「え」
一義が、そうでなくても大きな瞳をさらに見張った。こぼれそうだ。かわいい。
「春木、一昨日誕生日だったのぉ?」
匣の中の林檎
「ああ」
どこか呆れたような響きに、首を傾げる。
それがなんだというのだろう。高校生の一義が年を取るのと違って、俺くらいの年齢にもなると、一歳一歳にあまり意味はない。
俺は手元のプリントにサインを書き入れ、もう一度中身を確認した。
クラス担任にもなると、面倒な手続きが多い。初めは煩雑でいやになったものだが、こうして放課後の教室に、クラス委員長である一義とふたりきりで居残れる理由が他愛なく見つかるとか、最近はメリットも多いことに気がついた。
「なんで言わないのぉ?」
「言う必要があるのか?」
不思議に思って訊き返すと、一義はむくれた。そっぽを向いて、手元のプリントを見つめる。
…ちょっと待て。
なんでこんな、不機嫌になるんだ。俺はそんな重大な間違いをしでかしたか?
「一義」
「プレゼントあげるくらいのことはぁ、してあげてもいいのにぃ」
恨みがましい声で言われる。そんなこと言われても。
「欲しいものは貰えないんだ。適当なお茶濁しなんか貰っても困る」
「なにそれぇ」
机を挟んで向かいに座っている一義が、身を乗り出した。下から、睨むように顔を覗きこまれる。
…その角度は止めたほうがいいと思う。無意味に男を煽る。
「そんなたっかぃものをたかるつもりなわけぇ、生徒っからぁ?その心がうれしいよとかなんとかぁ、たまには社交辞令のひとつも言ってみたらどうなのぉ?」
甘い声で詰られて、俺はため息を噛み殺した。
適当な人間になら、そうもする。社交辞令だろうが口から出まかせだろうが、いくらでも言おう。
だが、相手が一義ではだめだ。
一義に、嘘を吐くとか。適当な言葉で誤魔化すとか。
それで、素直に騙された一義を見るとか、もう…考えただけで、吐き気がする。
一義には、なにも隠さない俺でいたいのだ。
俺を偽りたくない。
近づくきっかけこそ騙すような形になったけれど、それ以外のことで、一義を謀るようなことはしたくない。
たとえどんなに幻滅されても、理想とは程遠くなっても――。
それでも、一義が傍にいてくれて、この甘い声と瞳で、俺のことを詰ってくれたら。
「一義、ひとの命ひとつって、高いよな」
「それを教師が確認してる時点で、日本の教育は終わってるわぁ」
「教育終末論は官僚と政治家の政争道具であって、実論じゃないぞ」
「だれがそんな話をしているかぁ」
呆れたように尖った一義のくちびるに目が吸い寄せられる。ああ、キスしたい。触れたい。願わくば、俺一人に開かれるその扉であるように。
欲しいものは、一義だ。
一義を、俺一人のものにしたい。俺の家に閉じこめて、外と遮断して、いつでも俺一人のことを考えて、俺一人を感じて、俺一人を欲する一義にしたい。
でも現実的に考えて、一義はまだ高校生だ。親元から引き離すには、ちょっと早い。なにより、せっかく入った高校を卒業もできずにドロップアウトするのでは可哀想だ。
一義も人並みに大学まで行こうとは考えているようなので、それまで俺の願いはお預けなのだ。
大学を卒業したら俺一人のものになるっていう約束だけでも貰うっていう方法もあるけど、そんなふうに願いを口にした瞬間に、俺が我慢できなくなる。
いつか約束してくれたなら、今すぐでもいいんじゃないかって、考えてしまう。
だから、願いは口に出せないし、それ以外に欲しいものもないから、適当にお茶を濁すこともできない。
そこまで考えて、ふと気がついた。
「なあ、一義。おまえ、もしかして、俺の誕生日祝いたいの?」
「…」
ねめつけられた。だめだって、そんな目つき。今すぐ押し倒して、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。
