わらびワラビーわさび

下着の柄が変で、萎えるという。

「その程度で萎えて、おまえと付き合えると思うのか」

「わあ達樹、真顔だ。すんげえ真顔だよオトコマエ度120パー超えくらい!!惚れる!!」

「なるほど」

特に招きもしない俺の部屋に図々しく上がりこんで来た聡は、ある意味いつも通りはいつも通りとはいえ――なぜか現在、正座だ。俺のベッドの上、まんまん中に。

わりとなんでもそうなのだが、なぜこうも中心点を攻めたがるのか、こいつは。

まあどうせ、寝るとき以外にベッドに上がることもない。俺が自室でもっとも多くを過ごすのは、勉強机に付属の椅子だ。今も結局、ここに座っている。

なのでその間、だれがベッドを占領しようがいいといえばいいが、――

そこは一度、とりあえずとして脇に置き。

ベッドの上でくねる聡に、俺はこっくりと頷いた。

「ということは、俺はおまえと相思相愛だと思っていたわけだが、実は片想いだったということだな」

「はえ?」

きょとんとする聡に、俺は椅子に座ったまま、ことりと首を傾げる。

「そうだろう『今』惚れたんだろう違うか。今、『惚れる』、もしくはこれから『惚れる』んだよな未確定的事項として……」

「達樹さんたつきさんたつきさん、比喩表現俗語表現とでも言うか、俗語の中でもある一定の事象を説明するに使われる……」

「わかっているから、逐一説明するな。必死か。ジョークだ」

「じょぉおおおおおおくっっ!!」

大体が大袈裟な聡だが、今日はさらに騒がしく大袈裟だ。

叫びながらばったんと、ベッドに倒れてそのまま、布団に埋まった。このままなし崩しに、昼寝にでも突入したい気か。

確かに昼間、休日であっても俺はベッドに自堕落に転がることはないし、使用の予定はない。ベッドは夜まで空白地帯であり、その空間は遊ばせていると表現してもいい。

だからといって、聡の昼寝場所として提供していいわけでもない。いや、それは大いに構う。

言ってもマンションの、狭い個室だ。俺が普段使う家具でいっぱいいっぱいだから、もう一脚、客用の椅子を置くのは厳しい。

だからまあ、客用の椅子代わり、もしくはソファ代わりに使われるくらいなら、許容する。

が、そこで呑気に昼寝されるのまでは、許容の範囲外だ。なぜといって、聡だ。涎を垂らしそうだ。

ジョークだが。

「ぅうう、達樹……俺のこの溢れて留まるところを知らない愛の深さと大きさを、思い知らせてやろうか……」

「おまえの愛に深さや大きさがあるかどうかは知らないが、勢いだけはあることは、認めてやってもいい」

「わあやったぁ許可が下りた?!」

「『許可』?!」

微妙に不穏な予感を覚え、俺は胡乱な目で聡を見た。

現金な聡は勝手な解釈から元気を取り戻し、ぴょんこと跳ねるようにベッドに起き上がっている。

と、いうか。

わりと初めのほうからずっと、気になっていることがあるのだが。

「なんの許可も下ろしてないし下りていないし今後下ろす予定もない。が、ひとつ訊かせろ」

「迂闊にオッケーって言うといろいろアレな気がするけど、おけおけおっけー達樹さんが俺に関して訊きたいことがあるってんなら、なんでも訊いてなんでも答えちゃうよスリーサイズとか!!」

「要らん訊かん。そもそもスリーサイズを訊かれて即答できるのか、おまえは」

答えられるとしたら、それは非常に素直に言って、気持ち悪い。

なにがといって、俺も聡も男だ。高校生男子。

スリーサイズ問答が日常化している(*註:と思われる)女子ならともかく、普通、この年代の男というものは――いや、ありとあらゆる年代の男は、自分のスリーサイズなど、気にもしたことがないはずだ。

ウエストサイズだけを気にするとか、胸筋サイズだけを気にするとかいうのはあっても、少なくとも情報を三つ揃えることはないはず。

胡乱な目をするだけでなく、椅子の上で若干引いた俺に、聡はにっこり笑った。

「この場でストリップして、目の前で計測するに決まってんじゃん?!なんたって達樹さんは疑い深いもんね俺がソラで答えてみせたって、絶対、『適当なことを言ってるんだろう』ってなるじゃん?!だから目の前で計測して、疑いようもない今の実寸値を見せて上げるし!!」

