「というわけでプレゼントです」
「『というわけ』の繋がり先が不明だ」
nothing at allの記念日
唐突な言葉とともに突き出された、ファンシィな袋。
女子なんかがよく行っている雑貨屋の袋だとはわかるが、それをプレゼントだと渡される謂われがわからない。
中学入学してから高校までいっしょでかれこれ四年の付き合いになるが、聡のやることなすことは突拍子がなさすぎて、常識人の俺にはついていけない。
俺のツッコミは正しかったはずだ。はずなのに、聡はごく不満そうにくちびるを尖らせた。
「どうして達樹さんはそうやって、どうでもいいことにまずツッコミを入れなきゃ気が済まないわけ?」
「理由も不明な賄賂を不明なまま受け取る危険を冒すほどに、人生にスリルと興奮を求めていないからだ」
きっぱり告げると聡は盛大に傷ついた顔で、「がーんっ!」と自分の口で言った。
「ワイロ?!ワイロってナニよ、人の善意のプレゼントを!」
「おまえからのプレゼントが善意だけで出来ていると思うほど人生舐めてないし諦めてもない」
「なにそれ!それは俺のことを誤解しているよ?!俺は善意のカタマリ、ごく善良なる一般市民。そしてなにより超重大なことに、達樹さんのことをこころからあい…」
「黙れ愚民!」
昼休みの教室で、クラスメイトも大勢いる中、興奮のままに大声で恥ずかしいことを叫びだそうとした聡の顔面を引っ叩く。ぱーん、といい音がして、一瞬、教室内が静まり返った。
視線が集中。しかし、音の発生源が俺と聡だとわかると、興味は減退。すぐに賑々しいいつもの教室に戻る。
いいのか悪いのかわからないが、ありがたい日常だ。
「なんでこう手が早いのかな、達樹って。俺の顔面、そのうちプロボクサー並みに歪むと思うんだけど」
うっすら赤くなった顔面を撫でつつ、聡がぼやいた。俺は鼻を鳴らす。
「そこまで力をこめていない。そこまで力も入らない」
「愛がほしい…」
小さくつぶやき、聡は机に突っ伏す。その机の上には、相変わらずファンシィな袋が。
「で、『というわけ』の繋がり先はどこなんだ。このプレゼントの見返りは」
「だからワイロじゃないったら」
嘆きながら、聡は再びファンシィな袋を掴み、ついでに俺の手も掴んで握らせた。真顔。
「今日という日をありがとう、達樹」
「――は?」
「のプレゼントだったら。なんでわかんないのさ」
わかったらびっくりだ。言われもしないのに。というか、説明されてもさっぱり理解不能。
「今日?という日をありがとう?…俺が今日、なにかしたか?それともこれからするのか?」
やっぱり賄賂のような気がする。先回りしてありがとうと礼を言ってしまえば断りづらくなるだろう的な。受け取ると危険な感じが。
「だからなんでわかんないの達樹!あのさ常々思うけど達樹さんの脳みそは四角四面にかっちんこっちんで親父ギャグすら解さない頑固親父ってくらいに働きが悪くない?」
真顔で言われ、俺は無言で聡の鼻をつまんだ。ぎりぎりと捻じり上げる。
「いいいいい!痛い痛い達樹さん、愛が感じられない!」
「これっぽっちも存在しないから感じられないおまえは正しい。どうやらすべての感覚器官が異常というわけでもないようで、俺は安心した」
「そんな保証いらないですよ?!」
適当なところで放してやると、涙目の聡は赤くなった鼻を押さえ、音を立てて鼻水を啜った。
「愛がないなんて、あり得るのか。あり得ていいのか、こいびと…」
「しゃべるな、愚民!」
俺が飛ばした拳を今度は避けて、聡は顔をしかめた。
「ほんとうのことを言われると暴力に訴えるのは達樹の悪い癖だよね。わかりやすいけど」
「俺は人間と会話がしたい」
「ああごめんね、俺宇宙人で。人間の郷田聡は今頃遠い宇宙のどこかで内臓を総取り換えのうえ人体標本として…いくらなんでもこれ以上は人間の郷田聡が可哀想で俺の口からは言えない」
「――人間と会話がしたい…」
俺は贅沢を言っているだろうか。そんなに贅沢を望んでいるだろうか。
手の中で握りつぶしかけているファンシィな袋を見つめ、ため息。自分でもときどき、かなり頻繁によくわからない。なんでこんなのと。なんでこんなのが。
「だからさ、そんな極悪非道な宇宙人の俺を愛してくれた柴山達樹くんに、今日っていう日をありがとうのプレゼントなんだよ?」
「ああ、とうとう宇宙に帰るのか」
「帰んないよ!違うったら、なんでわかんないの、ほんとに?!」
なんでわかんないのもなにも、そもそもありがとうと言われている「今日」が何の日だかがわからない。
このままでは埒が明かないので、少しだけ真剣に考えてみる。
誕生日じゃない。クリスマス、バレンタイン、ハロウィン、お中元、お歳暮、すべての催事と時期が合わない。だとすると記念日。記念日?
