時計を見る。九時ちょい過ぎ。
外は真っ暗なだけじゃなくて、しんと静か。
シュガーサンド蜂蜜トッピング
終わって→片づけて→コンビニ寄って→食べながら歩いて。
まだ帰んないよなー。
「――」
時計の針ってなんでこう、じーっと見てると動かなくなるかなあ。
俺はベッドの上で座りなおして、マンガを開く。
マンガを読みますよ。俺はマンガ読んでます。夢中ですとも。わあおもしれえ!
「――」
時計の針は五分も動いていなかった。
ちょっともう、どういうこと?!
俺が動けって念じてるのに五分も移動してないとか、なんの神試練だよ?!
「――」
いっそ指で針を動かすとか、どうだ。
無意味の骨頂なんだけど。
「――」
今、コンビニかな。
たぶん、おにぎり二つ買って、野菜ジュース。
野菜ジュースなんて朝の飲みもんじゃねえのって思うんだけど、なんでか塾帰りっていうと、飲むんだよ。
「――」
いやもう、コンビニ出たかも。
買うもの迷わないから、いっつもレジ早いし。
「――」
外廊下の端っこ行けば、道が見えるんだよな。もう、歩いてる姿見えたりとか。
いやいや、暗いから見通し悪いし、見えないよなあ。
以前お試し済みなんだ、これ。
「――」
でも今日は、運良く見えたりとか。
運良く、階段登ってくるのに出くわしたりとか。
「――」
えっと、財布持って。
携帯…そか。
メール入ってたりとか!
「――」
しねえわな。
そんなマメさがあったら、今、ここでこんなにそわそわしてねえ。
「おかーん、ちょっと出るー。自販機ぃ」
テレビの音がやかましいリビングに声をかけて、外に出る。
外廊下の端っこまで行って、暗い道を遠く見通した。
「――」
ま、見えないんだけどね!わかってたけどね!
エレベータじゃなくて階段で、俺の住んでる四階から一階に。
エントランスから通りに出るけど、――やっぱり、いないんだなー。
「――」
ちょっと通りをうろうろして、エントランスに戻って、ポストなんか無意味に開け閉めしたりして。
「――」
来ねぇよ。
今日はもう諦めろな感じ?
「――」
あー、もう、いいや。
エレベータじゃなく、階段で三階へ。
まるいちー、まるにー、…。
「――」
ごほん、と咳払い。
ぴんぽん、とチャイムを押す。
「あ、こんばんにゃ、おばさん。四階の聡でーす。ちょっと達樹待たせて…あれ?」
え?
「どうしたんだ?」
「達樹?」
インターフォンに向かってしゃべってる途中で扉を開けたのは、今、塾から帰ってる最中のはずの達樹だった。
え、でも、扉開けたって、このひと、中から開けたよ?
「え、なに?なんでいんの?」
「なんでいるって、自分の家だからに決まってるだろう。おまえはだれの家に来たつもりだ」
柴山さんちですけど。達樹さんのおうちに。
って、ええ?
「だって今九時ちょい、まだ塾」
「今日は早上がりしたんだ。一時間くらい前に帰ってた」
ええー?
ちょ、ええー?
「あーのーねー…」
「なんだ。急ぎの用でもあったのか?それならメール送れよ」
「塾の最中にメール入れると怒るでしょうよ、達樹…」
「くだらない内容で送るからだ。きちんと用があるなら」
「うわー…ちょっともう、腹立つ…俺の時間返して…」
エントランスとか、通りとかを無意味にうろうろして怪しい人間やっちゃったのに。
達樹の姿見えないかなーとか、廊下から身を乗り出してみたりしたのに。
そろそろ帰る足音聞こえないかなーとか。
今どこらへんにいるかなとか。
「だからなんなんだよ?つか、いつまでも玄関にいるのもなんだから、用があるなら上がれ」
「あー」
用。用か。そうなんだよなー。
俺は一歩踏み出して玄関の中に入った。達樹が退いて、背を向けて部屋に行こうとする。
その腕を掴んで引き止めると、後頭部を掴みなおした。
「――」
なにか言おうと開きかけたくちびるにくちびるをくっつけて、ぺろんと舐めて離れる。
「おやすみ、達樹」
「――」
「まあ、そういうこと。それだけ」
これでメールしたら、次から着信拒否にされるんだよね。
ほんとデンジャラスなコイビトだよ。
肩を竦めて背を向け、扉に手をかける。大きなため息が聞こえた。
ああまあ、達樹さんなので。むしろため息で済んでラッキー?
…ああなんか、ほんと。どういうコイビトですか…。
「おい」
「あい」
振り返ったら髪の毛を引っ張られた。顔が近づいてきて。
「――」
かむ、と下くちびるが軽く噛まれて、達樹が離れていく。
「ええっと」
「おまえは阿呆だからな」
達樹は小さく笑っていた。全体的に和んでいる感じ。
ということは。もしかして。
「もういっかい、とか言ったりして」
「――」
上目遣いに、でも控えめにおねだりしてみた。
達樹は肩を竦めて。
ぴったり、顔がくっついた。
「――」
まあ、いかに達樹がらぶらぶあまあまが嫌いと言っても。
たまにはね。
たまには、こうやって。
気持ちが通じることもある。コイビトだもんね。
「――」
達樹は、それから五分くらい。
軽いキスを、ずっと、くり返しくれた。