「春木にはそれなりにお世話になってるからねぇ。おめでとう言うくらいはしてあげてもいいかなってレベルだけどねぇ」
「別にめでたいこともないだろう」
「…そうだねえ。人間失格状態でこの年になりましたとかぁ、むしろ恥ずかしい黒歴史だよねえ」
とげとげした口調で言って、一義は再びそっぽを向いた。機嫌が悪い。
なんとか宥めたいところだが、仕事中だ。
快楽には素直な一義だが、仕事中に手を出すと烈火のごとく怒る。かくなるうえは、一秒でも早く仕事を終わらせるしかない。
「…」
プリントの束を捲る俺の耳に、一義のため息が聞こえた。視線を投げると、一義は顔をしかめて立ち上がる。俺の傍らに立つと、肩を押した。
「一義?」
首を傾げながら姿勢を変えると、足元に跪かれる。手と顔がいっしょに伸びてきて、股間に擦りつけられた。
「…一義?」
「まぁ、あんたなんかこんなんで十分だよねぇ」
つぶやきながら、歯を立てられる。服地越しの、もどかしい刺激。
ジッパーが下ろされ、手が下着の中へ潜りこんで来る。すでに熱くなり始めているものを掴みだすと、躊躇いもなく口に含まれた。
「んぅう…むぅ」
「…っ」
たどたどしい舌使いだったが、甘い鼻声と潤んだ瞳、歪む顔にそそられた。べったりと唾液をなすりつけられて、それを吸う水音にも煽られる。
「ぁ、はぅ…んんぁ」
太く熱くなっていくものを、懸命に舐めしゃぶる一義は、とてつもなくかわいかった。
俺のものを弄っているだけなのに、自分が弄られているかのような嬌声をこぼすのも堪らない。床についた尻が、もぞもぞ蠢いて、これ以上なく誘われる。
「一義」
「…くちんなかぁ、だして、ねぇ」
「…っ」
なにを言っているんだ。
思いきり煽られて、俺のものが素直に膨らむ。一義は苦しそうに口の中にそれを押しこみ、咽喉奥へと突っこんでは、引きずり出す。
苦しそうなのに、どこか陶然としたその表情。
ちゅるる、と先端を啜られて、裏筋を指で辿られて、我慢できなかった。
「出る、ぞ」
「んん」
口の中に出せ、と言われても、ばか正直にそうするのは抵抗があって腰を引いた俺に、一義は器用に吸い付いてきた。
舌を先端に差しこまれて、揉まれる。きつく吸われて、誘われるように吐精していた。
「…っんん、ん…っ……ぅふぁ、んぁう…」
「…っ」
啼きながら、一義は口の中に受け止めた。歪んだ顔が、わずかに膨らむ。涙を滲ませながら、咽喉がごくりごくりと嚥下していくのが見えた。
「一義」
「…ぜんぶ、のんだからねぇ」
顔を上向けさせると、ぱか、と口を開けて、舌を出した。残滓が纏わりついているものの、確かにきれいに呑みこまれている。
「気持ち悪くないか」
「まっずぃ」
顔をしかめる一義の体を抱え上げて、膝に乗せる。生徒用の小さい椅子が軋んだが、聞かないふりだ。そのまま、突き出された舌を口に含んだ。
いつもどこか甘い一義の舌が、確かにひどく苦い。
「んん…っふ」
苦しげに息を継ぐ一義が、膝の上で尻をもぞつかせた。キスを止めて視線をやると、ズボンの前が膨らんでいる。
「苦しいだろ」
手を伸ばすと、ぱしりと叩き落とされた。
「だめぇ。あんたの誕生日プレゼントなんだからぁ。ひとのことはほっておきなさいぃ」
「…」
なんてことだ。うっかり、プレゼントされてしまったのか?
ちょっと固まった俺に、一義は熱い吐息をこぼした。
「なんかあんたって、プレゼント溜めこむと、ものすごくたっかぃもの要求されそうな気がするんだよねぇ。欲しいか欲しくないかは別としてぇ、こまごま分割払いしないとやばい感じがするぅ」
「…」
ひと一人の命が高いことは、さすがに俺だってわかるんだ。
この先の一義の生涯全部貰う気なら、それがどれだけ高いかってことも。
見透かされ感と、防衛線を張られた感に、俺はため息をついて項垂れた。