行って返って溺愛ループ
教科書ガイドを読んでいた達樹が、ふと顔を上げた。
「ひとつ訊きたいことがある」
「え?」
おもむろに言われて、俺は一瞬きょとん。
だって達樹さんからそんな、改まって俺に訊きたいことがあるなんて。おまえに訊いても一切すべてが無駄だからなにひとつとして訊く気はない、とかいうのが、いつもの達樹のスタンスなのに。
一応、達樹が読んでいた教科書ガイドを確認。
数学か。――そういや達樹さん、数学の応用系苦手だとかで、これに関しては結構俺にも訊くし。
一応教室で、クラスメイトもいるしね…………まあ、こと達樹さんに限って、べんきょー以外で質問があるとも思えない。
「なになに、改まって。いいよいいよ、達樹さんのスーパーミラクルハニーに、なんでも訊いて!!」
力強く請け合うと、達樹は微妙にいやそうに仰け反った。
いやまあ、いくら苦手科目のことでも、俺に訊くのは達樹的にプライドが傷つくとかなんとかあるのはわかるけど。
でもそれでも訊きたいってくらいなんだから、相当お困りなんだろうし、そしたら俺だって、めっさマジメに答えるし!!
という思いを込めたんだけど、逆効果なの?
微妙な顔で俺のことを見つめてから、達樹はため息をついた。
「なんで俺はおまえのことが好きなんだろうな?」
「は?」
あれ?なんのこと?
予想していたこととあんまりにも違うことを言われたせいで、頭の回転が急ブレーキ状態で止まった。首がっくん。ムチ打ちな感じ。
なんで達樹が俺のこと好きかって、え?
「ええ?えええ?いきなりナニ言いだしてんの、達樹さん?それほんとうに今訊こうと思ってた?!」
後ろ掛けした椅子から腰を浮かして訊いた俺に、達樹はますます深いため息。
「……………ほんとに、なんで好きなんだろうな…………」
「うっわ、目がマジだ。マジと書いて真剣と読む、あのマジだ」
思わず仰け反って言うと、達樹は目を眇めて俺を見た。
「それ、ツッコまないといけないのか」
「全力でスルーして!」
達樹が俺のこと愛し過ぎて、すべての言動をスルー出来ないことは重々承知だけど、しかしスルーすることも覚えて。
てか。
そうだよ、達樹はそもそも俺のことを愛してるんだって。溺愛なんだよ。
「あのね、達樹。なんで達樹が俺のことを好きかっていうとね、それは達樹が俺のこと愛してるから」
「ああ、つまり………360度反転して、というアレか」
「そうそう、それそれ!」
仰け反った体を戻し、むしろ前のめりになって、俺は笑う。
「だってもう、達樹さんって俺のこと溺愛じゃん!激愛しちゃってるから、好きなんだよ!」
きっぱりと言った俺に、達樹は目を眇めてそっぽを向いた。呆れたように肩を竦める。
「まったく答えになっていないが、おまえが自信過剰なことだけはよくわかった」
「そりゃそうだよ!だって俺、達樹さんに愛されてんもん!」
答えになってないって言うけど、俺としてはそれ以外にも以上にも、答えなんかないと思う。
だって達樹さんの俺への溺愛ぶりってハンパないからね!ちゅうしかしないけどね!あまあまもしないけどね!
でもそういうのと別次元で、達樹は俺のことを溺愛している。
自信たっぷりに見つめ続ける俺に、そっぽを向いたまま、達樹はため息をついた。
いや達樹、そんなため息ばっかりついてると、幸せが逃げる。
逃げた分かそれ以上に、俺が幸せにするけど、でもあんまため息癖がつくと、幸せの自転車操業。
もちろんそんな、幸せジリ貧状態になんて、絶対にしないけどね!