まさか、初ちゅー記念日とか、初デート記念日とか、そんな類のものか?
コンマ数秒考えて全身に鳥肌が立ち、思考を停止。
「あ、なんかすごい失礼なことを考えた」
コンマ以下の思考回路を読み取り、聡が半眼になってつぶやく。
「すごい失礼っていうか」
「記念日じゃないってば。だから、記念日じゃないの」
記念日じゃない?ますますわからない。記念日でもないのにプレゼント?
「ほんと知らないんだ。『なんでもない日おめでとう』」
呆れ返った声で聡は解答と思しきものを言った。言ったが、ちょっと待て、それ、そんなに有名な…いやいや待て。なんでもない日がおめでとうなら、ほぼ一年中、おめでとうになるよな?そんな阿呆な催事があるわけない。
「あるんだったら」
思考回路を勝手に読み取り、聡はため息をついた。
「世界中から愛されるくまさんが制定した、権威ある記念日なのに。記念日でもなんでもない日、おめでとう」
熊が制定した時点で権威を感じないが。
その俺に、聡はごく真顔で首を振る。
「あのね達樹。人間の人生はなんでもない日の地道な積み重ねの上に成り立っているんだよ?記念日もイベントも、なんでもない日をきちんと無事に過ごさないと迎えられない。つまり、なんでもない日こそもっと重要視されるべき『とくべつな日』だろ?」
「―…まあ」
とっくりと説明されると、わからないでもない。が、そんなクソ真面目な理屈を考えられるやつだとは思わなかった。見こみ違いも甚だしかったとでも言うのか。
飲みこみの悪い生徒に対するようだった聡は、その真剣な顔のまま言い切った。
「ただプレゼントしたかったから適当な口実なんだけど」
「ああ…」
俺は手の中のプレゼントを握り潰した。しかしプレゼントはそこそこの硬さのあるものらしく、潰れたのは袋のみ。
「だったらそう言えよ…」
「言ったでしょうよ。言いましたよ、俺は?」
「どこで?!『というわけで』で始まる一連の会話のどこにそのニュアンスがあった?!」
「いやだ達樹さん細かい。姑より細かい」
言ってないんじゃねえか!
プレゼントを握りこんだままの俺の拳を、聡はぎゅっと握った。
「細かいこと気にしないでよ。プレゼント貰ってうれしくない?」
「正直疲れた」
「ひどっ?!」
顔を歪めて大げさに仰け反る。
いつまでも相手にしているのはさらに疲れるだけなので、俺は最後にもう一度だけ確認する。
「つまりこのプレゼントは、おまえが突発的にプレゼントしたくなったから贈るものであって、下心もなんにもない、純粋なプレゼントなんだな?」
「うーわー」
自分でもねちっこいとは思うが、これくらいしないとあとで痛い目を見るのが聡という人間でもある。
いやそうな顔をした聡だが、結局、頷いて宣誓した。
「下心いっさいナシ。超純粋。ただ、達樹さんが使ってくれたらうれしいなーって、それだけ」
「よし」
右手を挙げ、左手を胸に置いての宣誓を確認して、俺は肩から力を抜いた。
ため息をついて、ぐしゃぐしゃの皺だらけになったファンシィな袋を開く。
「よくこんな、女子しかいなそうな店に入って買い物したな。だれか一緒だったのか?」
「いや、意外と男子もいるよ?メンズグッズもあるし。まあ、結構かわいい系なのは確かだけど。―…どう?」
「―…」
どう、も、なにも。
袋から取り出したブツを見て、俺はどこからどう、なにをどうして、どうやって切りこむべきかを熟考していた。
熟考している場合ではなく、まず、このブツをしまい直さなければ、と思いついたのがそのしばらくあと。かなり動揺している、と頭の片隅で冷静に判断。
「どうどうよ?店員さんに相談してさー、達樹も使いたくなるような…」
「相談するなボケえええええ!!」
思わず叫んで立ち上がり、聡の胸倉へと手を伸ばす。聡は経験による条件反射で咄嗟に避け、こちらも椅子を倒して立ち上がった。
「おま、おまえは、なにを、どんな顔して、つか、高校生…!」
高校生に相談されて、販売して、いいものか、これは?!
