「一義、ここ」
にこにこと笑いながら示された場所は、春木の膝の上。
あのさあ、なんで俺は担任教師の膝の上でマンガを読まなきゃいけないわけ?
探索型ウォーカロンSIDE一義
半眼になってそこを指摘しようとしたけど、やめとく。春木は強情で、しかも巧妙だ。
なんだかんだ丸めこまれて、好きなようにされる。
「一義」
放課後の数学資料室は春木お気に入りの作業場所だ。パソコンを持ちこんでは、採点やらプリント作りやらをやっている。
といっても、椅子も机も入れていない。あくまで床座。パソコンも床に直置き。
座布団のひとつも持ちこんでいないところが、物事にこだわらない春木らしいと思う。
「…」
半眼になるだけはなって、大きくため息をついて、本意じゃないことだけは主張してから、俺は春木の膝に腰を落とした。
作業する春木の邪魔になるように、横抱き状態で、利き腕に思いきり体を預ける。もう片方からは足をぶらんと出して。
仕上げに画面が見えないようにマンガを広げて、読み始めてやった。
この状態で作業できるもんならしてみろ。
「一義、寒いか」
「さむーいぃ。暖房ない部屋で作業するおばかのせいでぇ」
「俺は一義抱くからあったかいんだ」
なに言ってるかな、このおばか。背中は寒いじゃん。
春木は羽織っていた背広を脱ぐと、俺の腰に掛けた。
「…あんたねえ。担任が風邪で率先して休むとか、なしにしてよぉ?」
「一義があったかいから平気」
だめだ。ほんとおばか。
俺はため息をついて、遠慮なくというよりは力いっぱい意識して、春木に体重を預けた。マンガに見入って、春木の反応なんか見えませんのポーズ。
それでも春木が笑うのがわかって、ちょっとムカ。
作業妨害してんだから、もう少し困れ。
「♪」
鼻歌すら歌い出しながら、春木は器用に片手でパソコンを操る。
しまった。このおばかは無駄な才能に溢れているんだった。もしかして、両方利き腕とかありか?
試みが失敗に終わったらしいことにまたため息をついて、仕方なくマンガに意識をやる。
春木が自宅から持ってきたこれは、俺が気に入ってる魔法少女もの少女マンガの作者が、別雑誌で昔書いていたとかいう、怪盗少女もの。
全二十二巻だから、少女マンガでは結構なボリューム。アニメにもなったとか春木は言ってた。
俺が幼稚園かそこらのときだから、さすがに知らない。
「♪♪」
押さえつけてやった利き腕を器用に動かした結果、マウスを操れるようになった春木は、空いた手を俺の腰に回した。ご機嫌の鼻歌も絶好調のまま、背広の下に潜りこんだ手が、心もち開いた腿を撫でる。
手は腿から、付け根へ。付け根から、局所へ。躊躇う様子もなく、踊るようにタップを踏んで、絶妙な強弱をつけて勝手知ったる俺の体を開いていく。
あ、やっぱりこのおばか、両利きっぽい。くそ。
「…んぅ」
片手で器用にズボンのファスナーを下ろし、春木の手が直に俺に触れる。
ああ、このおばかってほんと無駄に器用。俺みたいに経験値底辺の子供なんか、まったく歯が立たない。
「ふぁ、んっ」
堪える気もない嬌声が俺のくちびるから零れる。どこから発声してるのか不明なファルセット。
ズボンから取り出したものに、春木は愉しそうに愛撫を加えていく。
どこで経験積んだのか知らないけど、動きに無駄がない。早漏とかなんとか嫌な単語が頭を過るけど、春木に触られるとびっくりするくらい早く達してしまうのが現実。
「んぅあ、ぁあん」
嬌声を零しながら、春木の胸に顔を押しつける。春木が旋毛にキスを落とすのがわかった。
マウスを離した手が、俺の顎に掛かって、顔を上向かせて。
「失礼します」
「…っ」
ごんごんごん、というノックの後、ろくに返答も待たず、資料室の扉が無遠慮に開かれた。
って、このおばか教師!鍵もかけないでこんなことし出すって、どこまで常識ないんだ!