でもなんていうの、貯金はいくらあってもいいっていうのが一応、世間的な風潮だし。
達樹は遠い目になって、教室の窓から空を見る。
「………ほんと、なんで俺はおまえが好きなんだろうな…………一日でもおまえに会わないことを考えると気が狂いそうになるとか、おまえが他のだれかに笑いかけるのを見ると殺したくなるとか……………」
「………」
つぶやきは、無意識なんだろうか。
いや、達樹さんってときどき天然入るからな…………たぶん、物凄く正気で言ってる可能性がある………けど。
達樹の机に懐いて、俺もため息をついた。
「あのさ、達樹…………達樹の愛って、ほんと、俺が言葉にする以上だと思うんだよね…………俺が自信過剰になってもまだ足らないくらい、達樹って俺のこと愛してるって。早く諦めなよ」
つかこれだけ愛してて、まだ諦めがつかないって、往生際が悪いってか。
アレか?愛し過ぎてこわいのっていう、なにそれ俺ほんっと愛されてる!!
そんな怖くなるくらい愛されてるなんて、むしろ足らないのは俺の自覚と愛され自信のほうか!!
そうか、もしかして俺の自覚のなさ加減が達樹さんを無闇と不安に。
俺の愛は伝わってないのか、こんなに好きなのは俺だけなのかって、
「あああああ、達樹、ごめんね!俺が悪かった!!」
「なんだ、いきなり?!」
教科書ガイドを持っていた手を握って叫んだ俺に、達樹は目を丸くする。
いやだって、幸せにするって誓っている達樹のことを、そんなに不安にして気がついてなかったなんて、俺ってやつは俺ってやつは!
「俺ちゃんとわかってるよ!!達樹が俺のこと世界でいちばんアイシテルんだって、めっさ伝わってる!!そんでもいっこ言うと、俺も達樹のことだれよりもいちばんアイシテ」
「教室で戯言を喚くな!!」
「だっ!!」
握りしめた手を振り払って、達樹はそのまま、俺の額をべちりと叩く。避けられず、正面から受け止めてしまった。
たぶん、真っ赤になってる。そういう力加減。容赦ない。
「いや達樹、タワゴトじゃなくてムツゴトっていうか」
「おまえのことなんか、世界でいちばんじゃない」
額を押さえつつ言う俺を遮り、達樹は憤然とつぶやく。教科書ガイドを拾い直して再び開きながら、吐き出した。
「宇宙一好きなんだ」
「………」
えっと、俺はもう、どうしたらいいかわかりません。
なにこのコイビト…………どうしてあまあま嫌いでべたべたもちゅう以上もしてくれないのに、こうやってさらさらと殺し文句だけは吐きまくるの?なんの神試練を与えられてるの、俺は?この試練を乗り越えると、勇者の盾とか矛とか、兜とか、そういうものが与えられるの?
いやでも実際考えて、リアルで勇者の盾やら矛やら兜やらを貰って、なんの役に立つと。
それにも少し考察を深めると、与えられている試練は恋愛…………ということは、貰えるものは、勇者の恋愛必殺技とか、誘惑スキルとか?
勇者の流し目とかは、なんか強力そうだな………一国の王女のみならず、魔王もオトせるとかなったら、ああうん、もう盾も矛も兜も要らないね!
でもとりあえず。
「ええと、達樹さん。それで、俺に訊きたかったことってなんなの?」
「は?」
話の初めに戻った俺に、達樹は教科書ガイドからきょとんとした顔を上げた。
「いやだって、訊きたいことがあるって」
言っていきなり、なんで俺のこと好きなのかとか、………………いやまさか。そんなまさか、達樹に限ってそんなこと。
とは思うけれども一応。
「……………俺のことがどうして好きなのかが、そんなに疑問だったの…………?」
恐る恐ると訊いた俺に、達樹は素直に頷いた。
「ああ。どうしてこんなに好きなのかと思って、おとといあたりからずっと考えていた。でも結論が出なくてな」
「………」
俺は達樹の机に懐いた。
教科書ガイド読みながらそういうこと考えてるって、それも二日も三日も。いやもう。
「達樹、ほんとにもう、諦めようよ。達樹は俺のこと好きだから愛してるんだって」
「360度ループにするしかないんだな」
「うんそう………」
俺はなんだかものすごくへこたれて、目を閉じた。
愛され過ぎるってのも、時に良し悪し。
相手が天然で健全の塊だと、特に。