いと愛しアイアンメイデン

ふとマンガから顔を上げて、ベッドサイドの机で勉強している達樹を見る。

「…」

いやさ、訂正。

勉強していたはず、だ。

「めずらし」

思わずつぶやく。

勉強していると終わるまでは集中を切らさないのが達樹なのに――寝てる。

机に伏せって、教科書を顔の下に敷いて、すいよすいよと安らかな寝息。

半ば見えている顔は、いつものしかめっ面から、天使のような愛らしさ…………いやうん、起きてるときもかわいいけどね。

まあ、拳が飛んでこない安全さが、天使と喩えたくなる由縁と言おうか。

「……………………ふへへ」

いかん。

すっげえデレた笑いが漏れた。

いかに達樹さんが俺を溺愛していても、それに甘えきったらだめだ。

たぶんすっげえデレた笑顔とか見ても、「なに気持ち悪い顔してるんだ」とか言いながら、ほっぺた染めていっしょに笑っちゃう達樹さんだけど。

ええ、そうなの?!いやもう、マジで達樹さん、俺のこと溺愛じゃね?!溺愛って言葉が弱々しく聞こえる激愛ぶりじゃね?!

「っしゃ」

燃料が十分補給されたとこで、ベッドに座り直す。手を伸ばして、達樹の肩を揺さぶった。

寝てる子を起こしたいわけじゃないけど、どうせならベッド使えばいいじゃん。

俺のベッドに達樹さん。

ああうん、今夜は眠れないフラグが立ってる。

でも眠れなくていい。眠れなくてもいいから、とりあえず、今この寝顔を存分に堪能させて。

「達樹、たーつーき」

「んん………」

「ごふっ」

むずかるような達樹に、いろいろ汁とか魂とかが飛び出しかけた。

普段が普段なだけに、こういう無防備かつ無邪気な様子を見せられると、破壊力倍増だ。

汁と魂を口の中に押し戻し、俺は腹に力を入れて再び達樹の肩を揺さぶる。

「そんなとこで寝ないで、俺のベッド使いなって。布団で寝たほうが、絶対いいから」

「んー………っ」

しつこく揺さぶると、達樹は微妙に不機嫌な顔で起き上がる。額を押さえて、ふるりと頭を振った。

「ほら、ベッド。空いてるから……」

「んゃ」

「ぐっ」

だから破壊力抜群だってば!!

聞いたこともないような甘い声を上げて、達樹はぼんやりとした顔のままベッドへと上がってくる。

「落ち着け落ち着けおちけつ俺。夢は達樹さんのおよめさんおよめさんな達樹さん。違う!!」

「うるひゃい」

「ひぎゅっ!!」

寝惚けてるよね達樹さん!

そもそもそんな甘い声上げてる時点で寝惚けてるけど、そんな噛み方するなんて寝惚けている以外のなんだと。

「って、達樹……っ」

「んく」

慌ててベッドから退避しようとした俺の体に、がっしりと回される達樹の腕。そのまま、引っ張られて諸共にベッドに倒れる。

えっと待って。

もしかして添い寝?

もしかしての同衾?!

おお、難しい単語をよく知ってるな、俺、じゃなくて!!

「たたた、達樹さん?!」

「いーにおい………………」

「がはぁっ!!」

殺された!!

そんな、首筋に顔を埋めて、つぶやく言葉がそれって、殺し文句以外のなんだと!!

って、諸共にベッドに転がってそんな殺し文句吐くなんて、達樹さんはどこで枕営業を覚えてきたの?!事と次第によっては、俺は会社を起ち上げて相手企業を買収するからね!!

「ふゅ………」

「……………………マジで……………………」

なんか、いろんなとこからいろんな汁が出てくる。

俺に抱きついて首筋に顔を埋めた状態で、達樹は再びのすやすや安眠状態へ。

達樹は「いーにおい」だとかつぶやいてたけど、俺のほうこそ、達樹のにおいが鼻腔をくすぐって。

しかも、体温に重さに、耳元に掛かる息!!

寝ている人間になにかしたら犯罪だ。

いくらコイビトでも、やっていいことと悪いことがある。

あるけど、これはもう、なにかしないほうが高校生男子じゃないと思いませんか!

なにかしないで済ませられるなら、それはもう、人間超越していると思いませんか!!

「たつ、…………っくっ」

がんばって首を動かして見てみた達樹は、心から安心しきった、無邪気で無防備な天使の寝顔。

ここまで信頼されて、って、いや、コイビトをそんなに信頼してどうする、って、しかし信頼出来ないコイビトでどうするってか!!

「…………………………切れろ理性、途切れろ意識、消えろ知性、消え失せろ欲望…………」

「ん………」

ぶつぶつつぶやく俺に達樹さんはさらに身をすり寄せ、首にくちびるが当たった。

うん。

俺はもう、悪くない気がした。