「あ、柴山じゃん。探した?」
固まって息も継げなくなってる俺に対し、春木は実に堂々としたものだった。
興奮一転縮み上がった俺のものをひと撫でしてから手を抜き出し、扉のところに立つ訪問者――同じクラスの柴山に無邪気に笑いかける。
プリントの束を持った柴山は、親友といるとき以外のデフォルトである鉄壁の無表情。
「探しません。田野内先生に伝言を残したでしょう」
「田野内センセに辿りつくまでの探索の過程も含めて言ってるんだけど」
「…そうですね。田野内先生、俺たちとなんっの関係もないですからね」
そうだよな。クラス委員長やってる関係で、うちの学年に関わりある教師の名前は一通り知ってる俺が、田野内先生なんて知らないし。
別の学年の先生っぽい。
興味範囲と交際範囲狭そうな柴山じゃあ、他学年の先生はきつくないか?
なんの、に物凄く力を込めて言った柴山に対し、春木は無邪気に声を弾ませた。
「机の上に残した謎のダイイングメッセージの解読から始まる超推理ゲーム。愉しかっただろ?」
「…期待に副えず申し訳ありませんが、解読してません。ゆえに愉しんでいません。一瞬です」
「…なんだ。郷田がいっしょだったのか」
春木の声がようやく残念そうに沈んだ。
ここまでのあほ会話を聞いていて、俺もどうにか落ち着く。というより、開き直る。
体勢はもう、どうにも言い訳しようがなく春木に抱きこまれている。
高校生男子が担任教師に膝抱っこされてる時点で、言い訳は無駄だ。
どう突っこまれても言い訳が成り立たない以上。
俺は閉じかけていたマンガに視線をやる。中身は入って来ないけど。
「郷田は部活だろうから、柴山ひとりで来ると踏んで仕掛けたのに、誤算だな」
「計算が甘いことでご愁傷様です」
てこてこと傍に来た柴山は、乱暴ではないが丁寧でもなくプリントの束を春木に渡す。鉄壁の無表情は動かない。
いや、俺をちらりと見て、ちょっと動いた。
「和田、それ、きゅあきゅあの六巻あるか?」
「…きゅあきゅあ?」
なんの暗号だ。
頭の働きが鈍っているので、一瞬考えこむ。
それ、つまりこのマンガ。このマンガ…の作者の最新作の魔法少女が唱える呪文が、きゅありー・きゅあらん☆→きゅあきゅあ?
「違うよぉ。これは同じ作者の別の話」
「じゃあ、六巻はいつ出る?」
ごくまじめに訊かれて、俺は状況を忘れて目を見張った。まじまじと柴山を見てしまう。
柴山と言えば、教科書ガイドやら参考書やらを読んでいる姿しか見たことない。親友のほうはクラス中からマンガを借りまくって読んでるけど。
「五巻自体が今月出たばっかりだからぁ…あと六か月は出ないよぉ。ていうかぁ。柴山、読んでるのぉ?」
「読んでない」
きっぱり否定して、柴山は屈んでいた背をまっすぐに直した。視線が、ちょっと遠くを見つめる。
「うちのジャ○アンが和田に借りて読んでるだろう。続きが読みたいとうるさいんだ」
「ああ、郷田がぁ。なぁる」
親友のことを、うちのジャ○アン、と腐す柴山の顔は、デフォルトの鉄壁無表情が崩れてやわらかい。
我が儘に手を焼いているという話なのに、なんだか孫自慢みたいに聞こえる。
「だったらぁ、雑誌買ったらどぉ?単行本の続きから読めるかどうかは微妙だけどぉ、毎月ちょっとずつ読めるしぃ」
「…なるほど。その手があるか。悪いな」
「いいよぉ、別にぃ」
生真面目に礼を言われて、俺はぷらぷら手を振る。
柴山はまた鉄壁の無表情に戻ると、俺を抱えたままプリントを確認している春木を見やり、軽く頭を下げた。
「じゃあ、帰ります。失礼しました」
「明日、郷田なしで再チャレンジな」
「…あれが許したら」
プリントを振って無茶を言う春木にもう一回頭を下げて、柴山は出て行った。
ていうか、すごい普通に会話したけど。
なにこの滅茶苦茶スルー?!
