やっぱりここは、オーソドックスに。
「ねこ耳どうだろう、達樹!」
キルケニー・キャットの勝利宣言
ベッドからがばりと起き上がって叫んだ俺に、机に向かって、塾の宿題とかいうプリントを解いていた達樹は、胡乱な目を向けてきた。
「ねこみみ?」
「そう。オーソドックスかつ基本中の基本だからどうしようかと悩んだんだけどさ。やっぱ人間、基本を疎かにしちゃいけないと思うんだよね。アレンジは基本をマスターしてから!」
一気に語ると、達樹は机に頬杖をついた。眇めた目で、俺を見る。
「おまえに基本の概念があるとは思わなかった。基本なんてすっ飛ばしてアレンジに走るものだとばかり」
「やだな達樹、誤解ごかい」
俺は基本を大事にする男です。土台がしっかりしてないと、そのうえに建てたもんが揺らぐことくらい、ちゃんと理解してるからね。
ベッドの上で胸を張ると、達樹はさらに目を眇めた。
「俺としては、そういった動物耳の基本は、うさぎ耳じゃないかと思うんだがな」
「え?」
「バニーガールの歴史と、ねこ耳の歴史、どちらがより古いか調べろ」
「あれ?」
言われてみると、っていうか、達樹の口から『バニーガール』とかいう単語が出てくると、微妙にショックなのはなんでだ。
そりゃ、あれだけ歴史と知名度があるものなんだから、いかがわしい本を読もうが読むまいが、達樹だってバニーガールっていう単語を知ってるだろう。古い洋画とか見たら、バニーなおねーさんもふっつーに出てくるし。
でもなんだ、こう、むやむやっと納得いかない感。達樹さんはそんなこと言っちゃだめええ!!って泣きそうな。
ねこ耳のほうは別に、なんとも思わないんだけど。なんでバニーさんだけ、こんな差別。
「それで、ねこ耳がどうした」
「ん?」
悩んでいたら、達樹が話を進めた。
俺は一瞬だけついていけずに考え、それから頷く。
「だからさ、達樹にはなんのけもみみが合うか考えてたじゃん。最初は犬耳とかどうかなーと思ったんだけど、達樹ってどうも、犬って柄じゃないんだよね。こう、イメージ的に、ご主人さまご主人さま大好きってしっぽ振りついでに腰まで振る感じじゃなくて、撫でさせてあげてもいいけど、あんまりべたべたしないでよねっていう、ねこな感じだなって」
ほかにも、もる耳とか、あとは一応、うさぎ耳も考えた。きつね耳もふわもこ感と高級感で候補には上げたんだけど、最終的にはやっぱり、箪笥の上でおざぶに座って人間見下ろしてるねこかなーって。
数え上げると、達樹は眉間を揉んだ。
「なにを考えて、俺に動物耳をつけようなんて思ったんだ」
え、なにその質問。
「かわいいからに決まってるじゃん」
もちろん達樹は達樹のまんまで十分にかわいいけど、そこにけもみみ付けたら、さらにかわいさドンで出玉じゃらじゃらな感じじゃん。
ねこ耳つけた達樹がおざぶに座って、ちょこんと首傾げたりしたら、もう言葉にならないくらいかわいくね?!
「つうわけで達樹、ねこ耳」
「断る」
「予想通りです!」
まったく予想を裏切らないお答えでした。残念以上に、ある意味安心だ。
俺は首を傾げて、にっこりと達樹を見る。
「じゃあしっぽは」
「どうしてそこで、『じゃあ』で話を繋げる」
「いや、なにか特殊な嗜好はないものかなって模索して」
「断る」
「予想通りです!!」
これまたまったく、予想を裏切らないお答えでした。
俺は再びにっこり笑って、達樹を見つめる。
「じゃあ達樹、語尾に『にゃー』を付けてしゃべるとか」
「断るにゃー」
「ごはっ!!」
予想外です!!
魂が飛び出て、俺はベッドに手をついて、土下座状態になった。
すっげえ棒読み!!すっげえ棒読みなんだけど、これ以上なくかわいい!!まさかやってくれるとは思わなかった!!っていうか、録音!!録音しときゃよかった!!
「た、達樹………」
「たのしいか?」
「楽しい!!」
体を起こして力いっぱい頷いた俺に、達樹は軽く手を振った。
「じゃあ、今度はおまえがやれ。ねこ耳とねこしっぽと、語尾『にゃー』」
ねこ耳とねこしっぽは買いに行かないとないんだよ。
つうわけでとりあえず。
「にゃぁ☆」
「…」
まねきにゃんこの手で鳴き真似をすると、一瞬瞳を見張った達樹はすぐさま渋面になり、眉間を揉んだ。
はっはー、俺が語尾にゃんこごときで挫ける人間だとでも思ったか。達樹さんのご要望なら、ヤケクソだろうがなんだろうが、すべて取り入れてやるさ!!
おんもでやれというなら、おんもでもやります。
「達樹ぃ、大好きだにゃぁ☆」
「……」
眉間を揉みながら、達樹は深いふかいため息をつく。やおら立ち上がると方向転換、ベッドに乗り上がった。
「達樹?」
「にゃあだけ言ってろ」
「へ?」
きりきりと眉間に皺を寄せた渋面で、不機嫌に吐き出される。
きょとんとした俺に、達樹はさらに渋面になった。
「『にゃあ』」
「え、えと、にゃぁ、にゃぁあんっ」
促されて、にゃあにゃあ鳴く。
ずいずいと寄って来た達樹は、無造作に手を伸ばすと俺の頭を撫でた。
「た………ん、んにゃあ、にゃぁ」
「ん。よしよし」
「……にゃ、にゃぁ………」
達樹は仄かにうれしそうに、にゃあにゃあ鳴く俺の頭を撫でる。
えっとちょっと待て。
もしや特殊な嗜好がないものかと模索したけれど、自分がやるのは拒んでも、ひとがやるとうれしいタイプか、達樹さん。
そういえばそもそもが、達樹は動物好きだった。犬とかねことか、見つけるととりあえず寄っていって、じっと見ている。見てるだけで、撫でるとかおやつ上げるとかじゃないんだけど。
なんでも、ひとのものに勝手に触ったり、おやつを上げたりしたら失礼だろう、とか考えているらしい。
でも黙ってじっと見てるだけだと飼い主さんもこわいし、なんかひとことくらい言おうよ、ってな会話を結構するんだけど。
つまり達樹さん的には、俺はひとのものじゃないから――ん?ひとのものじゃない?
じゃあだれのものだと思ってって、それはやっぱり、達樹のもの?!!
「ぅぐっ」
「おい?」
「にゃ、にゃぁんっ」
魂が吹き出そうになって、慌てて堪えた。
そうか、達樹的には、俺はきちんと達樹のものなのか!
いやもちろん、俺は俺が達樹のものだっていう自覚が物凄くあるけどね?!肝心の達樹さんに、その自覚がないんじゃないかなって思ってたから!
だって達樹、ほんっきであまあまもらぶらぶもしてくれないし。
でもそうか、嗜好に合わせてあげれば、あまあまもらぶらぶもしてくれるんだ!
構いません、構いませんよ?!達樹のためならねこでも犬でも、なんでもなりますとも!!首輪生活だろうと、語尾にゃーだろうと、躊躇いいっさいございません!!
しばらく俺を撫でていた達樹は、納得したように頷いた。
「そうか。ねこ耳はありだな」
「っっ!!」
やっぱりだ!!
固まる俺に達樹の顔が近づき、軽くくちびるを噛んで離れた。