ファンシィな袋の中に入っていたのは、ファンシィな瓶に入った――ラブローションだった。
一瞬、香水かなにかかと思ったが、間違いなくラブローションと書いてあった。裏面に簡単な使い方も書いてあった。ゆえにこれは、ナニをアレするための。
「おまえ、下心ないって言っただろ?!超純粋って!どこがだ!」
頭が煮えたぎっていても、これを置きっぱなしにしておくことはできなかった。俺はファンシィな袋にしまい直したそれを固く握りしめ、逃げ回る聡を追って蹴りを放つ。
「なんで!ないのはほんとじゃん!それでノート写さしてもらおうとか、テスト範囲絞ってもらおうとか、そんなん考えてないし!俺は超純粋に、気持ちよくヤリたいなって思っただけじゃん!」
「口をもぎ取れ愚民!」
だからクラスメイトもいるんだって!
聡は足場の悪い教室から抜け出し、人のまばらな廊下を一目散に走っていく。俺もファンシィな袋を握り締めて全力疾走。
運動神経は聡のほうが上だ。階段も三段飛ばしで駆け上っていく。
俺は怒りと羞恥心で人体に課せられているリミッターを外し、懸命に追った。
それでも屋上まであと一階というところで聡を見失う。だが俺は勢いのままに屋上へと昇り。
「…!」
階段を登りきって一呼吸ついた胸倉を、横様に掴まれた。事態が把握できないまま、引っ張られ。
「いぎっ」
がちん、と歯と歯が激突。
「あだだだだ」
抗議したいのは山々だったが、あまりの痛みと走って息が切れているのでなにも出来ず、しばらく黙って悶絶。俺の体力は所詮、がり勉レベル。
やることなすことすべて阿呆なのに、俺より成績はいいという理不尽の塊の聡は、運動勉強両方こなせるヒーロー体質だ。
そんなヒーロー様はすでに息も整って、しかも体力を消耗したふうもない。踊り場に座りこんでへたれている俺の前に屈み、にまにま笑いながら懲りもせずに手を伸ばしてきた。
「もっかいトライ!今度はちゃんと」
「…」
俺がなにか言うより先に胸倉を掴まれ、顔が近づく。ちゅ、とやわらかな音と、感触。生ぬるい舌がくちびるを舐め、離れた。
「よし、切れてない」
「…」
なにを言う気も起きない。
俺は床に懐き、手に握ったままだったファンシィな袋のことを思い出した。――そもそもは、これが原因でしたくもない運動をしたのだった。
走ったら、ちょっと頭が冷えた。なんでこのヒーロー様と階段登り競争なんかしなきゃいけなかったのか、考えると悲しい。もっとこう、大人の対応があったはず。
「あのな」
「うん?」
俺は袋を掲げ、ゆらゆら揺らす。
聡は恥じ入る様子もなく、にんまりと笑った。
「使う?ここで」
「…」
あんまり阿呆らしい。
俺は掲げた手をぱったり落として、深く深くため息をついた。
「気が向いたらな…」
「できるだけ早めにお願いします」
俺はほんとに、どうしてこんなのがいいとか、これじゃなきゃいやだとか…。
自分の嗜好が、一番理解不能だ。