「…あんた、なに仕掛けたのさぁ」
動揺したまま、訊かなくてもいいことからまず口走った俺は、見上げた春木の顔つきにちょっと黙った。
不機嫌。
…ちょっと、あのさあ。
俺が不機嫌になるのはわかるけど、なんで不手際働いた春木が先に不機嫌になってるとか。
扉に鍵掛けなかったのは、明らかにそっちの不手際じゃないの?
それで邪魔入っても、俺悪くないでしょぉが。むしろ俺のほうが。
「ちょっとぉ?なに不機嫌になってんのぉ、おばか。教師の分際で生徒より先にぃ」
「…」
「…えー…」
なにそれ。一瞬で上向いたよ、このおばか。
理由もわからず不機嫌だった春木は、理由も定かでなくご機嫌に戻った。
プリントを放り出した手が、再び腰に掛けた背広の下に潜りこんで、すっかり萎え萎えの俺に触れる。
「ちょ、その前に鍵」
「だいじょうぶ。もう誰も来なーい♪」
「そんな保証ないでしょぉが。あんたもう少し自分の立場とか考えてぇ…んんぅ」
説教しようと上を向いたのが間違いだった。
ご機嫌のチェシャ猫のように裂けた春木のくちびるが無防備な俺の口を塞ぐ。
口の中も所詮は性器なんだなと思い知ることに、春木の舌で口の中を撫でられると、下半身にまた熱が篭もってくる。
「ぁう…」
口の中と下とを同時に弄られて、俺はあっという間にぐずぐずになった。
抵抗するだけ無駄なんだ。春木は強情で巧妙で、自分の好きにするんだから。
「ぁあん…っふぁんっ」
「♪♪」
くちびるが離れて啼き声を上げると、春木は上機嫌で鼻歌を零した。上向かされたままの顔にキスの雨が降る。器用な手は未熟な俺を的確に追い上げていく。
「ぁん、春木ぃ」
「うん。名前。ちゃんと呼ぶこと。達くときは特にな」
「ぁう、おばかぁ、ぁあんっ」
「それも好きだな」
迷うな、どっちがいいだろう。
あほなことをつぶやいて真剣に検討し出す間にも、春木の手は俺を追い詰めている。
なんだこの余裕。腹立つ。
俺なんて、背広の下からこれでもかと水音が響いてきて、耳が死にそうだっていうのに。
「両方とかどうだ」
「ぁんん、や、イくぅ、春木ぃ」
どうだって、ほんとおばかなんだから。
今の俺にそんなのに応える余裕なんてないんだってことをまずわかれ。
暗に、イキたいからよろしく、と強請った俺の耳に噛みつき、春木の手は激しさを増した。
「ひぁあぅんっ」
一際かん高い悲鳴を零して、俺は我慢せずに射精した。
自分の手でイったときとはまったく別格の快感に全身が震える。神経が波立って、シャツに擦れる乳首までじんじん痺れる。もどかしい。
「ぁはぅ、春木ぃ…」
「ぐちゅぐちゅだ、一義」
譫言みたいに名前を呼んでやると、うれしそうな声が応えた。
ち、全然堪えてないな。
嫌がらせのために、背広を除けないで射精してやったのに。
いくらかは春木が手で受け止めたにしても、ぴったり張りつく背広は無事じゃ済まずに、汚れたのに。
「背広ぉ」
春木のことだから気がついてないかも、と思って指摘してやると、黙ってればそこそこ男前の顔がでれでれと崩れた。
「うん。一義のが付いた。びっしょり」
「…」
だめだった。俺が確信犯っていうより、春木のほうが確信犯だ。
「ちゃんとクリーニング出してよぉ」
「…」
念を押すと、視線が移ろった。…このど級変態が。やっぱり洗わないつもりだったな。
そのまま、誤魔化そうとするように手が肌を後ろへと辿っていく。濡れた指が、快感の余波でぴくぴく痙攣する窄みを撫でた。
揉まれて、息が上がる。
「はやくぅ…」
あとでもう一度、きちんと誓約を取りつけることにして、とりあえず目先の快楽に飛びついた俺に、春木はいたずら小僧の顔でくちびるを舐めた。
「誰も来ないけど、さすがにこれ以上は鍵を閉めよう」