「おまえに関しては、素直が美徳だと思ったら大間違いだからな?!」

俺は足を飛ばし、ベッドの側面を蹴っ飛ばした。聡はけらけらと笑っている。

しかし概ね反論しようもない。聡の分際で。

確かに俺は疑い深いし、それが聡となれば、おそらく目の前で見せられてもなにかしら疑うぐらいだ。

だから本当は、実寸値など見たところであまり意味がないと言えばないが、少なくともソラで答えられる数字よりは反論も少ない。

が、ストリップだ。そう、ストリップだ。

「なんで脱がない?」

「え?」

訊いた俺に、聡はきょっとんと目を丸くして固まった。珍しいくらい、鈍い反応だ。こいつはとにかく、反応から先に生まれてきたと思えるくらい、なんであってもとりあえず反応するというのに。

「え達樹さん?」

「だから、なんで脱がない?」

こんな単純な言葉が理解出来ないとはどういうことだと思いつつ、俺は非常に忍耐強く、同じ問いをくり返した。

俺の部屋で、俺のベッドのまんまん中に陣取る聡だ。服を着ている。

上下ともだ。シャツもスラックスも、だらしなく崩すことなくきっちりボタンもファスナーも締めて。

確か今、『なえなえ変柄おぱんつ大作戦』を実行中のはずだ。

趣旨や諸々はとりあえずするとして、ルールだけを簡潔明瞭に説明する。あくまでも、俺が理解した限りということだが。

つまり、聡が『変柄ぱんつ』、おかしな柄の下着を身に着ける。それを俺に見せ、俺が聡に対してげんなりとすればいいと。

しかしだから、聡は服を着ているのだ。上下とも。シャツもスラックスも、特殊素材の透ける布というわけでもなく、ごく普通に量販店で買えるものだ。

下着などまったく見えない。

「そもそもおまえ、下着を見せに来たんだろう俺が下着を見ないと、話が終わらないんだろうなのにおまえが服を脱がずに下着を見せなければ、この阿呆ったらしいイベントが、いつまで経っても進まないし終わらないだろうが」

懇切丁寧に噛み砕いて説明してやった俺に、聡の瞳にぱっと光が戻った。言いたくはないが、喩えて言うなら知性の光だ。理性のと言おうか。

どちらも聡に存在していないはずのものなので、戻りようもないのだが。

ようやく理解が及んだ顔で、聡はこくこくと頷いた。

「あー、ああそっちそっち?!」

「ほかになにがある」

憮然として言い、俺はベッドに座る聡を上から下から見た。鼻を鳴らす。

「まあしかし、言わせてもらうが………そもそも存在からして変もといおかしいもとい変だっていうのに、今さら下着ごときで、おまえがどうなるって言うんだ大体にして普段、まともに下着を穿いているのか?」

「ヘンって二回も言った?!そんなにそこ大事?!ねえ大事なのそこ?!ってか達樹たつきたつきさんっ今の言い方だとまるで、俺が普段まともに下着を穿かない=ノーパン主義みたいに聞こえるけど、実はそうなの達樹の頭の中では、俺ってそうなの?!いやん意外と」

「誤魔化しはいい」

まくし立てる聡の戯言を、俺はきっぱり打ち切る。じっとりした目で聡を見据えると、殊更にゆっくりはっきりと言葉を押し出した。

「もう、穿いたんだろうなんで、ここぞとばかりに服を脱いで見せつけず、ずるずると時間を引き延ばしているなにが狙いだ?」

「………」

逃がす気のない迫力で訊いた俺に、聡はにこにこと空白の笑いを浮かべていた。おそらく今、高速で思考を空転させ、適当な言い訳もとい、詐欺を考えているのだろうが。

わかっていてもただひたすらに沈黙とともに待っていた俺に、やがて聡が根負けした。がっくり項垂れて、ベッドに手を突く。だけでなく、丸くなるねこのように、ごろりと転がった。

そうやってベッドに懐きながら、めそめそぐじぐじと布団を弄る。

「だって、だってさ、達樹………っ俺たちまだ、ちゅうしかしてない、しかもそのちゅうも、口にちゅっちゅってやるだけの子供かおいっていう、清いにもほどがある仲だってのに、ヤったこともないうちからナエられるってナエナエってこれでさらにナエられたとか、もう、いくら俺でもっ………っっ」

そこまではどうにか吐き出したものの、募る感情に言葉が呑みこまれたらしい。絶句した聡は、そのままベッドに埋まってぐずぐずべそべそとしている。

ハナミズが――いや、それも問題だが、のっぴきならず大問題だが、それ以上に。

そんなにベッドに懐いたら、においが移る。

夜、寝ようと布団に入ったら聡のにおいが――

そんなのは困る。

聡は誤解しているが、俺は別に、枯れてもいないし仙人でもないし、聖人でもない。単に、学生の交際は健全であるべきという、信念に基づいているだけだ。

だから、困る。

困るが、とりあえず。

「まあ、なんだ。おまえもそこそこ、苦労しているようだな………」