?!」
「………え?」
絶句し、石と化すソードと。
タイミングよく、意識を取り戻したイオスと――
「あー………」
神無はふっと、窓の外を見た。いい天気だった。まだ日も高い。
「そういや最近、バイク転がしてねえな……」
「神無?」
面倒極まりない嵐を前に全力で逃避を試みる双子の兄を、腕の中の双魔は無邪気な笑みで見上げる。向けられるのは、無垢な信頼だ。
このひとはきっと、自分を痛めつけないという。
なにがあっても、絶対に自分の味方で、守り人だと。
「あー……」
いっそヤりたいと疼く下半身と、間近に迫る逆ギレ悪魔の喧しさと、有頂天になった天使のうざったさと。
いろいろなものを天秤にかけつつ、神無は舌禍の神を抱く腕に力をこめ、小さな頭にごとりと、頭を落として懐かせた。