ふと思いついて、俺は背後の達樹さんの席を振り返った。

「達樹達樹、あのさー」

「なんだ。詐欺なら間に合ってる」

「ちぇっ、そっかー」

休み時間だというのに教科書から目も上げない達樹の答えに、俺は舌打ち。まあそりゃね、詐欺なんてそんなにいっぱい要らないよねーっていうか!!

俺にノリツッコミさせたいのか、達樹は?!

シロサギの熱狂台風

「ちょ、達樹!!カワイイコイビトが話しかけたその最初の応答が、詐欺呼ばわりってどういうことなの?!達樹さんは俺のことなんだと思ってんのよ!」

机を叩いて叫ぶと、胡乱な目で見られた。

達樹は妙に意味深なため息をついて、教科書を閉じる。ゆっくり振り上げて、べちん、と額に。

「いだっ」

って、なにこのスロースピード!!いつもの電光石火な暴力だったら反射で避けられるのに、あんまりにもスロー再生なんで、いったいなにが起こるかと思って、最後まで観察しちゃったよ!!

「避けろよ」

「避けていいのか!!」

しかも避けろって、いつもの達樹の口癖は「避けるな」なのに!!

「とりあえず、教室で叫ぶな」

「達樹さん、それどの時点のどれに対するツッコミか、時差あり過ぎてわかんない!」

もしかして達樹は今、ものすごくスローな時間に生きていたりするのか。

待て、なんか引っ掛かる。

スロー時間の達樹さんったら…………。

「それで、カワイイコイビトはどんな詐欺を働きたくて、俺を呼んだんだ」

「だからなんで詐欺限定なのさ!!」

それだとまるで、俺が普段、詐欺行為しかしてないみたいじゃないか。まあほぼほぼ合ってるけど、いや待て、合ってないあってない。

俺まっとう。

騙されるほうが悪いんであって、俺はまったく悪くない。

ぶう、とくちびるを尖らせると、達樹は眠そうに瞼を擦った。って、眠い?

あと一時間でお昼になる、一日でいちばん目が冴える時間に、眠い?

「あのさ、達樹?」

「ツボは買わん」

「なんの話ですか!」

なんだその、オーソドックス過ぎてカビの生えた詐欺。いやでも、未だに新聞に載ったりするから、まだ生きている詐欺と言えなくもないのか。

「じゃあ、なんだって言うんだ」

「えーっと…………?」

訊かれて、俺は考えこんだ。話があっちゃこっちゃ飛んだせいで、そもそもなんのために話しかけたかを忘れたとか。

考えて、それからぽんと手を打った。

「ハンコが」

「買わん」

「売らないよ!!」

しまった、そういえばハンコもツボと同じくらいオーソドックスな詐欺だった。

違う、俺は別にそういう話でハンコを持ち出したわけじゃないんだけど!!

っていうか。

「達樹さん、俺さっきから、本題についてこれっぽっちも話せてない!!」

「おまえはしゃべらなくてもかわいい」

「ぐはぁ?!!」

ちょ、待て!!ここ教室!!

周りにクラスメイトもいるこの状況で、いったい達樹になにが起こって、って、

「……………………達樹さん、ちょっといいこにしててくれる?」

「は?」

「いいか、だれともしゃべらず触れ合わず、ひとりきりでいいこにしていろよ!!」

「おい?!」

呼ぶ達樹を無視して、教室から走り出た。

途中でキンコン、始業チャイムが鳴り、さらに教科担任ともすれ違ったけれど、それも無視。

全速力で校内を走ってはしって。

「っしゃ、達樹!!」

息を切らして戻ってくると、達樹は妙に虚ろな目で俺を見上げた。

「………………授業中だぼけ。その、背後にそびえ立つ暗雲背負った教師を背負い投げしてから俺の前に来い」

「おけおけ。達樹さんが言うんだったらいくらでも投げ飛ばしちゃうよだからとりあえず達樹さん、熱計って」

「は?」

「計って、熱」

再度言い、保健室からかっぱらってきた電子体温計を渡す。

首を傾げながらも達樹さんが体温計を受け取ったので、俺はくるりと振り向いた。

達樹さん曰く言うところの、暗雲背負った教師と相対。ぱきぱきと拳を鳴らすと、教師が聖蛇の構えを取る。なんだと、一般高校の一介の平教師の分際で、聖蛇の構えを取るとは生意気な。

俺は魔熊の構えを取り――そこに、緊張感をぶち壊す、ぴぴぴ、という、軽い電子音。

「…………………さんじゅうはちどなな…………」

「……………やっぱり熱あったね、達樹……………」

ぽつりと聞こえた声に、俺は構えを解いて振り返った。

達樹さんが妙にスローな時間に生きてて、甘い言葉を口走るときって、大抵、熱があるんだよね………………。

さすがに中学から三年以上も付き合ってると、学習する。

達樹はうるんと潤んだ瞳で俺を見上げ、首を傾げる。

「熱あるのか、俺?」

「えっとね、達樹さん。八度七あって、熱がないっていうんだったら、平熱は体温がそもそも存在してないっていうことになると思うんだよね」

「そうか………」

妙に感心したように頷き、達樹は体温計をペンケースに仕舞った。

「まあ、それはそれとして、授業中だ」

「そんな場合か!!」

俺の叫びは、背後の教師、さらには教室中の叫びだった。